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  作者: 木々


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48/60

懸念

[登場人物]

富野瑛亮(18)高校四年生

小和瀬薫(19)高校四年生

すっかり日が暮れ、駅まで着くころには辺りも暗くなっていた。駅の階段を降りているとき、先を歩いていた薫が振り返る。

「瑛亮はさ、一人暮らしする目標のほかに、何かやりたいことないの?」

「ああ……パッとは、思いつかないな。」

「小さいことでもいいじゃん。僕は置きたい家具とか通販でチェックしてるよ。」

「家具とか家電は、安ければ安いほうがありがたいなってくらいだけど。」

「んもー!そういう話してるんじゃないー!」

「そっか、ごめん。」

自分には何かしたいという願望が、日常生活の中でほとんど浮かばない。やりたい仕事も無ければ、毎日食べたい物さえ分からない。薫の出した難題には答えられなかった。

「薫はどんなことしたいの?仕事とか、やりたいこと決まってるの?」

「あー、うん。だいたいねー。やりたい仕事は決まってるけど、実際やってみなきゃ、できるか分かんないんだよね。でもたぶん、僕ならできちゃうんだけど!ほら、僕って、結構かわいいし?」

改札を通るところで、薫は得意気に振り返る。

「う、うん。」

「……そうでもないとか言いたいなら、はっきり言って。」

「いや、そうは思わないから。」

「あーそうですかー。」

薫は不機嫌そうに駅のホームを歩く。電光掲示板に表示された時刻を確認して、次の列車が来るのを待つ。普段、学校から帰るときはいつも、薫とは違う方面へ乗るから、同じ方面へ乗るのは珍しかった。

「僕、十代は嫌なことのほうが多かったから、二十代は最っ高に楽しい人生にしてやる!絶対、幸せになってやる!って思ってるの。」

「いいね。なれるよ、薫なら。」

薫は不満気に、また溜め息をつく。しかし、こちらに向けられた視線は、まるで自分を心配しているみたいだった。

「……瑛亮はそういうのないの?意気込みっていうかさぁ。せっかく一度きりの人生なんだよ?楽しいほうがよくない?」

「え、俺はいいよ。」

「はぁ?いいわけないじゃん!瑛亮もさぁ。この先、ほかに好きな子とかできるかもしれないでしょ?」

「えっ?」

薫の質問は、あまりに思いがけないものだった。驚いたのと同時に、いやな寒気がして視界が揺らぐ。

「だってさ、人生って何が起こるか分かんないじゃん。その子のことはずっと好きでいたとしても、ある日突然、とんでもなくタイプのひとが現れたらさ。そのとき自分がどうなるかなんて、分かんないじゃん。」

「いや……タイプとか、無いし。新しく誰かを好きになることも、絶対ないよ。」

「えー。じゃあ、瑛亮のことが好きってひとが現れたら?どうすんの。」

「居ないよ、そんなひと。」

「そういうとこだよ。僕がいつも、瑛亮にイライラするとこって。」

列車は風を巻き上げながら、駅のホームへ到着する。線路のほうを見ている薫の横顔が、風に揺れた髪に隠されて、表情は見えなかった。列車のドアが開き、薫が先に中へ入る。自分は、薫の機嫌を気にしながら後に続いた。

「あのね、人生って何があるか分かんないの。そのままだと、瑛亮は自分を卑下して相手を傷つけるよ。相手がせっかく好きって言ったのに、適当に返されたり、なんで自分なの?みたいな返事されたら、ありったけの勇気を出して伝えたのに、ショックでしょ。瑛亮は、そういうひとの気持ちをちゃんと考えてよ?」

「うん。」

「無理して相手の気持ちに合わせる必要は無いけど。まっすぐ思いを伝えたのに、真正面から向き合ってもらえないのは、苦しいと思うから。」

「そう……だね。」

ポケットの中で、強く鍵を握りしめる。

葛西はあのとき、どんな気持ちだったのだろう。自分はあの瞬間から、何か月もの間ずっと葛西の気持ちを蔑ろにした。葛西はどんな思いで、自分に告白してくれたのか。どんな思いで、身勝手に向けられる欲求を受け止めていたのか。考えれば考えるだけ、罪の重量が増えていく感覚だった。あのころの、何も考えなかった時間のぶんだけ、倍になって今へ返ってきている気がした。

ああ……やっと少し折り合いをつけられて、楽になれたと思ったのに。一瞬でも、そう思った自分がいた。気持ち悪くて、許せなかった。何度も背負っては、何度も手放そうとする自分が、心の底から嫌だった。

薫の視線がポケットの中にある手に向けられる。俯いたまま、覗くように見た薫の顔は、呆れたような表情でこちらへ向けられて、最後は諦めたように窓の外へ向く。

「瑛亮の考える時間長すぎて、僕もう降りる駅なんだけど。」

「あ……ごめん。また、学校で。」

「うん、じゃあね。」

駅に着いて、列車のドアが開く。乗客の多くがこの駅で降りていった。人の波の一番後ろにいた薫が「あのさ」と言って、振り返る。

「大事なこと言っとくけど。僕が言ってるのは、今までのことじゃなくて、これからのことだからね。過去は今からじゃ変えれないよ。僕なんかが言ったって、瑛亮には響かないと思うけど。後悔しすぎると、意味ないどころか、マイナスしか生まないんだよ。」

降りていく薫は、真剣な顔だった。

[次回更新]3月31日 火曜日 23時予定

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