それぞれの思惑が。
主人公たちの思惑が……。
【数日後・ファマスとファビオの家】
「今日こそは必ずうんと言わせるわ!」
ファマスに駄目だ駄目だと言われて、今日で三回目。
朝練を済ませたステイシーは許可を得るため、ファマスの家を訪れていた。
「おはようございます。ステイシー様」
来る時間が大体決まっているので、ヴァレリアは扉を開けたまま掃除をしていた。
「もう、だから~様付けはやめてよー」
「だってー」
しかし、ステイシーの姿を見ると、どうしてもサラとして接することができなかった――。
「それでは失礼します……」
そしてステイシーは勝手知ったる我が家のように、ズカズカと部屋の奥に進み、ファマスの前で腕組みをする。
「ファマスお爺様!剣を習いたいのです」
「無理、女は刺繍で十分だと言っただろ」
相変わらずの塩対応のファマスは、早々には折れない。
フィリーサを連れてきて頼めば何とかなるのだが、ステイシーは絶対それは避けていた。
「はい、それならこれをどうぞ!」
そしてステイシーは真っ白なハンカチをファマスに差し出した。
もちろんこれは作戦だ――。
「……」
王女から差し出されたハンカチを、騎士であるファマスが受け取らないわけにはいかない。
ましてや王位継承権上位のステイシーからとなれば、なおさらだ――。
ファマスはゆっくりと手を伸ばし、渋い顔のまま受け取る。
「刺繍は女性の嗜みですからね(笑)」
その言葉に、ファマスの眉がピクリと動く。
指でハンカチの感触を確かめると、諦めたようにフッと鼻息を漏らす――。
そして、ゆっくりとハンカチを開くと、そこにはバウンデの紋章をかたどった刺繍が見えた。
「……うぐぐ……ありがとう存じます。ステイシー様……」
お礼を述べたファマスは、思わず目を見開いた――。
それもそのはず、そこに施された刺繍は、目を見張るほど精巧なものだった。
「なかなかの出来栄えでしょ。それでは私のお願いを聞いて貰えますか(笑)」
そもそも他国の騎士が、自国の紋様を象ったハンカチを王女からもらうというのは、最高の誉れだ。
ジッと紋様を見つめるファマス――。
受け取った以上、王女の頼みを無下にはできない。それが騎士としての矜持だった。
「姫様は策士ですね」
「騎士として尊敬してますのよ、なので教えを請いたいのです」
あれだけ塩対応だったファマスの口調が、いきなり丁寧になる。
これは大きな一歩だった。
そしてファマスは、ステイシーをジッと見つめる――。
「先に貴女様の実力を見たいです」
「ありがとうございます。ヴァレリア、よろしいかしら」
「もちろんです、姫様!」
「もう!」
こうしてステイシーはファマスから剣を習うことを許されるのだった――。
※※※※※※
【とある軍事会社】
ヴァルターはどっかりとソファーに座り、ニヤニヤとした表情を浮かべていた——。
「今回の長期ミッションだから大変だろう。それで、成果はあったのか」
「ええ、もちろんよ。うまく懐柔していますのよ」
ニヤついた助平爺さんに、嫌な顔を一つせず、淡々と答えるのはジュリアンだ。
そして、そう言って、ジュリアンは小さなマイクロチップの入ったケースをテーブルの上に置いた。
それはグレイスの研究の成果そのものだった――。
「クローン体と接続する技術は世界初だからな。これは高く売れるよ」
ディスティアの技術は、脳とセンサーを結ぶことに長けている。
一方、グレイスはクローン体とそれを接続する技術を確立しつつあった。
両者の技術が合わされば、出所不明の人間兵器を簡単に作り出すことができるのだ。
「報酬はいつも通り送ってある」
ヴァルターは話しながらモジュールを使い入金、ジュリアンも同じく中空モニターで確認を終える。
「確認したわ、それでは失礼します」
取引が成立すると、すぐさま席を立つ。
ヴァルターも立つと扉を開ける。
「若い男をどうやってたぶらかしたんだ。この尻か?」
「相変わらずねヴァルター」
去り際に尻を触られたジュリアンは、表情ひとつ変えず、ヴァルターを睨む。
「グホォ……」
尻を触られたうえに嫌味まで言われ、ついに堪忍袋の緒が切れたジュリアンは、思い切り金的を食らわせた。
相手が顧問だろうが、女の敵には容赦しない。
蹲るヴァルターを一瞥することなく、部屋を後にした――。
「さてと、急がなくちゃ……」
ジュリアンは待たせていたシャトルに乗り込むと「国際空港に向かって」と呟くのだった。
※※※※※※
【アーヴィン王国・市街地】
長屋のような古びた建物の前に、一台のシャトルが止まり、大きな袋を抱えたジュリアンが降りてくる。
「お帰りなさいリゼ!」
中から子供達が一斉に飛び出してくる。
彼女はジュリアンのはずだが、子供らが呼ぶ名が違っていた――。
「リゼットいつもありがとうね」
そして、古びたメイド服をまとった白髪混じりの老婆が遅れて現れた――。
「お母さん、ただいま!」
ジュリアンのことをリゼットと呼び、大きく腕を広げ、出迎えてくれる。
いつもの男爵然とした姿からは想像もできないほど、ジュリアンの表情は緩んでいた。彼女は満面の笑みを浮かべ、老婆を強く抱きしめた――。
「忙しいんだろ、けどお茶でも飲んでおいき」
「今日は泊まっていくわ。ゆっくり話をしたいから」
「わーい」
泊まると聞いた子供達は、一斉に歓喜の声をあげる。
囲まれたジュリアンは、みんなに押されながら建物に入っていくのだった。
※※※※※※
【ブライン国・先端兵器研究所】
<とりあえず、試験データを入手したぞ>
画面に映るヴァルターは、ドレイクにマイクロチップを見せる。
それはもちろんグレイスの成果物だ――。
「意外に早く来ましたね」
<まあ、まだ途中だから、これだけではどうしようもない>
今はまだ、ディスティアの技術には追いついていない。
この先、研究が進みクローン体と繋がり意思の疎通ができれば、莫大な見返りが得られるだろう。
「準備をして気長に待っていますよ、報酬はいつもの口座にいれました」
<くくく、これでジェフを暗殺出来るなら安いもんだな。また連絡をするよ>
画面から消えて行くヴァルター。
彼らには彼らに平和は必要ない――。
ジェフを暗殺し、再び戦乱の世を取り戻すことを心から望んでいる。
「戦乱こそ我々の生きる術だ。嗚呼、あの時代が懐かしい……」
ドレイクもまた戦乱を待ち望んでいる。
彼らは民衆を煽動して不満を募らせ、暴動を引き起こす。そして混乱に乗じて、ジェフの暗殺を目論んでいる。
それを行うには、出所不明の人間兵器がどうしても必要だった。
「そろそろ工房を作らないと……アーヴィンの商工会に連絡を入れるか……」
ドレイクはアーレイの裏をかき、秘密裏にアーヴィンに工場を作るつもりだ。
「あの国は予算不足で、ディスティアほど監視の目が行き届いていないからな」
かつて反星団陣営に属していたアーヴィン王国は、いち早く反旗を翻し、現在はアーレイとの親交が深い国だ。
逆に考えれば、そんなところに工場を作るとはアーレイは思わないだろう。
ドレイクはアーヴィンにいる手下に兵器工場建設の指示を出すのだった——。
※※※※※※
【アーヴィン王国・市街地】
「今日はこっちの個室で休んで良いって」
「ありがとう、それじゃおやすみなさい」
消灯時間になると、子供たちがジュリアンを今日の寝床となる部屋へ案内してくれた。
粗末なベッドに机が置いてあるだけの殺風景の部屋だった――。
ジュリアンは小さな男の子の手を引いて、部屋に入った。
「さあ今日は一緒に寝ましょうねコナリー」
「うん!」
ジュリアンにベッタリと可愛らしい笑顔で甘えているのは、年の離れた弟のコナリーだ。
コナリーが生まれて間もなく、両親は事故で亡くなり、経済的な理由から親戚にも引き取られず、二人は孤児院で暮らすことになった――。
「コナリー、来年から全寮制の学校に通えるようになるからね」
「本当? けど、一人じゃ不安だよ、姉ちゃん……」
アーヴィン王国は他国とは違い、初等部までは無料で学べる。
しかし、孤児院の子供たちは経済的理由から中等部へ進学するのは難しい。
ジュリアンは、自分と同じ苦労をさせないため、コナリーを高等部まで通える全寮制の一貫校に入れるつもりだった。
「あのね、ここを出てちゃんと勉強しないと、お姉ちゃんのように苦労するのよ……」
16歳になったジュリアンは孤児院を出て働き始めたものの、低学歴の彼女にはろくな働き口がなかった。
そんなある日、展示会のアルバイトでヴァルターと出会った。
彼女の美貌と頭の回転の速さを見抜いたヴァルターは、裏社会で働かないかと声を掛けた。
「うん、お姉ちゃんの言うとおりにするよ。僕頑張るから」
「いい子ねコナリー、さあ、一緒に寝ましょう」
粗末なベッドの上で、ジュリアンはコナリーを優しく包み込むように抱きしめる。
久しぶりに会えた姉に抱かれたコナリーは、ニコニコと笑っていた。
そして眠気が来たのか、いつしかスヤスヤと寝息を立て始める――。
「おやすみコナリー、愛しているわ……」
あどけない寝顔を眺め、菩薩のような表情を浮かべる彼女。
その名は――。
『リゼット・ブルクスタラー』
ジュリアン・ペッパー男爵と名乗る前の、彼女の本当の名前だった。
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