異世界飯 冒険者ギルド酒場・本日のスタミナ定食
あの魔王の一件から、この異世界の出前は、すっかり俺の週末の楽しみになっていた。
平日は仕事に追われて、それどころじゃない。でも、週末の夜だけは別だ。怖い配達員にも、もう慣れたもので。さて今夜は何を頼もうか、とアプリを眺める時間が、たまらなく好きだった。
すると、また新しい店が増えていた。
『冒険者ギルド酒場・本日のスタミナ定食』
……冒険者ギルド。完全に、王道ファンタジーのやつだ。心が躍る。どんな猛者が届けに来るんだろう。俺は迷わず、注文した。
◇
ピンポーン。
ドアを開けて——お、と、声が漏れた。
立っていたのは、まばゆいほどの好青年だった。陽に焼けた、爽やかな顔。背中には、大きな剣。よく見れば、その身に、うっすらと、聖なる光のようなものまで纏っている。
これは……まさか。
「どうも! ご注文のスタミナ定食、お届けに上がりました! 俺、勇者やってます!」
勇者。
出た。今度は、勇者だ。魔王の次は勇者。そりゃ、いるよな。
子どもの頃から憧れてきた、ザ・主人公。それが爽やかな笑顔で、俺の玄関に立っている。テンションが、上がる。
「す、すごい。本物の勇者さんだ……。あの、世界を救う……」
「あー、はい。一応、それが本業なんですけど」
勇者は、爽やかな笑顔のまま、がくっと肩を落とした。
「……正直に言うと。世界を救う仕事、まっっったく、儲からなくて」
えっ。
「魔物討伐の報酬は、年々下がる一方で。装備の修理代も、宿代も、ばかにならない。仲間の食い扶持もある。……で、こうやって空き時間に、配達のバイト、してるわけです。はは」
はは、じゃない。勇者が、副業。
よく見れば、ぴかぴかに見えた鎧も、あちこち傷だらけで、継ぎ当てがしてある。背中の剣も、鞘がすり切れている。爽やかさで、うまく隠していたけれど。この人も——かなり、カツカツだ。
「世界を救っても、誰もお金はくれないんですよ。感謝は、されるんですけどね。感謝じゃ、飯は食えないっていうか」
……あれ。これ。
俺は、思い出していた。少し前、この玄関で、城の財政難に泣き崩れた、あの魔王のことを。
倒すべき魔王も。世界を救う勇者も。揃いも揃って金欠で。同じようにすり減って、副業で食いつないでいる。
……こいつら、けっこう、似た者同士なんじゃないか。
◇
「あ、でも、仲間がいるから、なんとかやれてます」勇者は、ふっと優しい顔になった。「特に、うちの僧侶がね。あいつ、身寄りがなくてさ。俺たちが、家族みたいなもんで。あいつの飯だけは、絶対切らさないって、決めてるんです」
……僧侶。
なぜか、その言葉が、妙に耳に残った。どんな人なんだろう。そう思っている自分が、いた。
◇
俺は、定食を受け取りながら、つい聞いてしまった。
「あの……よかったら、これ。少し、持っていきます?」
冷蔵庫から、缶ジュースを何本か出して、押しつける。勇者は、目を丸くした。
「え、いいんですか? っていうか、なんで、こんなに優しく……」
「いや。……前に、似たような人を、知ってるんで」
勇者は、不思議そうにしながらも、嬉しそうに受け取って、帰っていった。爽やかな笑顔と、軽くなった足取りで。
◇
さて。
スタミナ定食の蓋を、開ける。どん、と、山盛りの肉。ほかほかの麦飯。具だくさんの、スープ。ザ・冒険者飯。安くて、多くて、力が出る、旅の飯だ。
肉に、かぶりつく。——うまい。素朴で、豪快で。明日も戦える気がする、味。
……それにしても。
魔王も、勇者も、本当はただ、必死に生きてるだけ、なのかもな。
そんなことを思いながら、俺は、旅の飯を、ゆっくり平らげた。




