異世界出前 聖堂の癒し膳・滋養の薬膳粥
週末の夜。今夜も、アプリを開く。
……あの勇者が、言っていた。「うちの僧侶」のことが、なぜか、頭の片隅にずっと引っかかっていた。身寄りがなくて、仲間が家族で。どんな人なんだろう、と。
メニューを眺めていると、ふと、目に留まる一軒があった。
『聖堂の癒し膳・滋養の薬膳粥』
……聖堂。僧侶。もしかして。
深く考える前に、俺の指は、もう注文ボタンを押していた。
◇
ピンポーン。
ドアを開けて——俺は、思わず、息を止めた。
立っていたのは、白い清楚な法衣を纏った、女性だった。柔らかそうな髪。穏やかで優しい目元。その身からは、ほのかに、あたたかい光がこぼれている。怖くない。むしろ——綺麗で、つい見惚れてしまうほど、だった。
「こんばんは。ご注文の薬膳粥を、お届けに参りました」
鈴のような、けれど、どこか芯のある、落ち着いた声。
「あ、ど、どうも……」
今まで、どんな配達員にも、慣れたつもりだった。オークにも、ドラゴンにも、魔王にも。なのに——優しい女性、というだけで。なぜか、いちばん、しどろもどろになってしまう。
◇
「あの……もしかして、勇者さんと、ご一緒の……?」
彼女の目が、ふわりと丸くなった。
「まあ。あの子から、お聞きに? ……はい。同じ一行で、僧侶を務めております」
「やっぱり。勇者さんが、その……すごく、大事にしてて」
彼女は、少しだけ頬を染めて、ふふ、と笑った。それから、ふと、俺の顔を、じっと見て。
「……あなた、少しお疲れですね。顔色が、あまりよくない。ちゃんと、眠れていますか? 食事は、抜いていませんか?」
……え。
その問いかけが、あんまり自然で。あんまりまっすぐ、俺の体を心配していて。俺は、不意を突かれて、言葉に詰まった。
誰かに、そんなふうに気遣われたのは。……いつ以来、だろう。
◇
「だ、大丈夫です。最近は、ちゃんと食べてるんで。……というか。あなたこそ」
「私?」
「いつも、誰かを治したり、ご飯を作ったり……してるんですよね。勇者さんたちのぶんも。……自分のことは、後回しに、なってませんか」
彼女の笑みが、ほんの一瞬、止まった。
それから——困ったように、けれど、どこか泣きそうに、微笑んだ。
「……不思議な方。誰かに、そんなことを言われたのは。……初めて、かもしれません」
身寄りもなく、ずっと、人を癒す側で。自分を気遣われることには、慣れていない。——その横顔は、少しだけ、昔の俺に、似ていた。
◇
俺は、薬膳粥を受け取った。ほんのり、薬草のいい香り。ひと匙、口に運ぶと——じんわり、と。体の芯から、ほどけていく。
優しい。なんて、優しい味なんだ。一杯一杯ですり減った夜に、そっと寄り添ってくれるような。食べる人のことを、心から思って作られた味。
……ああ。この人は、こういう味を、ずっと、誰かのために作り続けてきたんだ。
◇
気づけば、彼女は、もう帰り支度をしていた。
「では。……どうか、ご無理をなさらず。ちゃんと、眠ってくださいね」
最後まで、俺の体を気遣って。彼女は、ぺこりと頭を下げ、夜の中へ去っていった。
ドアを閉めて。俺は、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
……あ。
名前を、聞きそびれた。
彼女がどこの誰で、どんな人で。何も知らないのに。胸の奥が、妙にざわざわして、落ち着かない。こんな感覚は、ずいぶん久しぶりだった。……いや。もしかしたら、初めて、かもしれない。
薬膳粥の、最後のひと匙をすくう。
……また、会えるだろうか。あの人に。
そう思っている自分に気づいて、俺は、なんだか、無性に照れくさくなった。




