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孤独なオタク社会人の出前アプリ、なぜか異世界に繋がっていて、憧れの漫画飯が届く  作者: めるしー


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異世界転生 高木さんの夢

 あれから、高木さんとは、よく話すようになった。


 昼休みも、残業帰りも。アニメの話を、飽きずに。気づけば、俺にとって、いちばん気の置けない相手になっていた。


 ……それでも。あの秘密だけは、まだ言えずにいた。


 言いたい。あの人に、本物の飯を食べさせたい。何度、そう思ったか分からない。なのに、いざとなると、足がすくむ。練習だけは、もう何度もしたのに。誰もいない部屋で、誰もいない椅子に向かって。


 ……いつまで練習してるんだ、俺は。


   ◇


 その日。給湯室で、高木さんが、ぽつりと言った。


「……この前のさ。アニメの、飯の話。覚えてる? 俺、本気で、一回でいいから、食ってみたいんだよな。死ぬまでに」


 冗談めかして、笑っていた。でも、その目は、少しだけ本気だった。子どもの頃の夢を語る、あの目だった。


 ——ああ。


 もう、いい。怖がってる場合か。俺には、それを叶える力が、あるのに。


「……高木さん」気づけば、俺は言っていた。「今夜。うち、来ませんか。その夢、俺が叶えます」


   ◇


 その夜。俺のワンルームに、高木さんを招いた。


 あれだけ練習したのに。いざ本人を前にすると、舌がもつれた。


「えっと……信じられないと思うんですけど。俺の出前アプリ、実は……異世界に、繋がってて」


「……は?」


 ほら。やっぱり、変な顔をされた。練習の、シミュレーション通りだ。


「配達員が、その、オークとか、エルフとか……魔王とかも、来て」


「お前……だ、大丈夫か? 疲れてんなら、今日は帰って——」


「百聞は一見にしかず、です。見ててください」


 俺は、アプリを開いた。今日頼むものは、もう決めてある。あの、二人で何百回も観た、冒険アニメ。その、いちばん好きな場面に出てくる——炙り肉串の、特盛。


   ◇


 数分後。ピンポーン。


 高木さんが、びくっとする。俺は、ドアを開けた。


 立っていたのは、二本足の狼の獣人。あの、人懐っこい配達員だ。


「まいど! お、今日もお客さんと一緒かい。仲良いねえ」


「ど、どうも。いつも、ありがとうございます」


 俺の後ろで、高木さんが、完全に固まっていた。狼の獣人と、串の包みと、平然とやり取りする俺を、何度も、何度も見比べて——。


「……ほ、本物の……獣人……。う、嘘だろ……っ!?」


 声が、震えていた。目が、見たことないくらい見開かれている。


   ◇


 部屋に、炙り肉串を広げる。香ばしい、煙の匂い。あの、画面の中で何百回も見た、あの串が。湯気を立てて、目の前にある。


「高木さん。せっかくなんで」俺は、テレビをつけた。あのアニメの、あの場面を流す。「これ、観ながら食いましょう」


 主人公たちが、焚き火を囲んで、串にかぶりつく場面。それに合わせて。俺たちも、本物の串に、かぶりついた。


 ——うまい。


 隣で、高木さんが、肉を頬張ったまま、ぼろぼろと泣いていた。


「……うまい。うまいよ、これ。……子どもの頃から、ずっと、画面の中だったんだ。それが、今、口の中に、ある……」


 その姿を見て、俺は、胸がいっぱいになった。


   ◇


 ……あの夜のことを、思い出す。


 誰もいない部屋で。誰もいない椅子に向かって。ひとりで、ぶつぶつ練習していた、あの夜。


 今、その椅子には。高木さんが、座っている。本物の、あの人が。串を頬張って、子どもみたいに、泣いて、笑っている。


 ……練習、無駄じゃなかったな。


 ずっと、与えられる側だった。怖い配達員たちに、温かい飯を、孤独を、埋めてもらって。


 今度は、俺が、誰かに与える番だ。大事な人の、何十年越しの夢を。この手で、叶えられた。


 ……こんなに嬉しいことが、あるんだな。


「なあ」高木さんが、涙と肉の脂で、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。「お前、すごいもん、抱えてたんだな。……ありがとう。一生、忘れねえ」


「いえ。……また、付き合ってください。次は、どの飯にしますか」


 二人で、笑った。


 もう、ひとりで、画面に焦がれる夜は。終わったんだ。


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