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孤独なオタク社会人の出前アプリ、なぜか異世界に繋がっていて、憧れの漫画飯が届く  作者: めるしー


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6/11

異世界出前 ふたたびのオーク丼

 最近、俺の生活は、少しずつ変わっていた。


 思えば、ひどい数年だった。


 配属された部署はいつも人手が足りなくて、要領の悪い俺は、仕事を抱え込んでは終電。家に帰る頃には何も考えられなくて、飯をかき込んで、寝るだけ。そんな毎日を、何年も続けていた。


 その間に、気づかないうちに、いろんなものがこぼれ落ちていた。


 学生時代の友達からの誘いは、「今度ね」で流し続けて、いつしか来なくなった。返しそびれたメッセージは、未読のまま溜まっていった。最後に誰かと笑ったのが、いつだったか思い出せない。一杯一杯で、自分がどんどん独りになっていることにすら、気づいていなかった。


 気づけば部屋はいつも静かで、俺の世界は、会社とこの狭いワンルームと、画面の中の漫画飯だけになっていた。


 それが、最近、少しずつ変わってきた。


 体は軽いし、よく眠れる。会社でも、前より人と話すようになった。全部、あの異世界の出前がきっかけだ。


 でも、ひとつだけ、心残りがあった。


 ——最初の、あいつだ。


 いちばん最初の夜、オーク丼を届けてくれた、あのオーク。あの時の俺は怖くて、頭が真っ白で、まともに礼も言えなかった。「ありがとうございます」を、ちゃんと、言えていない。


 あの一杯から、全部が始まったのに。


 ……もう一度、会えないだろうか。


 配達員は、こっちじゃ選べない。同じ店に頼んでも、同じやつが来るとは限らない。それでも俺は、祈るような気持ちで、あの店を開いた。


『辺境亭・本日のオーク丼』


 注文ボタンを、押す。来てくれ。頼む。


   ◇


 ピンポーン。


 ドアを、開ける。


 ——いた。


 二メートルの巨躯。突き出た牙。あの夜と同じ、保温バッグ。間違いない。最初の、あのオークだ。


「オーク丼、お届けに……」言いかけて、オークはふと、目を見開いた。「……おや。あんたは、あの時の。最初に、わしが届けた」


「覚えて、てくれたんですか」


「忘れるものか。腰を抜かしかけながら、それでも『ありがとう』と言いかけてくれた、珍しい人間だ」


 牙の奥で、オークがふっと笑った。


 俺は、すうっと息を吸った。今度こそ、ちゃんと。


「あの時は、ちゃんと言えなくて……すみませんでした。それと——ありがとうございました。あなたのオーク丼から、俺、変わったんです。あれを食べてから、体の調子も良くて。それに……ひとりの飯が、楽しみになって」


 オークは、しばらくきょとんとしていた。それから、ゆっくりと目を細めた。


「……そうかい。そりゃあ、配達人冥利に尽きるってもんだ」


   ◇


 話してみると、オークはぽつぽつと、自分のことを語った。


 魔王城の財政が傾いて、兵士の給金がもう何ヶ月も滞っていること。故郷に、年老いた母と、幼い妹がいること。だからこうして、空いた時間に配達で稼いでいること。


「……まあ、世知辛い話よ。だが、この仕事は嫌いじゃない。いろんな飯を、いろんな客に届ける。たまに、あんたみたいな変わった客にも、会える」


 疲れているんだろうな、と思った。あの夜からずっと、俺は受け取るばかりだった。


 俺は冷蔵庫を開けて、缶コーヒーを一本、掴んだ。


「あの。これ、よかったら。……うちの世界の、飲み物です。冷たくて、ちょっと苦いけど」


 オークは目を丸くして、その小さな缶を、太い指でそっと受け取った。


「……わしに?」


「いつも、ありがとうございます。配達、お疲れさまです」


 オークは、缶をじっと見つめた。それから、不器用に口をつけ——ぐっと、喉を鳴らした。


「……っ、にがっ。……だが」


 ごし、と腕で口を拭う。その目元が、少し赤かった。


「……あったかいな。中身は、冷たいのに。妙な飲み物だ」


   ◇


「あんた、知っとるか」帰り際、オークがぽつりと言った。「“異界の客”ってのは、滅多に繋がらん。わしらの間でも、ちょっとした語り草でな」


「なんで、俺なんですかね」


「さあな。だが、市場の連中は、こう言っとる。——よほど腹を空かせた魂が、世界の壁に穴を空けたんだろう、と」


 よほど、腹を空かせた魂。

 ……胃袋だけじゃ、なかったんだろうな。きっと。


「達者でな、異界の客。次は、何を頼んでくれる?」


 オークは、缶コーヒーを大事そうに懐へしまうと、満足げに、夜の廊下を去っていった。


   ◇


 ドアを閉めて、オーク丼の蓋を開ける。


 あの夜と、同じ匂い。同じ、てらてらの肉。


 でも、何もかもが、あの夜とは違っていた。


 俺はもう、震えていない。隠れてもいない。ひとりの飯を、寂しいとも思っていない。


 ひと口、頬張る。——うまい。やっぱり、最高にうまい。


 全部、ここから始まったんだ。この、一杯から。


 ……今度あいつが来たら。今度は、何を渡そうか。


 ふと、スマホの別のアプリを開く。ずっと未読のままにしていた、昔の友達からのメッセージ。『元気にしてる? また飲もうよ』——半年も前の。


 しばらく迷って、それから俺は、ぽつぽつと、返信を打ち始めた。


 異世界の連中に、ドアの開け方を教わった。だったら、こっちの世界にも、もう一度、開けてみてもいいのかもしれない。


 窓の外の、いつもの夜景が、なんだか少し、あたたかく見えた。


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