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孤独なオタク社会人の出前アプリ、なぜか異世界に繋がっていて、憧れの漫画飯が届く  作者: めるしー


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5/11

異世界出前 炙り肉串

 異変に気づいたのは、洗面所の鏡だった。


 ……顔色が、いい。


 いつも土気色だった肌に、血の気がある。目の下のクマは薄い。なんなら、少し引き締まった気さえする。ここ最近、階段で息も切れないし、朝、目覚ましの前に目が覚める。


 会社でも言われた。「最近、なんか元気そうだね」と。何年も、誰にもそんなことを言われていなかったのに。


 心当たりは、ひとつしかない。異世界の、飯だ。


 オーク丼で力がみなぎり、キノコ粥で二日酔いが消え、ドラゴンステーキを食べた翌日は、体が芯から熱かった。あれを食べるたび、俺の体は確かに、変わっている。


(……これ、食べ続けて大丈夫なのか?)


 一瞬、不安がよぎる。でも、鏡の中の俺は、何年も忘れていた顔をしていた。死んだ魚みたいだった目に、光がある。

 悪いものには、見えなかった。むしろ、生き返っていくみたいだった。


   ◇


 ところで、俺には子どもの頃からの、漫画飯の楽しみ方がある。


 アニメを観るのだ。それも、飯のうまいやつを。そして画面の中で、キャラが飯を頬張る、まさにその瞬間に、似たものを自分も口へ運ぶ。


 たとえば、子どもの頃に何百回も観た、あの冒険アニメ。仲間たちが戦いのあと、辺境の酒場で串焼きにかぶりつく場面。あそこを再生しながら、コンビニの焼き鳥を齧る。すると不思議と、安物の焼き鳥が、画面の中のあのジュウジュウの串焼きの味になる——気がした。


 ひとりの部屋で、何年も、そうやって飯を食ってきた。似たもので我慢して。本物のつもりで。


 ……でも。


 アプリを開く。新しく増えた店の中に、それはあった。


『獣人横丁・炙り肉串』


 心臓が、跳ねた。


 ——待て。これ。あの場面の、あの串じゃないか。


 今までは似たもので我慢するしかなかった。でも、今の俺には、本物が頼める。あのアニメの世界の本物の串を食べながら、あの場面を観られる。


 子どもの頃からずっと夢見てきた遊びが、今、現実にできるんだ。


 手が、震えた。武者震いってやつだ。俺は、炙り肉串を注文した。


   ◇


 ピンポーン。


 ……よし。


 深呼吸を、ひとつ。ドラゴンの夜、隠れて礼も言えなかった自分を思い出す。今日は、開ける。


 ドアを開けると、立っていたのは、二本足で立つ狼みたいな男だった。ぴんと立った耳。ふさふさの尻尾。串の包みを手に、人懐っこく、にっと牙を見せて笑う。


「まいど! 獣人横丁の炙り肉串、お届けでーす!」


 明るい。めちゃくちゃ、明るい。


 怖さよりも先に、俺はぺこりと頭を下げていた。


「……あ、ありがとう、ございます。その……いつも」


 獣人はきょとんとして、それから嬉しそうに尻尾を振った。


「お、礼なんて珍しいお客さんだ! こっちこそ、ごひいきにどうも。……あんた、いい食いっぷりだって、向こうで評判だよ。じゃ、また来るね!」


 評判。向こうで。

 ……なんだか変な感じだった。でも、悪くない。ドアを開けただけで、世界が少し広がった気がした。


   ◇


 さあ、ここからが本番だ。


 俺はテレビの前に、串の包みをうやうやしく並べた。タレの焦げた香ばしい匂い。肉汁が、まだじくじくと滲んでいる。本物の、異世界の、串。


 そして、あのアニメを再生する。何百回と観た、辺境の酒場の場面。仲間たちが笑いながら、串にかぶりつく——その、瞬間。


 俺も、串にかぶりついた。


 ——……っ、ぁ。


 画面の中で、キャラが「うまい!」と叫ぶ。その声とまったく同じ顔を、俺もしていたと思う。


 うまい。香ばしい。タレの甘み、肉の旨味、炭の香り。ぜんぶ、本物だ。今までの、似たもの、安物の、想像で補っていた味じゃない。画面の中のあの串が、今、俺の口の中にある。


 子どもの頃の俺が見たら、なんて言うだろう。


 ずっと、ずっと、似たもので我慢してきた。本物のふりをして、ひとりで、画面の中の祝宴を、指をくわえて見ていた。


 それが、今。

 俺は、画面の中と同じ飯を食っている。同じ瞬間に。同じ顔で。


 もう、ふりじゃ、なかった。


 ……気づけば、また泣きながら食っていた。最近、よく泣く。でも、悪くない涙だ。


   ◇


 食べ終えて、画面の中の仲間たちが、満腹で笑い合っているのを眺める。


 なんだか、その輪の中に、自分も混ぜてもらえたような気がした。


 体は、軽い。心も、軽い。


 スマホの店一覧は、今日も少しだけ増えていた。獣人横丁の隣に、見慣れない新しい名前。


 明日は、何を食べよう。誰が、届けてくれるだろう。


 ひとりの晩ごはんは、いつのまにか、俺にとって、一日でいちばんの楽しみになっていた。


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