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孤独なオタク社会人の出前アプリ、なぜか異世界に繋がっていて、憧れの漫画飯が届く  作者: めるしー


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3/11

異世界出前 ドワーフ鍛冶飯

 その週末、俺は朝から落ち着かなかった。


 頭から離れないのだ。『ドワーフ鍛冶飯(特盛)』。


 最初の夜からずっと画面の隅にあった、最後の一軒。オークの丼も、エルフの粥も食べてしまった今、残るのはそれだけだった。


 ……いや、おかしいだろ。普通、こんな変なアプリ、関わらないのが正解だ。配達員は化け物みたいだし、店は意味不明だし。理屈では、分かってる。


 でも。オーク丼を食べてから、体は嘘みたいに調子がいい。二日酔いは、粥一杯で消えた。そして何より——あの飯は、どれも、漫画の中でしか見たことのない本物の“漫画飯”だった。


 鍛冶飯。特盛。……いったい、どんな飯なんだ。


 一週間、ずっと考えていた。考えて、考えて、意を決して、俺はアプリを開いた。


 まだ、繋がっていた。


『ドワーフ鍛冶飯(特盛)』


 ええい、ままよ。注文ボタンを押した。


   ◇


 ピンポーン。


 もう三回目だ。前ほど、心臓は跳ねない。それでも一応深呼吸して、ドアを開けた。


 ……低い。


 最初に思ったのは、それだった。視線の位置が、低い。


 ドアの前にいたのは、俺の胸ほどの背丈の、ずんぐりした男だった。だが横幅は俺の倍。岩みたいな肩。腕は俺の太ももより太い。顔の下半分は見事な赤茶の髭にびっしり覆われ、その奥で小さな目がぎょろりと光っている。


 ドワーフだった。


 もう、着ぐるみとは思わなかった。思えなかった。煤と、鉄と、汗の匂いが、本物すぎる。


「おう、待たせたな!」


 声がでかい。廊下に響く。


「『特盛』、持ってきたぞ。……ん? おい人間、お前」


 ドワーフはぎろりと俺を見て、太い眉をひそめた。


「ひょろひょろしおって。ちゃんと食っとるのか、お前は」


「は……あ、はあ」


「いかん。そんな細っこい体で、どうする。ほれ、受け取れ。今日は特盛だ。残さず食え。話はそれからだ」


 ずしり、と。両手に、ありえない重さがのった。


   ◇


 ……我慢できなかった。


 受け取った勢いのまま、俺はずっと飲み込んでいた問いを口にしていた。


「あの……っ、あなたたちは。この店は、本当はなんなんですか。すごく凝った……コンセプトの、店なんですよね?」


 ドワーフは、きょとんとした。それから、盛大に噴き出した。


「ぶはっ! こんせぷと? なんだそりゃ」


「い、いや、だから……着ぐるみ、とか、設定、とか……」


「何を腑抜けたことを」


 ドワーフは髭を揺らして、にやりと笑った。


「異世界に決まっとろうが。なあ人間、お前さんの妙ちきりんな“はこ”が、なぜか俺らの市場と繋がっとる。オークのやつも、エルフの嬢ちゃんも、みんなそう言っとったぞ。何を今さら」


 異世界。

 決まっとろうが。


 頭の中で必死に積み上げてきた「コンセプト店」という言い訳が、音を立てて崩れた。


 ……そうだ。そうだよな。本当は、最初から分かってた。分かっていて、見ないふりをしていた。だって、認めたら、怖いから。


 でも。


「異世界。……本物の、異世界」


 口に出すと、不思議と、恐怖よりも先に、別の何かがこみ上げてきた。


 漫画飯が、本物だった。化け物に見えた配達員は、それぞれに生活と事情のある、本物の住人だった。子どもの頃から焦がれていた世界の入り口が、よりによって、俺のワンルームの玄関に、開いていた。


 ……マジか。マジかよ。


「お、なんだ。やっと飲み込めたか」ドワーフがガハハと笑う。「ま、難しく考えるな。お前は食え。それだけでいい。……つっても、なんで繋がったかは、俺も知らんがな。上のやつが繋いだか、お前がよっぽど腹を空かせとったか」


 よっぽど腹を空かせていた。

 ……それは、たぶん、当たっている。胃袋も、それ以外も。


「じゃあな。残すなよ。次も、たんと食え」


 ドワーフは、ずしんずしんと夜の廊下を去っていった。


   ◇


 ドアを閉めて、俺は保温バッグを抱えたまま、しばらく動けなかった。


 異世界。本物。

 まだ頭が追いついていない。でも、手の中の重みだけは、嘘じゃない。


 蓋を、開ける。


 ——うおっ、と声が出た。


 でかい。とにかく、でかい。山盛りの白米の上に、ごろごろと骨つき肉。隣には、どろりと濃い煮込み。揚げた芋。黒パン。器の縁から、湯気がもうもうと立ちのぼっている。


 まさに、特盛。漫画でよく見た、あの、これでもかと盛られた、暴力的なまでに旨そうな飯だ。見ているだけで腹がぐうと鳴った。


 骨つき肉に、かぶりつく。


 ——……ぶはっ。


 うまい。力強い。さっきの粥が“優しい”なら、これは“漲る”だ。噛むほどに、肉の旨味と脂が爆発する。煮込みは、骨の髄まで煮出したような濃厚な滋味。芋はほくほく。黒パンで皿の汁をぬぐって、食う。


 食えば食うほど、体の芯に火が入っていくみたいだった。鍛冶の飯。なるほど、これは、打たれて強くなる飯だ。


 ひとりの部屋で、俺は汗をかきながら、夢中で特盛をたいらげた。


 ——うまかった。腹がはちきれそうだ。そして、なんだろう。胸の真ん中も、やけにいっぱいだった。


   ◇


 完食して、空の器を前に、ひとつ息をついた。


 異世界に、繋がってる。本当に。

 化け物じゃなく、オークも、エルフも、ドワーフも、みんな、それぞれの世界で生きている誰かだった。そして、こんな俺の玄関先まで、わざわざ飯を届けに来てくれる。


 怖いはずだった。なのに今、俺の胸にあるのは——たぶん、生まれて初めてに近い、わくわく、だった。


 スマホを開く。


 オーク丼。キノコ粥。鍛冶飯。最初の三軒は、もう制覇した。


 そして、画面の一番下に。


 さっきまでなかったはずの、新しい一行が、ぽつりと灯っていた。


『──“異界のお客様”。三品、完食を確認しました。メニューを追加します』


「……追加?」


 怖い。やっぱり、ちょっと怖い。でも、もう、目を逸らすのはやめだ。


 異世界の出前は、どうやら、ここからが本番らしい。


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