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孤独なオタク社会人の出前アプリ、なぜか異世界に繋がっていて、憧れの漫画飯が届く  作者: めるしー


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2/11

異世界出前 森のキノコ粥

 オーク丼を食べてから、数日が経っていた。


 あの夜のことは、正直、まだ半分くらい夢だと思っている。緑のでかい配達員。本物みたいな質感。「異界のお客様」なんて表記。どう考えても、変だ。だから俺は、あれ以来アプリを開いていなかった。


 毎晩出前を頼めるほど、社会人の財布は分厚くない。それに——もう一度あのドアの向こうに何が立っているか、考えると、ちょっと、こわい。


 ただ、ひとつだけ妙なことがあった。


 体の調子が、やけにいいのだ。


 いつもなら目覚まし三回でようやく起きる。瞼は重いし、肩はこるし、胃はもたれている。それが社会人五年目の俺の標準装備だったはずなのに、ここ数日は、朝はすっきり、日中も妙に力がみなぎっている。まだ何かを期待していた頃の体に、戻ったみたいな感覚だ。


(……まさか、あのオーク丼か?)


 考えて、すぐ打ち消した。丼一杯で、しかも数日も体が変わるわけがない。たまたま調子がいいだけだろう。きっと、そうだ。


 そんな絶好調が続いた、ある日のことだった。俺はいつになく仕事がはかどり、声もよく出ていた。


「お、めずらしいな。今日このあと、飲み行く?」


 普段なら絶対に断る誘いに、なぜか、頷いていた。


   ◇


 結論から言う。調子に乗った。


 体が軽くて、気分が良くて、久しぶりに人と笑って。気づけばジョッキを何杯空けたのか分からなくなっていた。「お前そんなキャラだっけ」と笑われて、それが妙に嬉しくて、また飲んで。


 記憶は、わりと早い段階で途切れている。


   ◇


 そして、翌朝。


「…………ぐ」


 地獄が、あった。


 頭の奥を誰かが鈍器で殴り続けている。胃はひっくり返り、世界はぐるぐる回り、口の中は砂漠。ゆうべの全能感は、どこにもいない。


 昨日の俺をぶん殴りたい。


 水を飲む気力もなく、俺は枕元のスマホに手を伸ばした。何か、腹に優しいものを。固形物は、無理だ。


 アプリを開く。やっぱり、異世界の店が並んでいた。まだ繋がってるのか、この変な店。


 その中の一軒に、目が留まる。


『エルフ族行きつけ・森のキノコ粥』


 ……粥。今の俺に、それはあまりにも優しい響きだった。


 迷わず注文した。


   ◇


 ピンポーン。


 頭に響く。やめてくれ。それでも這うように玄関へ向かう。


 ドアを開けて、息を呑んだ。


 今度は、恐怖ではなかった。


 立っていたのは、すらりと背の高い人だった。いや、人のようで人ではない。長い銀の髪。透けるように白い肌。そして緑の中でゆれる、長く尖った耳。


 エルフだった。


(……うつくし)


 二日酔いの頭でも、それだけは分かった。作り物の美しさじゃない。生きて、呼吸して、こちらをまっすぐ見下ろしている、本物の——。


 いや、考えるな。きっと、ものすごく整った人を店が雇ってるんだ。そういうことにしておこう。


 エルフは俺の顔をひと目見て、すっと目を細めた。


「……二日酔い、ですか」


「……は、はい」


「人間というのは、どうしてわざわざ体に毒を入れるのでしょうね」


 声まで涼やかで、そして、ちょっと冷たい。正論すぎて、ぐうの音も出ない。


 だがエルフは小さく息をつくと、手にした器をそっと差し出した。


「森のキノコ粥です。何種類かの茸と、解毒の薬草を煮込んでいます。……酔いにも、よく効きますよ」


 ふわり、と。湯気にのって、優しい出汁の香りが鼻先をくすぐった。


「お大事に。次は、ほどほどになさい」


 言い方は素っ気ないのに、最後のひと言だけ、なんだか温度があった。


 エルフは踵を返し、廊下の暗がりにすっと溶けていった。


   ◇


 部屋に戻り、震える手で蓋を開ける。


 白くとろりとした粥の中に、いろんな形の茸がほろほろと沈んでいる。見たことのない、淡く光るやつまである。


 ……まあいい。腹に入れば同じだ。


 れんげで、ひと口。


 ——……あ。


 しみる。沁みる。じんわりと温かいものが、喉から、胃から、体の隅々へ広がっていく。優しい出汁。きのこの滋味。荒れ果てた内臓が、一口ごとになだめられていくのが分かる。


 漫画でよく見た。倒れた主人公が、世話役の作る粥で少しずつ回復していく、あの場面。あれが今、俺の身に起きている。


 そして数口食べたところで、気づいた。


 頭の鈍痛が、引いている。胃の不快感が、薄れている。さっきまで地獄だった体が、嘘みたいに楽になっていく。


「……いや、いやいや」


 待て。二日酔いが、粥一杯で? こんな、数分で?


 オーク丼を食べてから、ずっと体が軽かったのも。これも。……コンセプト店の料理で、こんなことが起きるか?


 心臓が、ことり、と鳴った。


 ——いや、考えるな。きっと、いい食材を使ってるんだ。薬膳的な、そういうやつ。気のせい。気のせいだ。


 俺は必死に粥をかき込んだ。考えるのを、温かさで塗りつぶすみたいに。


 ……うまい。そして、優しい。誰かに看病されているような味だった。


 ひとり暮らしの部屋で、もう何年も、誰にも看病なんてされていなかったのに。


   ◇


 完食して、空になった器をしばらく見つめた。


 体は、すっかり軽い。あれだけの二日酔いが、跡形もない。


 スマホの店一覧を、また開いてしまう。オーク丼の店。エルフの粥の店。そして——最初から並んでいたのに、まだ手をつけていない一軒。


『ドワーフ鍛冶飯(特盛)』


「……次は、ドワーフかよ」


 怖い。そして、気になる。あと、ちょっと楽しみにしている自分がいる。


 認めたくないけど。

 俺の奇妙な晩ごはんは、どうやら、まだ続くらしい。


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