第98話 悠真、紗月の合格祝いを買いに行く
「悠真、そっちから見える?」
紗月が、手にしたスマホを俺のほうへ傾けた。
「見える。けど、それじゃお前が見づらいだろ」
「じゃあ、もうちょっとこっち来て。一緒に見よ!」
紗月が画面の向きを戻し、俺も少し身を寄せた。
ダイニングのテーブルを挟んで、お母さんも座っている。
紗月の試験から、数日が過ぎた。
今日は合格発表の日だ。
結果が見られるようになるのは、学校から帰ったあとの時間だった。
一緒に見てほしいと紗月に頼まれ、俺も気になっていたから、そのまま二人で紗月んちへ来た。
コートと鞄だけ置いて、まだ制服のまま。
隣の紗月が、スマホと時計を交互に見ている。
つられて俺も、時計に目をやった。
「まだだよね?」
「あとちょっと」
「……長いね」
「さっき座ったばっかだけどな」
言いながら、俺も時計を見た。
全然進んでねえ。
お母さんが、俺たちの前へお茶を置いてくれた。
「飲みながら待ったら? 熱いから、少し冷ましてね」
「うん。ありがとう」
「ありがとうございます」
紗月がスマホをテーブルへ置いた。
俺は湯呑みを持ち上げ、湯気に息を吹きかける。
冷ましているあいだも、紗月は何度か時計を見上げた。
そろそろ飲めるかと口元へ運んだところで、隣から声が上がる。
「あ、時間!」
俺は湯呑みを戻した。
紗月も、もうスマホを持っている。
「……開くね」
「おう」
画面を押す指を見ていた。
表示が切り替わる。
合格。
その文字を読んで、俺は息を吐いた。
「受かった……」
紗月の声が聞こえて、顔を見た。
まだ画面を見ていた紗月が、ぱっとこっちを向く。
「悠真、受かった!」
「ああ。おめでとう」
スマホをテーブルに置くと、紗月は座ったまま俺へ体を向けた。
俺も向き直ると、紗月がぎゅっと抱きついてきた。
俺の頬に、紗月の頬が触れる。
「行ける! あの大学、行けるよ!」
「……うん。よかったな」
お母さんが向かいにいる。
いるんだけど、今は俺も、こいつを抱きしめたい。
紗月の背中へ腕を回した。
顔が熱いまま、少し強く抱き返す。
よかった。
ほんと、よかった。
「紗月。おめでとう」
お母さんの声に、紗月が顔を上げた。
俺も腕をほどく。
「お母さん、見て!」
紗月はスマホを取り、向かいへ画面を差し出した。
お母さんが身を寄せて、そこを読む。
「ええ。ちゃんと、合格って書いてあるわね」
「うん!」
画面から顔を上げたお母さんが笑った。
「水野くんも、嬉しそうね」
「……嬉しいです」
そこは、隠せねえよ。
隣で紗月が俺を見て、また笑った。
「一緒に見てもらってよかった!」
「俺も。今日、家で待ってたら落ち着かなかったと思う」
「じゃあ、来て正解だね!」
「おう」
紗月が自分の前へスマホを戻した。
もう一度画面を見てから、ようやくお茶を手に取る。
「ねえ、お母さん。今日受かった子たちと、春には同じ教室にいるんだよね」
「ええ」
「どんな子かな。入学式で隣になったら、話してみたい!」
紗月は湯呑みを口元へ運びかけて、飲まずにテーブルへ戻した。
「どうしてこの学科を選んだのか、聞いてみたいな。地域の集まりに行ったことある子もいるかな。どんなところだったか、教えてもらいたい!」
「その子に、連れていってもらえるかもしれないわね」
「あ、うん! 最初は一人で行きにくいとこも、一緒なら行けるかも。私も、誘いたいとこあるし!」
「もう、行きたいところが増えたの?」
「まだ場所は分かんないけど、一緒に行く人は増える!」
気が早い。
けど、知らない教室で隣の席へこうやって話しかけてる紗月は、すぐに浮かんだ。
俺が実習で包丁を握ってる日に、こいつは新しく会ったやつと出かけてるんだな。
帰ってきたら、どんな話が出てくるんだろ。
「悠真?」
「ん?」
「今、何考えてた?」
「春になったら、お前の話に知らない名前がいっぱい出てきそうだなって」
「そしたら教えるよ! 悠真の学校の人のことも聞きたい」
「俺、名前覚えるとこからだな」
「私もだよ?」
「お前、初日から何人も友達作ってきそうだろ」
紗月が笑って、今度こそお茶を飲んだ。
俺も飲む。さっきより飲みやすくなっていた。
「お兄ちゃんにも送ろ!」
紗月がスマホを持ち直した。
「大学の名前と、コミュニティ福祉の学科っていうのと。今日、受かったよって」
そうつぶやきながら文を打ち、送信する。
お母さんも、自分のスマホを手に取った。
「お父さんには、私から知らせておくわね。学校と、何を勉強するのかも」
「うん。お願い!」
お母さんが文を打ち、少しして顔を上げた。
「お父さんにも送ったわ」
紗月が画面を閉じ、スマホを脇へ置いた。
俺は残りのお茶を飲んでから、隣を見る。
「なあ。ケーキ買いに行かねえ?」
「ケーキ?」
「お祝い。商店街の店、まだ開いてるだろ」
「行く! 悠真も食べよ!」
「俺も食うつもりで言ってる」
紗月が嬉しそうにうなずいた。
俺も、今日は甘いものが食いたい。
「お母さんの分も買ってきます。何がいいですか?」
「あら。私もいいの?」
「うん、三人で食べよ!」
紗月が言うと、お母さんは少し考えた。
「じゃあ、チーズケーキがあったらお願いしようかしら」
「分かりました」
「私、いちごのがいいな!」
「それは店で見てから決めろよ」
「見ても、いちごかも!」
「じゃ、見に行くか」
俺が立つと、紗月もスマホを持って立ち上がった。
◇
商店街の洋菓子店には、まだ灯りがついていた。
ドアを開けると、焼き菓子の棚の奥にケーキが並んでいる。
「あった!」
紗月が、ガラス越しにいちごのショートケーキを指した。
お母さんに頼まれたチーズケーキも、その隣にある。
「悠真は?」
「俺、このチョコのやつ」
上にも削ったチョコがたっぷり乗っていた。
今日は、これくらい甘そうなのがいい。
「三人とも違うね!」
「お前、結局いちごなんだな」
「うん。見たら、もっと食べたくなった!」
店の人に三つ頼んで、箱へ入れてもらう。
紗月が鞄を開けようとしたので、俺は先に財布を出した。
「今日は俺が出すよ」
「いいの?」
「お祝いって言っただろ」
「……ありがとう!」
紗月が鞄を閉じた。
代金を払って、箱の入った袋を受け取る。
外へ出ると、紗月が俺の空いている手を取った。
コート越しに腕が触れる。
「ね、悠真。さっきのおめでとう、もう一回言って」
「もう一回?」
「うん。悠真に言ってもらうの、嬉しいから!」
こっちを見て笑うから、俺も笑ってしまった。
「……おめでとう、紗月」
「うん!」
つないだ手を握られた。
俺も握り返して、住宅街へ曲がる。
「お母さんに、あったよって送っとこ」
紗月が手をほどき、スマホを出した。
俺も隣で立ち止まる。
「送った。三人分、買えたよって!」
「おう。帰ろ」
スマホをしまった紗月へ、今度は俺から手を出した。
紗月がその手を取って、隣に並ぶ。
袋の中でケーキが傾かないように持ち直し、二人で家への坂を上った。




