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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第97話 悠真、試験帰りの紗月に再戦を申し込む

「悠真、三分、聞いててくれる?」


 夕飯の皿を片づけたテーブルへ、紗月がノートを持ってきた。

 十一月も後半になった夜だった。


「試験で話すやつか?」


「うん。今日は、最初から最後までやってみたいの!」


 紗月が受ける総合型選抜には、国語のテストと面接のほかに、先に調べておく課題がある。

 当日はそれを短く話して、面接官からの質問にも答えるらしい。


 お題は、『共生社会に、自分がどう関われるか。』


 ……最初に聞いたときは、俺もまず『共生社会』の意味を確かめた。


 紗月は、地域の交流会について調べていた。

 初めて行く人にも、そこでどんなふうに過ごせるのか伝わる案内を作ってみたいらしい。

 ノートには会の名前がいくつも書いてあって、案内をどこで見つけたかも控えてある。


「学校の書類、もらえたのか?」


「うん! あとは、私の書類を仕上げるだけ。先生に見てもらったの、直してるんだ」


 ノートの下には、国語の問題集もあった。

 しおりにしている紙が、前に見たときより後ろに挟まっている。


「じゃ、計るぞ」


 俺はスマホのストップウォッチを開いた。

 紗月は向かいに座ると、ノートを伏せる。


「見なくていいのか?」


「本番、ノートは持って入れないから。途中で詰まっても、自分で思い出すから待っててね」


「おう。詰まってる間も計るからな」


「うん。……よし、お願い!」


 ストップウォッチのスタートを押すと、紗月が俺を見た。


「私は、地域の人が知り合える集まりについて調べました」


 いつもより少しゆっくりした声だった。

 俺もうなずいて、続きを聞く。


 お茶を飲んで過ごせる会。工作や体操をする会。

 案内には、参加できる人や料金、申込みがいるかどうかも書かれていたという。


 紗月は途中で一度言葉を止めたけど、自分で続けた。


「初めて見る人には、交流会という名前だけだと、そこで何をするのか分からないかもしれません。だから、私も活動に参加して、どんなふうに過ごせるのか伝える案内を作ってみたいです」


 俺の顔を見たまま、紗月が続ける。


 自分だけで内容を決めず、会を開いている人にも確かめたいこと。

 初めて来る人が知りたいことも、聞いてみたいこと。


 最後まで話すと、膝に置いていた手がテーブルへ出てきた。


「……終わり!」


 俺は時計を止めた。

 三分には、少し余裕がある。


「入ったぞ。途中、急がなくても平気だった」


「よかった! ね、どんな会か、分かった?」


「ああ。座ってお茶飲んでてもいいとこと、みんなで何かやるとこだろ」


「うん。お茶だけでもいいって書いてあると、私、行ってみやすいなって。工作できるか分かんなくても、入れるでしょ?」


「そうだな。体操ってだけだと、何着てけばいいか迷うし」


「あ、それもあるね!」


 紗月がノートを開き、挟んでいた案内のコピーを俺へ向けた。

 俺も一緒に見る。


「これか。体操のやつ」


「そう。こっちに、椅子に座ってできるって書いてあるの」


「ああ。それなら、俺が思ったのと違うわ」


「私も、最初は立ってやると思った! だから、椅子って書いてあるの、いいなって」


 紗月が隣の椅子へ移ってきた。

 ノートを二人の間に置き、さっき話した部分を書き直す。


「もう一回、聞いてもらっていい?」


「いいけど、今の体操の話も発表に入れるのか?」


「ううん。話は増やさないよ。何をする会か分かると行きやすい、ってところを、もうちょっと言いやすくしたいの」


「おう。じゃ、計るか」


 俺がスマホを持つと、紗月はノートを閉じた。

 そのまま、こっちを向く。


「そこでやんの?」


「だめ?」


「いや。さっき、向かいだったから」


「隣がいい!」


 ……こっちは、さっきより落ち着かねえんだけど。

 俺は少し椅子を引いて、スタートを押した。


◇


 十二月半ばの日曜日。

 桜ヶ丘駅の改札前で、俺はスマホをポケットへしまった。


 月の初めに、紗月は出願を済ませた。

 そのあとも夕飯の前後に国語の問題を解いたり、課題を話す練習をしたりしていた。

 今日は、その試験の日だ。


 終わったら会おう、と先に約束していた。

 さっき、帰りの電車に乗ったと連絡が来たところだった。


 改札の向こうに、人が増える。

 鞄を肩に掛けた紗月が俺を見つけ、空いている手を上げた。


「悠真!」


「おう。お疲れ」


 改札を抜けた紗月へ歩み寄る。

 コートの襟から、制服が見えていた。


「終わったー!」


「どうだった?」


「国語も面接も、全部やってきた。あの課題も話せたよ!」


「そっか」


 顔を見たら、俺もちょっとほっとした。

 紗月を待ってる間、どんな顔で出てくるか気になってたんだよな。


「でもね、練習したところだけじゃ終わらなかったの」


 紗月が俺の隣へ並ぶ。

 人の流れを避け、北口のほうへ歩きながら聞いた。


「質問された?」


「うん。自分が案内を作るなら、何を載せたいですかって」


「へえ。何て答えたんだ?」


「その日に何ができるか、分かるようにしたいって。あと、お金がかかるかとか、先に申し込むのかとか」


 紗月は空いている手で、指を折った。


「あと、参加したことがない人にも、どんなことが分かると行きやすいか聞いてみたいって。……そこは、何て言えばいいか、ちょっと考えちゃったけど」


「その場で聞かれたら、俺も考えるわ」


「うん。先生、待ってくれた!」


 俺はうなずいて、紗月の話を聞いた。

 面接官も、こんなふうに聞いてくれたのかな。


「練習のときと、同じように話せたか?」


「最初は、ちょっと声が変だった! 自分でも、あれって思っちゃった」


「変って?」


「なんか、硬いの。悠真には出ない声」


 今はいつもの声で言うから、ちょっと笑ってしまった。

 紗月も笑って、俺の手を取る。


「会いたかった!」


「……俺も。だから来たんだよ」


 指を握り返すと、紗月がこっちへ寄った。


「ね、少し遊んで帰ろ! まだ帰りたくない」


「俺も、そのつもり。どこ行く?」


 紗月が、北口の先のモールを見た。


「あそこ! 上、行ってみよ!」


◇


「悠真、これやろ!」


 三階のゲームセンターで、紗月がエアホッケーの台を指した。

 別の台から、パックを打つ乾いた音が聞こえる。


「いいな。空いてるし」


 俺たちは手を離し、台の両側へ回った。

 鞄を足元の荷物かごへ入れると、紗月はもう丸い持ち手を握っていた。


「七点先に取ったら勝ちだって!」


「おう。ちょっと待て、金入れるから」


 財布をしまうと、台から風の音がし始めた。

 出てきたパックを置き、俺も持ち手を握る。


 紗月が両足を少し開いた。


「いいよ!」


「いくぞ」


 真っすぐ打ったパックを、紗月が弾き返した。

 速っ。

 俺の持ち手の横を抜け、いきなりゴールへ落ちる。


「入った!」


「お前、初っ端から飛ばすな」


「悠真が打ってきたんだよ?」


「そうだけど!」


 下の取り出し口からパックを拾う。

 今度は、もうちょい端へ。


 壁に当たったパックが紗月のほうへ滑った。

 紗月は追いかけて打ち返した。

 横の壁に当たってこっちへ来たところを、俺は強めに打った。


 向こうで、パックが落ちる音がした。


「よし!」


「あー! そっち来ると思ったのに!」


 紗月が自分の手元を見ている。

 俺も、今どこに当たったかは、よく分からん。

 でも入った。これで一対一だ。


 次のパックが来て、俺はゴールの前で止めようとした。

 止まらずに弾け、また向こうへ戻っていく。


「あっ、待って!」


 紗月の手が追いつき、パックが横へ飛んだ。

 今度は俺が追いかける。


「待てねえだろ、これ!」


「止めてよ!」


「お前もな!」


 打ち合ってるうちに、どっちかが点を取る。

 取り出して、また始める。

 紗月のほうばっか見てると、すぐにパックがこっちへ来る。


 くそ。顔見て笑ってる場合じゃねえ。


 俺が一点追いつくと、紗月は台の上の点数を見上げた。


「悠真、追いつくの早い!」


「追いつきたいからな」


「私、離したい!」


「言わなくても分かる!」


 紗月が打ったパックを、俺は端へ返した。

 壁を跳ねて、向こうへ。

 今度は紗月の手のすぐ横を抜けた。


「入れ!」


「だめ!」


 間に合った紗月が、ゴールの前で弾く。

 こっちへ来たパックを打ち返そうとして、斜め後ろへ弾いてしまった。


 俺のゴールへ落ちる。


「……あ」


「やった!」


 紗月が顔を上げ、俺を見て笑った。

 俺も笑っちまったけど、今のは悔しい。


「今の、俺が入れたじゃん」


「でも、私の点!」


「分かってるよ!」


 取り出したパックを台へ戻した。


 俺が五点で、紗月が六点。

 あと一点で終わらせてたまるか。


「悠真、顔、真剣!」


「お前に言われたくねえな。さっき、すげえ顔して止めてたぞ」


「だって、入れられたくないもん!」


「俺もだよ」


 持ち手を握り直して、パックを打つ。

 紗月が返す。俺も返す。

 向こうの壁から戻ってくるのを待って、もう一度。


 今度は横から来た。

 手を出したけど、パックは持ち手の先を抜けていく。


 ゴールへ落ちた途端、台から音楽が鳴った。


「勝ったー!」


 紗月が持ち手を置いて、両手を上げた。

 俺はゴールの中をのぞく。

 もうパックは出てこない。


 ……終わりかよ。

 あとちょっとだったのに。


「悠真、楽しかったね!」


「楽しかった。けど、もう一回」


 財布を取り出すと、紗月の手が台へ戻った。


「私もやりたい! 次、私がお金入れる!」


「おう。次は勝つからな」


「私、もう一回勝ちたい!」


 紗月が鞄から財布を出して、小銭を入れた。

 財布を鞄へしまうと、取り出し口に出てきたパックを台へ置く。

 俺も財布をポケットへ戻し、台へ寄る。


「悠真、また顔、真剣だよ」


「お前、ずっと笑ってんな」


「だって、悠真からもう一回って言ってくれた!」


 ……そういうの、今言うなよ。

 こっちまで笑っちまうだろ。


「よし。来い!」


 紗月がパックを打ってくる。

 俺も笑って、打ち返した。


 今度は勝つ。

 勝っても、もう一回やりたくなりそうだけどな。

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