第94話 悠真、紗月と大学の交流カフェへ行く
昼休みの屋上で、矢野がポテチの袋を丸めた。
「宮田、今日、日直か?」
「違うよ。そっちは?」
「同じ。じゃ、昇降口で」
宮田がペットボトルの蓋を閉めて、矢野へ顔を向けた。
「うん。あたし、本屋に寄りたいんだけど」
「いいけど、俺が漫画のとこ行っても置いてくなよ」
「あんたが戻ってこないでしょ」
矢野は丸めた袋を、自分の鞄へ突っ込んだ。
「戻るって。今日は」
今日は、って自分で言ったぞ。
宮田もそこが気になったらしく、矢野をじっと見ていた。
俺は弁当の最後の卵焼きを口へ入れた。
フェンスの向こうでは、グラウンドでボールを追ってる連中がいる。
文化祭が終わって、もう何日か経つ。
昼飯を食ったら、午後は普通に授業だ。
「悠真。今度の日曜、空いてる?」
隣の紗月が、弁当の蓋を閉じながら聞いた。
「空いてる。どっか行くのか?」
「うん! これ、一緒に行きたいんだけど」
紗月がスマホを出した。
大学のページらしい。『秋の交流カフェ』という見出しの下に、いろんな年齢の人が机を囲んでいる写真が載っていた。
「大学で、お茶会?」
「地域の人も来るんだって。学生さんたちと一緒に開いてて、誰でも参加できますって」
案内には、日曜の午後の時間と、大学構内の会場が書いてある。
地域で暮らす人が知り合い、気軽に話せる場にしたい、とも。
お茶とお菓子のほかに、秋の飾りを作る小さな工作コーナーもあるらしい。
「よく見つけたな」
「柊さんと話してて。ほら、この前、連絡先交換したでしょ?」
紗月がLINEへ切り替え、少し前のやり取りを見せてくれた。
『保育や教育の学校を見てます。子どもの遊びについて学ぶ授業もあるんですね。どんなことをするのか、もう少し調べてみたいです』
柊からのメッセージだった。
「こういうの気になってるんだって。それでね、大学の地域の活動も見てたら、これがあったよって」
その下には別の日の会の紹介が送られていた。
紗月は大学のページへ戻り、さっきの案内まで開き直す。
「そこからほかの日のも見てたら、今度の日曜にあるのを見つけたの。地域福祉っていうのを勉強してる学生さんたちなんだって」
「へえ。工作するのか?」
「それもできるけど、こっち」
紗月が写真を大きくした。
机の上には作ったらしい飾りが置かれていて、その横で、お菓子の袋を開けている人がいた。
「作ったあとも、一緒にお茶飲んだりするんだって。お話だけでもどうぞ、って書いてある」
「ああ、ほんとだ」
「文化祭のときさ。私たちも、もっとあそこで話してたかったじゃん」
焼うどんを食べてた、柊たちの机か。
あのあと俺たちも買ったけど、ずっと座ってるわけにはいかなかった。
「当番あったしな」
「うん。だから今度は、こういうとこ行ってみたい。悠真もどう?」
知らない大学で、知らない人とお茶を飲む。
ちょっと想像つかねえけど、紗月が気になったところは見てみたい。
「行こうぜ。日曜ならゆっくりできるし」
「やった! じゃあ、二人で申し込んでいい?」
「おう。俺の分も頼む」
紗月が嬉しそうに画面へ戻る。
俺も隣から案内の続きをのぞいた。
◇
日曜の午後、受付で名前を伝えると、青い名札をつけた女子学生が部屋の奥を示した。
「お好きな席へどうぞ。お茶はあちらで用意してます」
窓際では、小さな子と大人が紙の飾りを作っていた。
お茶を持って、話しているだけの人もいる。
紗月が俺の袖を引いた。
「あっち、空いてるよ」
丸い眼鏡の女性が座っている机だった。
俺たちが近づくと、女性は顔を上げた。
「こんにちは。ここ、いいですか?」
紗月が聞くと、女性は向かいの椅子へ手を向けた。
「どうぞ。二人でいらしたの?」
「はい!」
紗月と並んで腰を下ろす。
机の端には、色紙や葉っぱの形をした型紙が置かれていた。
「まだのりが乾いてないの。気をつけてね」
女性が自分の前の紙を少し寄せた。
赤や黄色の葉っぱを貼った、秋らしい飾りだった。
紗月も赤い紙を選んで、型紙を借りる。
俺は黄色いほうにした。
「学生さん?」
「高校生です。ここの学生じゃないんですけど」
俺が答えると、女性はうなずいた。
「私も近くに住んでるだけ。今日はどうしてここへ?」
「私が、行きたいなって。学校の文化祭で、知らない人ともいっぱい話したのが楽しかったんです」
紗月は切り終えた葉っぱを置き、女性を見た。
「私たち、焼うどんを作ったんです。食べに来てくれた人と話してたら、自分もお腹すいちゃって」
「作ってる間、食べられないものねえ」
「そうなんです! いい匂いはずっとするのに」
女性が笑った。
その向こうから、受付にいた学生さんも椅子を引いて加わった。
「焼うどんの話ですか? おいしそう」
紗月が俺のほうにも笑いかける。
「食べ物の話をしてると、またお腹すいちゃうね」
「じゃ、お茶にしましょうか。私も飲もうと思ってたので」
切った紙を片づけて、紗月と飲み物を取りに行った。
戻ってきた頃には、女性の飾りは鞄にしまわれていた。
「この前、教えてくれたパン屋さん、行ってみたのよ」
女性が学生さんへ言った。
「あ、行けました? 坂の途中の?」
「そう。くるみのが、おいしかった」
学生さんが、女性の隣へ座り直した。
「よかった。私もあれ好きなんです」
コップを置きながら、つい口を挟んだ。
「くるみパンですか?」
「ええ。丸いの。外が少し硬くて」
「中は柔らかいんですよ。大きいんですけど、私、あれ一個すぐ食べちゃって」
学生さんが両手で大きさを示した。
思ったよりでかいな。
「それ、何かつけて食べるんですか?」
「私は、そのままですね」
「私は半分、焼いたわ。バターを少し塗って」
焼いてバターか。うまそう。
「店、近いんですか?」
「歩けますよ。大学の正門を出て……地図、見たほうが早いかな」
学生さんがスマホを出したところで、紗月が俺の顔をのぞいた。
「悠真、もう買う気だ」
「聞いたら食いたくなるだろ」
「うん。私も!」
お前もじゃねえか。
地図を出してもらったので、俺も自分のスマホで店の名前を探した。
「あ、ここ、チーズのもおいしいですよ」
学生さんの言葉に、紗月がすぐ反応する。
「チーズもあるんですか?」
「あります。上がカリカリになってて」
「悠真、それも!」
俺もチーズの載った写真を見た。これもでかそうだな。
「一個ずつにするか?」
俺が写真を指すと、紗月はくるみパンのほうへ顔を近づけた。
「でも、くるみのは、そのままと焼いたの、両方食べたいよ?」
「半分ずつにすりゃいいだろ」
「じゃあ、チーズのも半分?」
紗月が俺へ確認する。
「ああ」
女性がコップを持ったまま笑った。
「お二人なら、二つ買っても大丈夫ね。私、一人で食べるには多いかと思って、チーズのはやめたの」
「私たち、両方買ってみます! また会えたら、どっちが好きだったか話しますね」
「ぜひ。聞いたら、私も買いたくなっちゃいそう」
学生さんが、地図の店名をもう一度指した。
「ここ、遅くなると売り切れちゃうんです」
俺は店の営業時間を確かめた。
「まだ平気、ですよね?」
「たぶん。でも、くるみのが残ってるかは……」
「悠真、さっきからパンのことばっかり!」
俺はチーズの写真へ指を戻した。
「お前がチーズも増やしたんだろ!」
紗月が吹き出した。
学生さんも笑いながら、自分のスマホを伏せる。
「私、帰りに寄るつもりだったんですよ。こんなに話してたら、なくなってたときが怖いですね」
この人も、パンの心配してたのか。
女性が、ほかに好きなパンも教えてくれた。
俺も、朝に食うならこっちだとか、卵を挟んだらうまそうだとか、写真を見ながら話した。
気づけば、コップのお茶がなくなっていた。
紗月は女性に、学生さんとは前から知り合いだったのか聞いている。
「ここで会ったの。私、前回も一人で来てね」
「そうだったんですか」
「先月は私が、駅までの近道を教えてもらったんですよ」
学生さんが、女性へ顔を向けた。
「あれから、あっちを通ってます。信号で待たなくて済むので」
「よかった。あそこ、初めてだとわからないでしょう」
話しているうちに、今度は別の道の話になった。
俺も地図を開いたまま、二人が言う角を探す。
こんな細いとこ、通れるのか。
画面だけじゃわかんねえな。
部屋の前のほうから、そろそろ終了です、と声がかかった。
「あら。もうそんな時間?」
女性が時計を見る。
紗月もスマホを確かめて、俺のほうを向いた。
「ほんとだ。いっぱい話しちゃったね」
「だな。お茶、もう一杯飲もうと思ってた」
飲みかけだった紗月が笑って、最後の一口を飲んだ。
コップを返し、机に残っていた紙を片づける。
俺の黄色い葉っぱと紗月の赤い葉っぱは、結局、切ったままだった。
「これ、持って帰ってもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
学生さんがくれた封筒へ、二人の分を入れた。
「またお会いしたら、パンの感想、聞かせてね」
帰り支度を終えた女性に言われ、紗月がうなずいた。
「はい! 残ってたら、両方食べます!」
「食べ比べるの、楽しみです」
女性を見送りながら、紗月はまだ笑っていた。
「……また会えたら、続き、話せるね」
「ああ」
俺も、さっき教わった店の画面を閉じた。
「あの、ここって、また来てもいいんですか?」
紗月が学生さんへ聞いた。
「はい。初めての方も、何度目の方も。次の予定が決まったら、大学のページに出しますね」
紗月は受け取った封筒を鞄へ入れてから、もう一度顔を上げた。
「最初から、こういう集まりだったんですか? いろんな人がお話しに来るような」
「そうですね。地域で気軽に会って話せる場所を、大学でもつくれたらって。近くに住んでいても、知り合う機会って案外ないので」
学生さんは、机の向こうへ一度目をやった。
入口では、帰る人と受付の人が手を振っていた。
「今日みたいに、お茶を飲んだり、一緒に何かやってみたり。私たちも、地域の方と相談して考えてるんです」
「毎回、何をするか、一緒に考えるんですか?」
「はい。こんなことをやってみたいとか、次は自分も手伝えるよとか。お茶を飲みながら、そういう話も出るんですよ」
紗月が、女性の座っていた椅子を見た。
「私、今日初めて会ったのに、次の話しちゃった」
「チーズのパン、ですか?」
「はい。どっちがおいしかったか、また話したいなって」
学生さんが笑う。
俺も、何も買えなかったらどう報告するか、ちょっと考えてしまった。
「学生さんは、みんな同じ学科なんですか?」
紗月が続けて聞いた。
「中心になってるのは、コミュニティ福祉のゼミです。私は三年で。先生と一緒に、地域へ出て話を聞いたり、こういう活動に関わったりしてます」
「それも、大学の勉強なんだ……」
「はい。来てくださる方の話を聞くと、自分たちだけでは考えつかなかったことも出てくるので」
紗月は学生さんの名札へ目をやってから、身を乗り出した。
「ほかには、どんなことを勉強するんですか?」
学生さんは脇の机から、学科の案内を一部持ってきてくれた。
紗月は受け取ると、その場で最初のページを開いた。
「このあたりに載ってます。活動の紹介は、こちらにも」
「ありがとうございます。私、読んでみます!」
指で示されたところを確かめ、紗月は案内を鞄へしまった。
俺も礼を言って、一緒に部屋を出た。
◇
大学の正門を出てから、紗月が俺の手を取った。
「楽しかったね!」
「楽しかった。あの人、道も店も詳しかったな」
「悠真も、いっぱい聞いてたね」
紗月が横から俺を見る。
「気になったんだよ。くるみのやつ、写真見たら余計に」
「うん。悠真も楽しそうで、嬉しかった」
紗月がつないだ手を少し振る。
「誘ってよかった!」
「……俺も、来てよかったよ」
そう答えると、紗月がこっちへ寄った。
肩が触れて、歩きにくい。けど、今はそのままでいいか。
「柊さんにも、行ってきたって話そ。いろんな人とお茶飲んでみたくて行ったのに、学科のことまで気になっちゃった」
「案内、もらってすぐ開いてたもんな」
「だって、ああいう集まりを開くのも、大学の勉強なんだって聞いたらさ」
紗月が空いた手で、鞄の口を押さえた。
「さっきの学生さんが、ほかに何を勉強してるのかも知りたいな」
「もらったやつ、あとで見せてくれよ」
「うん。一緒に見よ!」
坂を上がると、さっき教わったパン屋の看板が見えた。
「あった! 悠真、あそこ!」
「見えた。まだあるといいな」
店へ着くと、紗月はつないだ手を離して、俺より先にガラスの向こうをのぞいた。
その隣から棚を見る。
丸いくるみパンも、チーズの載ったパンも、まだ残っていた。
「あれだよね?」
「たぶん。聞いてみるか」
俺が扉を開けると、焼けたパンの匂いがした。
店員さんに聞いて、教わった二つを選ぶ。
袋を受け取り、一緒に外へ出ると、紗月が横から中をのぞいた。
「早く帰って食べたいな。あ、でも、あったかいから、袋閉じないでね」
「知ってるよ。お前、そんなにのぞくと食いたくなるぞ」
「もう食べたいもん!」
紙袋から顔を上げて、紗月が笑った。
俺も一口食いたくなったけど、ここは帰るまで我慢だ。
「帰るか。案内も読むんだろ」
「うん。学科のほうも見たい。活動のページばっかり見てたから」
「くるみのやつ、半分焼くんだよな。俺がやるよ」
「じゃあ、私、先に読んでるね!」
紗月が鞄を掛け直し、俺の空いた手を取った。
その手を握り返して、駅へ向かって歩き出す。
早く帰って、あのパンを食いたい。
もらった案内も、紗月と一緒に見てみたかった。




