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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第90話 悠真、食べに来てほしい人を誘う

 黒板の端に『指定校推薦・校内応募締切』と書き足されて、教室の話し声が少し小さくなった。


「希望する者は今日中に申し出ること。文化祭の準備で忘れないように」


 担任の連絡を聞きながら、俺は配られた文化祭のパンフレットを机に伏せた。

 明日は、もう本番だ。


 ホームルームが終わると、紗月が俺の机へ来た。


「私、指定校は申し込まない」


 黒板に目をやってから、紗月は言った。


「一覧、見たけど。今、ここに行くって決められるところはなかったから」


「……そっか」


「あ、でもね。返事は来たよ。椅子の大学!」


 椅子の大学って……あれか。


「模型じゃないのも作れるか、だろ」


「そう! 実物を作る授業もあるんだって」


 紗月はそういって、机の上にスマホを置いた。

 スマホの画面に出てる授業の説明の下には、制作したものを紹介するページの案内もついている。


「あとで、こっちも見たいんだ。写真があるみたい」


「おう。俺も見たい」


「でも、それで、ここにするっていうのは……まだ違うんだよね」


 紗月の指が画面の端で止まった。


「作ってみたいのは、ほんとなんだけど」


 小さい椅子の写真を、二人で拡大して見たのを思い出す。

 あれが人の座れる大きさになるなら、俺だって見てみたい。


「うん。そこは聞いててわかる」


 紗月が俺の顔を見て、少し笑った。


「じゃあ、今日のご飯のあとね」


「了解」


 スマホをしまう紗月の向こうで、机がずらされ始めた。

 俺も立ち上がり、看板を広げる場所を空けた。


◇


「水野。明日、客として買いに来たら、お前が焼いてくれんの?」


 教室へ戻ってくるなり、松井が俺の机に手をついた。

 テントへ運ぶ荷物は、今ので最後だったらしい。


「俺が入ってる時間ならな」


「よし。じゃあ、その時間に食う」


「自分で作る時間もあるだろ」


「あるけどさ。一回、金払って受け取ってみたくねえ?」


 ……あ。それはちょっと、わかる。


 試作を引き受けたのは俺たち四人だが、本番の調理担当はほかにもいる。

 鉄板を試した日から準備を重ねて、作り方も一緒に確かめてきた。


 黒板の交代表には、調理に販売、会計と、クラスのみんなの名前が並んでいる。

 俺もずっと鉄板の前に立ってるわけじゃない。


「私も買おうかな」


 相原さんが鞄を持って、松井の隣に立った。


「水野くん、焼けてるとこ多めで」


「注文増やすなって」


「じゃあ、並びながら見てるね」


「それはそれでやりづれえな……」


 焼き目が好きなのは、よく知ってる。

 へらを持つ手をじっと見られるのも、なんか想像できた。


「私も! 悠真が作るときに買いたい!」


 紗月まで俺の机に寄ってきた。


「お前、その時間は一緒に焼くほうだろ」


「……あ、そっか」


 黒板を見て、残念そうな声を出す。

 さっきまで自分の名前を見て喜んでたのに。


「二人はいつ回るの?」


 釣り銭用の箱を鞄の横へ置いて、宮田が聞いた。

 同じ会計担当の女子たちは、明日持ってくるものを確認してから教室を出ていく。


「午前の、ここ! 玲奈も空いてる?」


 紗月が交代表を指す。


「前のほうなら。あとで矢野と回るからね」


「じゃあ、その前に写真撮ろ! 衣装を借りられるとこ、パンフレットにあったよ」


「見た。あんた、あのドレス着たいんでしょ」


「うん! 玲奈はどれがいい?」


 紗月が机のパンフレットを開くと、宮田も横からのぞいた。


「あたし、こっちの上着。これ、借りられるんなら着てみたい」


「似合う! じゃあ、一緒に撮ろうね」


「あんた、ドレス決めるだけで時間使い切んないでよ」


「もう決めてるもん……あ、これもかわいい!」


 紗月の指は、別のドレスの絵にも伸びていた。


 ……決まってねえじゃねえか。


「私もそこ行く予定だよ」


 相原さんがパンフレットの端を持ち上げる。


「この帽子があるか見たいんだ」


「あ、これもかわいい! 玲奈、帽子も!」


「まずドレス決めなって」


 宮田が笑って、紗月の指を最初の絵に戻した。

 増やすのは、ほんとに早いな。


「俺、こっちのたこ焼きから行くわ」


 松井が別のページをめくろうとして、相原さんに止められた。


「まだ見てるんだけど」


「いや、俺の食う順番も決めさせてくれよ」


「松井、自分のパンフ持ってねえの?」


「鞄の中」


「出せよ……」


 俺が言うと、松井は机に置いた鞄を開けた。

 最初からそうしろって。


 松井が出したほうのパンフレットで、俺も模擬店の欄を見る。

 たこ焼きの横には、クレープの写真が載っていた。


「紗月。このクレープ、行かねえ?」


「行く!」


 反応早えよ。


「写真のあとにするか?」


「うん! 悠真は何クレープにするの?」


「俺はチョコのやつかな」


「じゃあ、私はいちご! ちょっと交換しようね!」


 そう来るだろうな、とは思った。

 写真を見ると、いちごのほうもうまそうなんだよな。


「はいはい、わかったよ」


「えへへ。決まった!」


 紗月が俺の腕をつかんで、宮田のほうへ笑いかける。


「玲奈も一緒にどう?」


「あんたたち見てると胸焼けするし、あたしは矢野と食べるよ」


「そっか。じゃあ、何食べたか教えてね!」


「そっちもね?」


 宮田はスマホをちらっと見てから、釣り銭箱を教室後ろの棚にしまい、鞄を肩に掛けた。


「じゃあ、先に帰るね。準備、お疲れ」


「お疲れー!」


 紗月が手を振る。

 廊下では、まだどこかのクラスが看板を運んでいた。


「俺もクレープ行こうかな……」


 松井は、まだパンフを見ている。


「焼うどんと、たこ焼き食ってからか?」


「甘いのは別だろ」


「戻ってきて、焼うどん焼くんだよね? そんなに食べて大丈夫なの?」


 相原さんが言うと、松井はやっとパンフを閉じた。


「……その匂いで、また腹減ると思う」


 どんだけ食うんだ、こいつ。


 俺も自分のパンフレットを畳んで、鞄にしまった。

 明日は、焼くほうも食うほうも忙しくなりそうだ。


◇


 紗月んちで夕飯を食べたあと、約束していた大学の制作紹介を二人で見た。

 ひと通り写真を見終えて、俺は麦茶を飲む。


 紗月は今度、文化祭のパンフを鞄から出してきた。


「明日、お兄ちゃんも来られないかな」


 俺はコップを置いた。


「あれ? 連絡してなかったのか?」


「うん。色々バタバタしてたから……」


 まぁ進路の件や、文化祭準備で忙しかったからな。


「私たちが作ったの、食べてほしいなって。私が焼いてるところも見てほしい!」


「ああ。それは、見に来てほしいな」


「ね。今、聞いてみようかな」


 紗月がスマホを持ち直す。


 橘兄が、うちのテントに並ぶのか。

 鉄板を挟んで、向こうにあの人が立ってるところまで浮かんだ。


 ……うわ。緊張するな。


「なぁ、俺から誘っていいか?」


 なんとなく、俺から橘兄に声をかけたくなった。

 俺も、見てほしい……のかね。


 紗月の指が止まった。


「悠真から?」


「ああ」


「もちろん! あ、私も話させてね」


「おう」


 紗月が椅子を寄せてきた。

 俺は自分のスマホを出し、橘兄との連絡画面を開く。


 今、電話してもいいですかと送ると、少しして『構わん』と返ってきた。


 相変わらず返答が短いな。


 通話を押して、スマホを耳に当てる。


「水野。どうした」


「こんばんは。あの、明日、学校の文化祭なんですけど。よかったら来ませんか」


「明日か。午後なら行ける」


「ありがとうございます。今、紗月もいるんで、スピーカーにしますね」


 返事を待って切り替え、スマホを二人の前に置く。


「お兄ちゃん、来てね! うちのクラス、焼うどん作るの」


「紗月も作るのか」


「うん。ちゃんと焼くよ。悠真と、クラスの子たちと!」


「そうか。水野、お前は何時に作る」


 紗月が交代表を出してくれる。

 えーと、俺の時間は……。


「午後も入ってます。一時からです」


「わかった。その時間に行く」


「……はい」


 食べてほしくて誘ったんだ。

 それでも、そこに合わせて来てもらうとなると、スマホに向かって背筋が伸びる。


「水野」


「はい」


「場所を送っておけ」


「あ、そうですね。あとで案内も送ります」


 そういや、店の場所を言ってなかった。

 しっかりしろ、俺。


「お兄ちゃん、お昼食べないで来てね」


「焼うどんを食べに行くんだろう」


「そうだけど、食べてきちゃうかもしれないから!」


 紗月がスマホに顔を寄せる。


「足りなかったら、おかわりもして大丈夫! あ、お兄ちゃんだったら最初から二皿でもいけるかな?」


「一皿食う前から、次を決めるな」


 低い声で返されて、紗月が笑った。

 俺もちょっと笑ってしまう。


「まず一皿、食べてもらってからにしようぜ」


「うん。期待しててね!」


「……ああ」


 橘兄が電話の向こうで、短く息をついた。


「では、明日。楽しみにしている」


 通話が終わる。


 楽しみにしてる、か……。

 何となく、背筋に力が入った。


「来てくれるって!」


「聞いてたよ」


「悠真、嬉しい?」


「嬉しい。けど、緊張もする」


 紗月は俺の肩に自分の肩をくっつけた。


「私も一緒に焼くよ」


「知ってる」


「だから、二人で聞こうね。おいしかったか」


「……おう」


 橘兄に会場の案内と時間を送って、スマホを伏せた。

 紗月の手を取ると、指の間に、するっと指が入ってくる。


「明日、楽しみだね」


「だな」


「写真も、クレープも、焼うどんも!」


 隣でこんなに楽しみにされると、こっちまでにやけそうになる。


「クレープ、服に落とすなよ」


「悠真もね?」


 紗月がつないだ手を持ち上げて、いたずらっぽく笑った。


「交換するとき、食べさせてあげよっか?」


「……自分で食える」


 そっちまで緊張させるなって。

 そう思ったのに、俺もつられて笑ってしまった。


 橘兄に食ってもらうのは、やっぱり緊張する。

 それでも、早く明日になってほしかった。

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