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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第89話 悠真、「二人が通じてんのはわかった」と言われる

 紗月んちの台所。

 今日は俺が横から教えるんじゃなく、俺が書いた紙を読んで、紗月が自分で動けるか試している。


「悠真、これくらいじゃない?」


 紗月が紙とフライパンの中を見比べる。


『麺の端が茶色くなったら、まとめて動かす』


 紗月が見ている紙には、そう書いてある。

 昨日、どうにか書いた一行だ。


「どこ見た?」


「ここ。一番端っこ」


 へらで持ち上げた麺の一本だけに、きれいな茶色がついていた。


「だから、もう動かしていいかなって」


「ああ。そう読むよな」


 俺は、何か所かに焼き目がついたら動かすつもりで書いた。

 紗月は一本に焼き目がついたところで動かそうとしている。


 そりゃ、伝わらねえよな。


「まだ待つ?」


 紗月はもう一度、麺の端を見る。


 ここで俺が決めたら、紙を試す意味がない。


「いや。お前はどうする?」


「んー……動かす。紙には茶色くなったらって書いてあるもん」


「わかった。やってみようぜ」


 紗月がへらを差し込む。


 固まりきっていない麺は簡単にほどけた。

 返した面には、白いところがごっそり残っている。


「あれ?」


「悪い。俺の書き方が足りなかったな」


「私、ちゃんと見たよ?」


「見てた。俺も見てたよ」


 紗月のせいじゃねえ。

 紙に書いた俺のほうの問題だ。


「本のほうはさ」


 そういって、紗月が一旦火を止めて、食卓に置いていた料理本を開く。

 誕生日にもらった料理本を参考に持ってきたんだよな。


 紗月は途中の写真が並んだページを指さす。

 そこには別の料理だが、返す前と返したあとの写真が並んでいる。


「茶色いところが、ここにも、ここにもあるでしょ? この写真を見てたら、もうちょっと待ったかも?」


「だな」


 隣へ回り込み、同じ写真をのぞく。肩が触れたけど、紗月は離れない。

 俺もそのまま、紙を本の近くへ寄せた。


「動かす前に、一か所だけじゃなくて何か所か見る、か」


「あと、ちょっと持ち上げる!」


「それも書くか」


「私が書いていい?」


 差し出したペンを紗月が受け取る。


 俺の字の下に、少し丸い字が増えた。

 最後に小さな丸まで描いて、紗月は満足そうにうなずく。


「できた!」


「いや、まだ途中だからな」


「途中でも、二人で書いたとこはできたでしょ?」


 それは、そうだ。


「学校で松井と相原さんにも見てもらうか。違ったら、そこへ足してもらおうぜ」


「うん。四人の紙にしよう!」


 紗月が火をつけ直し、残りを仕上げる。

 ソースを絡め、二人分を皿へ分けた。


 食卓で向かいに座った紗月は、箸で持ち上げた麺を何度もふーふーしてる。

 そこまでやるなら、もう少し待てばいいのに……。


「悠真、先に食べてていいよ?」


「待ってる。二人で比べるんだろ」


「……えへへ。たぶん、もう大丈夫! 食べよ?」


「おう、いただきます」


「いただきます!」


 二人で食べはじめる。


 ソースは、こないだの一皿目みたいにまとまっている。


 でも、二皿目にあったこんがりした麺は少ない。


「焼き目がついてるの、ここだけだね」


「だな。学校の試食の時、みんなで試してみるか」


「うん!」


 そのまま二人で食べ進め、皿を空にした。


 紗月は箸を置き、食卓の端に開いたままだった料理本へ手を伸ばした。

 さっきの写真を見直すのかと思ったら、その先のページをめくる。


「……それ、まだ作ってねえやつだぞ」


「じゃあ、いつか作ろうね」


「おう」


 俺の本なのに、こいつのほうが先のページまで使う気でいる。


 まあ、いいか。


 二人で料理本をめくりながら、これはいつ作る、こっちはいつ食べたい、なんて話をしてしばらく過ごした。


◇


 文化祭を次の週末に控えた放課後。


 今日は、食品模擬店の火気の試運転だ。

 本番用の鉄板で実際に試作して、焼け方や一度に作れる量も確かめなくちゃいけねぇ。


 鉄板には、試運転用にガスがつながれている。

 担当の先生が消火器のそばで、各班の準備を順に見ていた。


 手を洗い、材料は保冷箱から使う分だけ出した。

 手順を書いた紙は、折りたたみ机の上のクリップボードに挟んである。


「三年B組のみなさん、お疲れ様です」


 聞き覚えのある声に振り向く。


「柊」


「先輩。橘先輩も、お久しぶりです」


「久しぶり、柊さん!」


 柊は松井と相原さんにも頭を下げた。

 バインダーを抱えて、食品模擬店を順番に回っているらしい。


「試運転で点火する前に、担当の先生へ声をかけてください。共通の連絡は以上です」


「了解」


 用件を伝え終えた柊の目が、机の上で止まった。


「それ、作り方の紙ですか?」


「そう! みんなで書いてるの」


 紗月が答えると、柊は書き込みの増えた紙をのぞいた。


「先輩は、前からこういうものを作っていたんですか?」


「いや、初めてだよ。四人の誰が鉄板の前に立っても焼けるようにしたくてな」


 柊は紙の書き込みへ目を戻した。


「先輩、料理の勉強をしているんですか?」


「ああ、言ってなかったな……卒業したら料理の専門に行くんだ」


 柊が少しだけ目を大きくした。


「そうだったんですね。知りませんでした」


「わりぃな。言うタイミングなくて、な」


 近くで準備してた松井も手を止めてこっちを見る。


「え、水野、料理の学校行くの?」


「おう」


「だからか、妙にメモが細かいと思ったぜ! おかげで助かってるけどよ!」


「誰がやっても同じ手順で作れるように、って意識してるからな」


「かっけー!」


 ちゃかすな。


「柊さん、文化祭、うちのクラスにも来てね! 焼うどん、私たちで作るから!」


 紗月がそのまま笑いかける。


「柊、当日も委員の仕事あるんだよな? 無理しなくていいぞ」


 去年やって、その大変さは身に染みてるからな……。


「はい。でも、回れる時間があれば、寄らせてもらいます」


「やった! 待ってるね!」


 柊は紗月へもう一度頭を下げた。


「では、次のお店にも伝えてきます。失礼します」


 柊が校舎のほうへ向かってから、俺たちは先生へ声をかけた。

 これから本番と同じ感じで、試作だ。


「こんがりした麺、もっと増やしたいな~」


 相原さんが長いへらを手に取る。


「今日は麺もちょっと多くしない? こないだ、すぐなくなったし」


「俺も焼くぞ!」


「じゃあやってみる?」


「おっし、やるか!」

 松井が相原さんの隣へ並んだ。

 俺と紗月は、紙を置いた机から二人の手元を見た。


 鉄板を温め、二人が肉と野菜を広げる。

 肉の赤いところが消えると、松井が生肉に使ったトングを脇へ置き、相原さんが麺を入れた。


 麺は鉄板の真ん中でざっくり二つに分ける。

 相原さんと松井が、それぞれ自分の前の麺を見る。


「動かす前に、何か所か少しめくる……」


 紗月は机の紙を指で追ってから、二人の手元を見る。


「ねえ。相原さんのほう、もう何か所も茶色いよ。松井くんのほうは、まだ水が残ってる」


 相原さんが自分の側の麺を何か所かめくった。

 何本も茶色い筋がついている。


 松井も同じようにめくる。

 こっちはまだ白い。へらで動かした跡には、水が少したまっていた。


「同じ時間なのにな」


「なんで?」


 相原さんが俺を見る。


 答えたい。

 けど、俺だってこの鉄板は今日が初めてだ。


「わからん。相原さんのほうは、もう返していいと思う。松井のほうは、もう少し水が減るまで待ったほうがいい。ソースはそのあとだな」


「じゃあ、こっちは先に返す」


 相原さんがすぐに決めた。


「焼けたやつ、横へ寄せてもらっていい?」


 松井もへらを持ち直す。


「空いたとこに、こっちの麺を送る。水が減ったら合わせようぜ」


「最後に色の薄いところだけ、もう一回焼く?」


「それでいこう」


 二人はもう鉄板を見ていた。


 紙には、広げる、待つ、返す、ソース、の順で書いてある。

 でも、同じ時間に広げても、全部まとめて同じようには動かせない。


 家のフライパンじゃ、こんなのわからなかったな。


 相原さんが先に焼けた麺を返し、横へ寄せる。

 松井は空いた場所へ、水の残った麺を送った。


「松井、そこ、こっちまで入ってる」


「どこまで俺のほうかわかんねえんだって」


「今そこまでだったでしょ」


「麺広げたらわかんなくなったんだよ」


 相原さんが吹き出し、へらで少し押し戻した。


「悠真、ペン」


 紗月が手を伸ばす前に、俺はキャップを外して紙の横へ置いた。


「はい」


「ありがと!」


 紗月は紙の端に『鉄板の場所で焼け方が違う』と書き足した。


 相原さんが、へらを動かしながら含み笑いを漏らす。


「なに?」


「ううん。いつも通りだなって」


 松井はこっちを見もしない。


「二人が通じてんのはわかったから、今は鉄板のほう見てくれ。合わせるぞ」


「見てるって」


 へらの跡にたまっていた水が消えたところで、松井も麺を返す。

 二人が焼けた麺を合わせた。


 松井が広い面へ線を引くようにソースを回し、相原さんが焼き目を崩しすぎないように返す。

 甘辛い匂いが、湯気と一緒に風へ流れた。


 相原さんは焼き目の薄い麺を一度めくって確かめてから、さっき先に麺が焼けた場所へ広げ直した。


「めくってる」


 紗月が小さい声で言う。


「見てる。……ちゃんと使ってんな」


 家で増えた一行が、二人の手元で使われている。


 ……なんか、嬉しいな。


 完成した焼うどんを大皿に盛り、取り箸を添えた。

 そこから四人の紙皿へ分ける。


 俺は最初に一口食べる。


 焼き目のついたところがちゃんと香ばしい。

 その焼き目にもソースが絡んでいて、こないだみたいに麺の味だけが先に来ない。


 まだ、どこも同じ焼け方ってわけじゃない。


 でも、箸はすぐ二口目へいった。


「うまい」


 二人が同時にこっちを見る。


「焼き目、ちゃんと残ってる。ソースもまとまってる。こないだの二皿より、俺はこれが好きだ」


「ほんと?」


 相原さんがそう言って、自分の紙皿から焼き目のついた麺を一口食べる。


「うん。こないだより増えてるね」


「だろ。……なぁ、焼き目ついてるとこ、もうちょい取っていい?」


「好きに取れよ。まだあるぞ」


 松井が笑った。


「そうだけど。二人が作ったやつ、ちゃんと食いたいからな」


 俺がそう言うと、相原さんが大皿をのぞき、焼き目の強いところを指す。


「じゃあ、そこ。私が焼き目いれたところ」


「それ、俺がソース回したとこでもあるからな」


「わかってるって」


 大皿の取り箸で自分の紙皿へ移し、自分の箸で食べる。


 焼き目の香ばしさがさっきより強い。それでも、ソースは負けていない。


 俺一人じゃうまく書けなかった紙に、紗月の字が増えた。

 その紙を見た二人が、自分たちで考えて動いた。


 それが、うまい。


「悠真、嬉しそう!」


「嬉しいよ。悪いか」


「悪くない!」


 紗月の返事を聞きながら、もう一口取った。


 食べ終えると、相原さんが机の紙へ『こっちは先に色がついた』と書いた。


「あ、俺も書くわ」


 松井もペンを受け取り、その下へ『こっちは水が残った』と足す。


「次、こっちをどうにかしたいな」


「なんで場所で違ったんだろう」


 相原さんが鉄板を見る。


「理由は、まだわからん」


 俺は二人の字の下へそう書いて、空いた場所に鉄板の形を大きく描いた。


「次は、麺を置く前から見ようぜ。肉とか野菜が、どこから先に焼けるのか」


「賛成!」


 紗月の声に、松井と相原さんもうなずく。


 紙を見る。

 俺の字の横には、紗月の字。その下には、松井と相原さんの字も増えていた。


 ……四人の紙、か。


 さっき書いた鉄板の絵を見ていたら、もう次を試したくなってきた。

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