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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第70話 悠真、高校最後の教室で「……ああ。去年から、な」と認める

 始業式の朝。

 本館の階段を四階まで上がると、廊下はもう新学期の人でごった返してた。


 三年の教室。今日からここが、高校最後の一年を過ごす教室だ。

 いつも通り待ち合わせて、いつも通り一緒に歩いてきて、そのまま二人で教室に入る。


 入った瞬間、足がとまる。

 ちらっと教室を見ると、知らねえ顔が半分、知ってる顔が半分。


 紗月も足が止まって、教室をぐるっと見回した。


「なんか、悠真と同じ教室なの不思議! なんだろ、ドアくぐった瞬間、じわ〜ってした!」


「発表の日、さんざん騒いだだろ……ま、実際入ると、ちょっとあるけどな」


 言いながら、俺も教室の中を意味もなく見ちまう。


 そんな中、黒板に貼り紙が一枚あるのに気づく。


『席はHRで発表します。それまでは空いている席へ。』


 紗月も気づいたらしい。

 貼り紙をちらっと見ると、空いた並びの机をふたつ見つけて、すたすた歩いていった。

 片方の机に、ぽんと鞄を置く。


「ん、決めた。悠真、ここね。私が隣!」


「おい……勝手にきめんなよ」


「だって、同じクラスだもん。近くにいたいし!」


「あのな……ま、いいけど」


「やった!」


 そんなに喜んでても、すぐ変わる可能性のほうが高いぞ。


 まぁ、今は野暮だな。


 俺も黙って隣の机に鞄を下ろして座る。

 紗月は機嫌良さそうに足をぶらぶらさせてる。


 教室のあちこちから、遠巻きの視線がこっちに刺さってるのはわかる。

 そのうちの何割かは、紗月のほうに向いてた。


 紗月の髪には、出会った頃にはなかったものがキラリと光ってる。


「……なぁ、その髪飾り」


「えへへ、大事にしてるよ〜」


 紗月が髪飾りに手をやって笑う。

 ……朝から効くんだよなあ、それは。


 そんなやり取りをしてたら、近くの席の女子が、名乗りながら挨拶に来た。

 紗月がぱっと向き直って、名乗り返す。


「橘紗月です、よろしくね! えっと、名前ちゃんと覚えたいから、もう一回教えて?」


 もう紗月の周りに輪ができかけてる。

 初日からフルスロットルだ。


 俺は逆に遠巻きに視線を感じるだけだ。

 扱いの差よ……。


 まぁ、いまさらか……。


 改めて紗月との差を感じたところで、入口から見知った顔が入ってきた。


 宮田だ。


 目線があった。

 ため息を吐かれた。


 失礼なやつだな……。


「……初日から、なのね」


 頭が痛そうな仕草をする。

 輪に囲まれてた紗月がすかさず反応した。


「おはよ! 玲奈!」


「おはよ、紗月……あと、水野もおはよう」


「ああ、おはよ」


「あたしは適当に座るわ」


 そう言ってひらひら手を振り、本当に適当な席へ向かっていった。


 あいつも矢野とは方向性が違うけど、唯我独尊なやつだよな……。


 ほどなくして予鈴が鳴る。


 それまで好き勝手に飛び交っていた声が、少しずつ小さくなっていった。


 紗月の周りにできていた輪もいったんほどけ、それぞれが近くの席へ戻っていく。


「始業式のあとも、隣だといいね」


 紗月が小声で言った。


「その期待は、今のうちに捨てといたほうがいいと思うぞ」


「悠真は夢がないなあ」


「席替えに夢を見すぎなんだよ」


 そんなことを言っているうちに、教室の前扉が開いた。


 入ってきたのは、見覚えのない男性教師だった。


 教卓の前まで歩くと、教室を見渡す。


「全員いるな。今日から三年B組の担任になった、相沢だ。詳しい話は始業式のあとにする」


 相沢先生は出席簿を開き、手早く名前を確認していく。


 最後の一人まで返事が終わったところで、始業式への移動を促す放送が流れた。


「よし。体育館に移動するぞ」


 椅子を引く音が一斉に響く。


 紗月も立ち上がりながら、名残惜しそうに俺との間の机を見た。


「一時解散だね」


「大げさなんだよ」



 高校最後の始業式は、驚くほどいつも通りに終わった。


 校長の話を聞いて、新しく来た先生たちの紹介を聞いて、校歌を歌う。


 三年生になった実感が湧くような出来事は、特になかった。


 俺たちは再び三年B組の教室へ戻り、さっきまで自由に座っていた席につく。


 最初のホームルームが始まった。


 相沢先生は簡単な連絡をいくつか済ませたあと、黒板に座席表を貼り出す。


「明日からは、この座席表どおりに座れ。とりあえず出席番号順だ。正式な席替えは、後日あらためてやる」


 席替え、という言葉に、教室のあちこちがざわついた。


 相沢先生は残りの連絡もひと通り済ませると、出席簿を閉じる。


「今日の連絡は以上だ。席の移動は今日のうちにやっておけよ」


 そう言い残して、相沢先生は教室を出ていった。


 途端に椅子を引く音が重なり、何人かが黒板の前へ集まっていく。


 俺も立ち上がり、座席表を確認する。


 俺の真後ろが宮田。


 そして紗月は——窓際の、ひとつ離れた列だった。


「あ……悠真、列ちがう」


 隣で座席表を目で追っていた紗月が、わずかに口をとがらせる。


 わかりやすく肩まで落ちた。


「出席番号順じゃ、文句も言えねえだろ」


「むぅ……」


「ほら、席移動するぞ」


 教室中で席を移動する音が響き始めた。


 紗月も荷物に手をかける。


「……ま、いっか。お昼は一緒に食べられるもん。朝も帰りも一緒だし」


「そうだな」


「それに、同じクラスだしね!」


 そう言うと、紗月は俺のほうへ少し寄ってきた。


「休み時間、たくさんお話ししようね!」


「はいはい」


 ま、時間はたくさんあるからな。


 そうして、高校最後の新学期初日は終わった。



 次の日。


 今日から通常授業が始まる。


 俺の真後ろには宮田。


 紗月は窓際の別の列で、ここからだと斜め前に見える。


 授業が始まってしまえば、教室は拍子抜けするほど静かなものだった。


 紗月もきちんと前を向き、真面目にノートを取っている。


 なんだ。席が離れてても、別に普通じゃねえか。


 そう思ったのは、一時間目が終わるまでだった。


 終了のチャイムが鳴った途端、椅子を引く音がする。


 続いて、迷いのない足音がまっすぐこちらへ近づいてきた。


「悠真、消しゴム貸して!」


 机の横に立った紗月が、両手を合わせる。


「筆箱に入れたはずなのに、いないの」


「新学期早々、何やってんだよ」


「朝はいたんだよ? たぶん」


「たぶんなのかよ」


 筆箱から予備の消しゴムを取り出して渡す。


 紗月の顔がぱっと明るくなった。


「わ、ありがとう!」


「それ、やるよ」


「いいの?」


「ああ。余ってるしな」


「……ふふ。なんか得した気分」


 予鈴が鳴った。


 紗月は消しゴムを握ったまま、名残惜しそうに自分の席へ戻っていく。


「じゃね、悠真」


 途中で振り返り、こっちに手をひらひらさせた。


「また来るね!」


「来る理由、もうねえだろ」


 聞こえているのかいないのか、紗月は楽しそうに笑ったまま席へ戻った。


 後ろからため息が聞こえた気がした。


 それから二時間目が終わった。

 紗月は本当にまた来た。


「お前な……」


「今回は業務連絡でーす」


「何の業務だよ」


「はい、ここ読んで?」


 紗月がノートを開き、端のほうを俺に向ける。


 丸っこい字で、一行だけ書いてあった。


『今日のお弁当、自信作が入ってます! お昼をおたのしみに』


「授業のノートに書くことか? それ」


「大事な連絡だよ」


「どこがだよ」


「紗月」


 真後ろから声が飛んできた。宮田だ。


「あんまりはしゃぎすぎないでよ」


「はーい」


 紗月はノートの端の文字を、人差し指でとんとんと叩いた。


「続きはお昼ね」


「……予告しに来ただけかよ」


 俺が返すと、紗月は満足そうにノートを閉じた。


 予鈴が鳴る直前に自分の席へ戻り、座ってからもこちらへ小さく手を振ってくる。


「お昼まで、あとふたつだね」


 紗月が指を二本立てる。


 ……前を向け、前を。もう授業始まるぞ。


 三時間目と四時間目は、今度こそ何事もなく過ぎていった。


 そして昼休み。


 弁当はまだ袋に入れたまま、机の上に置いてある。


 今日の昼は、久々の屋上だ。

 矢野が来るのを、俺と紗月と宮田の三人で待つ。


 三人で話していると、近くの席の連中が何人か集まってきた。


 そのうちの一人が、俺と紗月を交互に見てから口を開く。


「二人って、噂では聞いてたけど……本当に付き合ってるんだ?」


「うん、そうだよ!」


 紗月が迷いなく即答する。


 その瞬間、周囲の視線が一斉に俺へ集まった。


 ……なんだよ。俺も言えってか。


 ため息をついて、口を開く。


「……ああ。去年から、な」


 言い切った途端、顔が熱くなってきた。


 気のせいだ。気のせい。


 手持ち無沙汰になって、弁当の袋を少しだけ手前へ置き直す。


 一人が、妙に感心したような顔でうなずいた。


「水野が自分で言うと、なんか急に現実味あるな……」


「なんでだよ」


「だって、本人たちの口から聞くのは初めてだし」


「聞いたならもういいだろ」


 隣を見ると、紗月が一度だけぱちりとまばたきした。


 それから、頬を緩ませる。


「……ふふふ」


 その顔を見て、教室がまたざわついた。


「はい、終わり終わり。見てても何も出ねえぞ」


 手で追い払うようにして、無理やり話を切る。


 ちょうどその時、教室のドアに矢野が現れた。


 だるそうに教室の中を見渡している。


「……何、この空気」


 矢野は俺たちの前まで来ると、周囲の視線をもう一度確認した。


「なんか悠真がやらかしたのか?」


「なんでだよ」


 俺は何もしてねぇぞ。


 紗月が何事もなかったように手を振る。


「矢野くん、約束どおりだね」


「おう。昼飯の約束だけは守る主義だ」


 なんで偉そうなんだよ。


 矢野はそう言いながら、早くも体を廊下のほうへ向けた。


「とりあえず行こうぜ。ここにいると、俺までセットで見られる」


 セットってなんだセットって。


 宮田も弁当の包みを持ち、静かに立ち上がる。


「そうね」


「ほら、悠真もいこ!」


「おう」


 四人で屋上に向かう。

 屋上に出ると、春の風が吹いてた。


 ここも、久々だな……。


「玲奈、こっち。ちょっと詰めるね」


「ん」


 宮田が座って、包みを膝に置く。

 矢野は、いつもの場所に腰を下ろした。


「……じゃ、いただきますしよ!」


 いっせいに弁当の袋を開ける。

 弁当箱が三つと——ポテチの袋がひとつ。


「……またそれ?」


 宮田が呆れたように突っ込む。


「燃費がいいんだよ、こいつは。進級したての財布にも優しい」


 燃費て。

 高三になっても変わらんな、コイツは。


 紗月が、自分の弁当から卵焼きを一切れ、箸で取って差し出してきた。


「ね、悠真。これ、一口あげる。今日の、ちょっと自信作だから!」


 矢野と宮田の視線がこっちを向くのがわかった。


 俺は自分から身を乗り出した。

 そのまま、紗月の箸から卵焼きを一口もらう。

 噛んだところが、ふわっとやわらかく沈んだ。


「ん。……うまくなったな、これ」


「でしょ? 卵、ちゃんと巻けてるでしょ」


 紗月の顔が、明るくほどけた。


 ——ふと、視界の端で宮田の箸が止まった。

 一拍だけ、紗月のほうを見て……何も言わずに、自分の弁当へ戻る。


 と思ったら、今度は矢野だ。ポテチをつまんだ手が宙に浮いたまんまだ。


「……おい。だいぶ慣れてんな?」


「うるせぇ」


 こいつ、変なところで鋭いのは相変わらずだな。


「去年はあんなに粘ってたのになぁ」


 ニヤニヤしながら矢野が言う。


 う。……そこは記憶にあるから、言い返せねえ。


「矢野くんも食べる? 卵焼き、まだあるよ」


「悠真にあげろよ。つーか俺、別クラスになったのに、結局昼は、この距離で見せらんのな」


「見せてるつもりはねぇぞ」


「じゃあ断れよ」


 それができたら苦労しねぇわ。


 宮田が箸を止めないまま、あごで俺を指した。


「あたしの席、水野の真後ろだからね。休み時間も全部あれ」


 あれ言うな、あれ。


「矢野くんのクラスにも、そのうち遊びに行くね」


「来なくていい。あ、そういや、俺が教室入った時のあれ、何だったんだ」


「いつから付き合ってるのって言われたんだ~。悠真もちゃんと答えてくれたよ!」


 紗月が嬉しそうに言う。


「『……ああ。去年から、な』——ふふ、ね、今の、かっこよくなかった?」


 紗月がちょっと声を低くして、俺の真似をして答えた。

 似てねえ……いや、ちょっと似てるのが腹立つ。


「再現すんなよ」


「ああ……なるほどな。悠真、頑張れよ?」


 何をだよ。


 そのあとは適当にだべりながら昼を過ごした。



 午後になって、矢野の「頑張れよ」の意味がわかった。


 女子からの質問が半端ねぇ。

 何がきっかけ? とか、どこがいいのとか……。


 紗月は嬉しそうに答えるけど、その答えを近くで聞く身にもなってくれ。

 男子は遠巻きに見てるだけで近寄ってこないが、視線が痛い。


 そのまま放課後になった。

 囲まれる前にいくしかねぇ。


「紗月、行くぞ」


「え、うん。わかった」


 逃げるように教室から出た。

 紗月も後ろからついてくる。


「そんなに急がなくてもいいじゃん」


「よくねぇ」


 あそこにいると質問がやまねぇんだよ。


 紗月と二人で階段を下りる。


 三階の踊り場まで来たところで、廊下の向こうから歩いてきた見知った顔と行き合った。


 柊だ。


「先輩。……橘先輩も、お疲れ様です」


 ぺこ、と会釈。相変わらず礼儀正しいやつだ。


「おう、柊。……新学期、そっちのクラスはどうだ」


「はい、まだ二日目なので、隣の子とは少し話せました」


「そうか。……ん、またな」


「うん、よかった! じゃ、またね!」


「では、失礼します」


 軽く一礼して、柊は廊下の先へ向き直った。

 足取りは普通で、それがなんか、ちょっと安心する。


 階段を下りる。隣の歩調が、一段ごとに弾んでるのがわかる。


「明日もさ、待ち合わせして、一緒に行って、そのまま同じ教室なんだよ? えへへ、ずーっと一緒じゃん」


「……ああ、まぁな。だから急ぐな、階段。転ぶぞ」


 昇降口を出ると、春の夕方の風だった。

 並んで歩き出す。


「帰りにスーパー寄ってこ。今日の晩ごはん、私も切るのやりたい。最近、包丁けっこう速いんだから」


「速さを競うな、あぶねぇだろ。……リクエストあるならスーパーにつくまでに決めろよ」


 隣を見ると、紗月はもう真剣にリクエストを考える顔になってる。

 ……スーパーまで、決まるのかね。


 そんな紗月の横顔を見ながら、桜並木を歩いて行った。

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