第68話 悠真、紗月と同じクラスになり、宮田にげんなりされる
「おはよ! みんなちゃんと集まったね!」
三月も終わりの朝、昇降口の掲示板の前は、新しいクラスの発表を待つやつらでもう混みはじめてた。
その人垣のいちばん手前で、紗月がこっちに手を振ってる。
集合って言い出したのはお前だけどな。
風はまだ冷てえのに、声だけはもう真夏だ。
「貼り出し九時でしょ。まだ焦る時間じゃないじゃん」
宮田が人垣から少し下がった位置で足を止める。
相変わらずの平常運転だ。その落ち着き、ちょっと分けてほしいわ。
「早くしないと見えないじゃん!……ねね、悠真。私まだ思い出してにやにやしちゃうんだ。ホワイトデーのマフィン、ほんとに嬉しかったんだもん」
で、急にこっちに矛先が来た。
朝イチでその話かよ。
「……二個くらい、へこんでたろ」
視線は掲示板のほうへ逃がしとく。
掲示板には、まだ何も貼られてない。
「へこんでたって、おいしかったもん!」
「……気が向いたら、また作る」
「朝からのろけんなよ」
横から矢野の声。
「わかってるよ」
「緊張してんのか?」
ぱり、とポテチをかじりながら聞いてくる。
朝の九時前だぞ、いま。まあ、いつも通りか、こいつは。
「うるせぇ」
緊張っていうか。気になるもんは気になるだろ、普通に。
「ね、賭けしない? 私と悠真が同じクラスだったら私の勝ちで、たいやき一個奢ってね!」
「……賭けする意味ないだろ」
前を向いたまま、そう返した。
俺も賭けるなら、同じクラス、だからな。
「……っ、それって——あ、ねえ、そろそろじゃない!?」
一瞬固まってた紗月が、体ごと掲示板のほうへ傾いていく。
たいやきの話は、どっか行ったらしい。切り替え早すぎだろ。
「紗月、人が引いてから見たほうが楽だよ」
「えー、早く見たいじゃん!」
言いながら、その場で小さく足踏みしてる。
散歩前の犬か。
と、職員の先生が紙の束を抱えて、掲示板の前に立った。
ざわめきが一段でかくなって、しゃべってたやつらがいっせいに黙る。俺らも、だ。
九時。名簿が貼り出された。
人波が、どっと前に寄る。
うおっ、圧がすげえ。
「お、出た」
矢野は人垣の後ろから首だけ伸ばしてる。
「えっと、悠真の名前……どこ、どこ……」
紗月は人垣のすき間に、頭から割り込んでいった。
こういうときの行動力、ほんとすげえな。
俺は流されないように足を踏ん張って、貼り出された紙を端から目で追った。
細かい字で、知ってる名前と知らねえ名前がずらっと並んでる。
三年の欄。水野、水野……あった。
で、同じ欄に——。
「あった、——同じだ、紗月」
「——悠真、同じ! 同じクラス!!」
人垣から飛び出してきた紗月が、名簿と俺を交互に見比べて、そのまま俺の腕を両手で掴んでくる。
「おう……同じ、だな」
掴まれた腕は、そのままにしといた。
肩の力が抜けて、口元がゆるみそうになる。隠すのも、やめた。
「一年間、毎日いっしょの教室だよ。……えへへ、今日、今年でいちばんいい日かも!」
毎日いっしょの教室、って。
……そうか。そうなるのか。
「はいはい。よかったね、同じ組で」
宮田は、名簿から視線を動かさないまま言った。
近くの生徒がこっちをちらっと見て、小さく笑って、また名簿へ戻っていく。
見せもんじゃねえっつの。それより、残りの二人だ。
「……矢野と宮田は——宮田、同じクラスだな」
宮田が、名簿を目で追ったまま続ける。
「……ふーん、三人同じか」
「ね、三人いっしょ!」
「で、俺は別だな」
矢野は、ほんとにどうでもよさそうに言った。
お前があっさりしすぎてるせいで、こっちだけちょっと沈んだじゃねえか。
「運だしね」
「まぁな」
「……あ。矢野くん……」
俺の腕を掴んでた紗月の手から、ふっと力がゆるんだ。
「俺はガチャ運があるほうがありがたいしな」
半目で言うことかよ、それ。
「隣にお前いねえの、普通に調子狂うんだが」
「宮田がいるし、大丈夫だろ」
「あたしに振らないでよ」
「よし、決めた。お昼はうちのクラスに集合ね。そろそろ屋上つかえるはず!」
言うが早いか、紗月の中ではもう決定事項らしい。
「ほらほら、後ろつっかえてるから、出るよ」
宮田が体だけ人垣の外へ向ける。
後ろのやつらに押し出されるみたいにして、俺らも掲示板の前を抜けた。
昇降口を出て、正門のほうへ歩く。
掲示を見終わったやつらが、ぽつぽつと散っていく。ガッツポーズしてるのも、この世の終わりみてえな顔してるのもいる。
人垣を離れると、ようやく肩がぶつからずに並んで歩ける。
腕を掴んでた紗月の手は、もう離れてる。かわりに、隣の歩幅がいつもより軽い。
日なたに出ると、風の冷たさより日ざしのほうが勝ってた。もう、春だな。
「昼は今まで通りだからな、矢野。逃げんなよ」
「はいはい、わかったわかった」
軽っ。まあ、来るんだろうけどな、こいつは。
「いい加減、ポテチ以外のお昼持ってきなよ」
「いんだよ。これが俺のガソリンだ」
矢野がポテチの袋を軽く掲げてみせる。
ガソリンて。
「宮田のほうが大変だぜ」
と、矢野がニヤリとした。
宮田が一瞬考えて——こっちを見たまま、歩調も変えずに、げんなりした顔になる。
「そうか、同じ組ってことは、あれを毎日最前列で見るってことか……」
あれとか言うなよ、あれとか。
そのまま矢野と宮田が少し先に出て、入れ替わりに紗月が俺の横に並んだ。
「ね、悠真! こんど映画観ない? 三日後くらいの午後、観たいのがあるんだ」
「いきなり話変わりすぎだろ」
「悠真んちで観るのでもいいし。どこでかは、あとで決めよ? とにかく映画! 決まりだね!」
もう決まってんのかよ。
映画、か。まあ、悪くねえな。
「……わかったわかった」
「ふふ、約束だからね」
隣から、機嫌のいい鼻歌が聞こえてくる。
春休みの予定が、ひとつ埋まった。
正門が近づいて、ひと呼吸おいて、紗月が空を見上げた。
「三年生かあ。……なんか、楽しみが多すぎて困るね、今年」
「お前な……進路忘れんなよ」
言って、俺も正門のほうへ向き直る。
……人のこと言えねえんだけどな、俺も。




