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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第67話 悠真、手作りマフィンで紗月に「よけい好きになっちゃう」と不意打ちされる

 卒業式が終わって、三月も半ばの放課後。

 風はまだ冷たい。


 ……ホワイトデー、か。


 バレンタインに、紗月から手作りのチョコをもらった。

 もらったら、返す。それも、手で作ったもので。


 作るのは、マフィン。


 ……そう決めたのは、いいんだ。


 問題は、俺が菓子なんてほとんど作らねえってことだ。

 作り方が、さっぱりわからん。


 そんなことを考えてたら、隣の席の矢野がスマホをいじりながら言ってきた。


「で、悠真。もうすぐホワイトデーだけど、結局どうする気だよ」


 画面から目も上げずに、そう聞いてくる。

 スマホやるか俺に聞くかどっちかにしろよ……まぁ慣れたもんだけど。


「……一応、考えてはいる」


 そう言うと矢野はスマホから顔を上げて、少し感心したように目を瞬く。


「へぇ……まあ、頑張れよ」


 矢野はそれだけ言って、スマホに戻った。

 なんだよ、今の反応……。


「……おう」


 まぁいいか、気にしてもしゃーねぇ。


 そう思ったタイミングで、教室のドアから紗月の声がした。


「悠真、帰ろ!」


 いつも通り、隣にぴょこっとくる。


「おう……帰るか」


「うん!」



 紗月と手をつないで帰り道を歩く。

 紗月が色々話しかけてくるけど、いまいち上手く返せねぇ。


 まぁ……原因はわかってるけどさ。


 はぁ……まぁ、言うしかないか。

 こいつの顔が少し曇るのが嫌だけど、仕方ない……。


「紗月。……あー、今日さ」


「ん?」


「悪い。今日は……うちで、ちょっと用があって。飯、作りに行けねえんだ」


 我ながら、言い方が下手すぎる……。


「え。悠真、今日ごはん来れないの?」


 紗月の足が、ぴたっと止まった。


「今日だけ、パスさせてくれ。悪い」


「用って、なに? めずらしいね」


「……いや、家のこと。ほんと、たいしたことじゃねえんだって」


 具体的なことは言えないから、つい目をそらす。


「えー……今日、悠真のごはんだと思ってたのに」


 紗月が、ちょっとだけ唇をとがらせる。


 ……そんな顔すんなよ。罪悪感がすげえんだよ。

 俺は返す言葉に詰まって、黙り込んだ。


「……ん、わかった! じゃあ、用事がんばってね」


 紗月は、あっさり切り替えて笑った。

 ……こういうとこ、ほんと助かる。


 と思ったら、歩き出しかけて、ふと足を止めて、こっちを見た。


「……あ。そういえば悠真、この前もお菓子屋さんの前で、ぼーっとしてたよね。ねむいの?」


 ……見てたの、覚えてたのか。


「……いや。ぼーっとくらい、普通にするだろ」


 しらばっくれる。

 っていうか、それ以外の選択肢がねぇ。


「んー……ま、いっか!」


 紗月はあっさり引き下がって、くるっと前を向いた。

 ……セーフだ。危ねえ。


「じゃあ、明日は絶対来てね? 約束!」


「おう。明日は、ちゃんと行く」


 紗月は満足そうにうなずくと、つないでた手をほどいて、家のほうへ歩いていく。


 その背中を見送って、俺は一つ、息を吐いた。

 ……よし。ここからだ。



 夜。

 うちのマンションの、狭い台所。

 親父も母さんもまだ帰ってなくて、今なら誰にも見られずに済む。


 材料は、もう買ってある。

 タイミング見て、まとめて買っといたやつだ。


 何度も買い出しに行くと、母さんに勘づかれるからな。


 粉、砂糖、卵、バター、あとベーキングパウダーってやつ。それと、マフィンの型。


 ……ここまでは、いい。

 で、これをどうすりゃマフィンになるんだ?


 スマホでレシピは調べた。

 調べたけど、なにか物足りない気がする。


 と、グダグダ考えながらスマホの画面を見て小一時間。

 画面には『橘兄』の文字。


 あのとき無理やり交換させられた連絡先。


 物足りないものが何か、何となくここに答えがある気がする。

 けどなぁ、橘兄、かぁ……。


 さっきから、かけるか、かけまいか、行ったり来たりしてる……。


 ……しょうがねえ。聞くか。


 ええい、うだうだしてても始まらねえ。画面をひと睨みして、勢いで発信をタップする。


 ワンコールで繋がった。


 ちょ、はやすぎだろ!!

 心の準備が……!!


「……水野か」


「あ、え、えっと、はい……水野です。その、夜分に、すいません。今、ちょっと大丈夫ですか?」


 ちょっと動揺したけど、ここからだぞ、俺!

 踏ん張れ!


「時間は気にするな」


 相変わらず静かで、淡々とした声だ。

 電話越しだと余計緊張すんな……。


「用件は」


「あの……橘さんに、教えてほしいことがあって、それで」


 電話の向こうは、何も言わずに黙って待ってる。


 この待たれる感じ、苦手なんだよな……。

 そうも言ってられねぇけど……。


「……ホワイトデーの、お返しなんですけど。紗月に、マフィン作ろうと思ってて」


 言いながら、声が少しうわずった。


「マフィンか。……いいだろう」


 即答かよ。


「レシピはネットで見たんです。見たんですけど……なんか物足りないと思って」


「分量は俺が言う。書き取れ」


 いきなりだな!


「ちょ、ちょっと待ってください。メモ、メモ取るんで……」


 俺はあたりを見回して目に入ったチラシの裏を引っつかんだ。

 ペンもテーブルにあったやつをそのまま使う。


「量りはあるか。……目分量は認めない。量れ」


「……あります」


「これから言うのは基礎だ。……基礎のない菓子を、紗月には食わせられない」


 大真面目だ。

 まぁ、そうだよな。紗月にあげるもんは、できる限りいい物をあげたい。


「はい……よろしくお願いします」


「……焼きは、初めてだったな」


 去年の暮れ、生地までは橘兄のとこでやらせてもらった。その先は、確かに初めてだ。


「よし。粉、百五十。ベーキングパウダー、六。砂糖、八十。バター、八十。牛乳、五十。卵は一個だ」


 本当に分量だけ飛んできた!

 チラシの裏に、必死でペンを走らせる。


「す、すいません、バターもう一回……」


「八十」


 単語! 単語だけで返ってくる!


「混ぜは、粉が見えなくなったら終いだ。そこから先はこねるな。膨らみが死ぬ」


「え、ちょっ……」


「予熱は百八十度。……焼けたかは色ではなく、串を刺して、生地が付いてこなければ上がりだ」


 メモを取る手が、追いつかない。

 こねるな、百八十度、串……ちょっと待て、早えって!


「一つ渡すなら、六つ焼け。しくじる分を見込んで、人に出せるものだけを渡せ。……当然だろう」


 当然、って声で無茶を言う。

 ……いや。無茶だけど、間違っちゃいねえんだよな。悔しいことに。

 ネットのレシピで物足りなかったのは、多分こういうやつだ。


 電話の向こうでは、さっきから、規則的な音がかすかに続いてる。

 ……喋りながら、手も動かしてんのか、この人。


 ……そういや、紗月はこれ、一人でやったのか。すげえな。

 で、俺はその兄貴に電話中、と。


「……すいません、なんか。よりによって橘さんに、こういうの……」


 つい、苦笑いがもれた。


 と、電話の向こうの音が、ふっと止まった。


「……紗月が、菓子をもらう側にな」


 その声が、ほんの少しだけ、柔らかくなった気がした。


「……手作り、か。……悪くない」


 独り言みたいに、そう言う。


「……だと、いいんですけど」


「……味は、うちの親父のほうが俺よりうるさいぞ」


 ……親父さん。


「……おとうさん、ですか」


 紗月の父親。俺はまだ会ったこともない人だ。


 いつか会うのかね……。

 いや、まだ先だろ、先。今はそれよりお菓子作りだ。


「ああ。会えばわかる。あとはやれるか」


「あ、はい。ありがとうございます。助かりました。あとは頑張ってみます」


「ああ……何かあればまた連絡をよこせ」


 予想外の言葉。


「あ……ありがとうございます!」


「ではな……精進しろよ、水野」


 そう言って電話が切られた。


 精進か……。


 よし!

 とりあえずメモを、見返して、やってみるか!


 教わったとおり、粉を量って、卵を割って、混ぜて、型に流す。

 オーブンにセットして、待つ。


 やがて、焼き上がりのブザーが鳴った。

 オーブンを開けて、中を覗き込む。


「……うわ。真っ黒じゃねえか」


 こんがり、を通り越してる。

 串を刺すとか色を見るとか、それ以前の問題だ。


 一個つまんで、かじってみる。

 ……苦え。炭だ、これは。


「……はー。もう一回だな」


 まあ、一発でうまくいくとは、端から思ってないけどな。


 焦げたやつをかじりながら、時計を見上げた。


 そのとき、玄関のほうから鍵の音がした。


「ただいまー」


 母さんだ。時計は、もう二十一時を回ってる。


 ……やば!

 片付けが、間に合ってねぇ!

 ……匂いもだ。焦げ臭ぇの、思いっきり残ってる。


 台所を覗きにきた母さんと目が合う。


「あら……。なに作ってたの?」


「……あー、うん。ちょっと、練習」


 目をそらしながら答える。


「ふーん、練習、ね。……そういえば、もうすぐホワイトデーねえ」


 母さんはそれだけ言うと、にやっと笑って廊下のほうへ戻っていった。


 ……勘弁してくれ。



 次の日の夜。ホワイトデーはもう明日だ。


 いつも通り、紗月んちで飯を作って、食べて、いつもの時間に帰ってきた。

 昨日パスした分かわからないけど、紗月がめっちゃ絡んできたな……。


 よっし……とりあえず、やるか!


 腕まくりして、台所に立つ。

 並んでるのは、昨日と同じ道具。


 早速取り掛かる。


 昨日練習しておいたおかげか、粉を量る手も落ち着いてる。

 混ぜすぎない。焼き加減を見る。串を刺す。……生地は、付いてこない。


 オーブンを開ける。


「……お。今度は、膨らんでる」


 こんがり、いい色だ。

 焦げてない……よかった。


「よっし!」


 出来上がったマフィンから、かたちのいいやつを選んで、小箱にそっと詰めた。


 そこでふと思う。

 ……まずかったら、どうしよう。


 いや、味見はした。


 たぶん、大丈夫だ!

 ……たぶん。



 そして、ホワイトデー当日。


 紗月んちで飯を食い終わって、片付けも終えた。

 お母さんは奥に引っ込んでて、今、リビングには俺と紗月の二人だけだ。


 ……渡すなら、今しかねえ。


 少し、深呼吸をする。

 覚悟を決めて俺は、鞄の中から小箱を取り出した。


「……なあ、紗月」


 顔は、少しそらしたまま。


「これ。……やる」


 小箱を、ぶっきらぼうに差し出す。


「……え?」


 紗月が小箱を受け取る。


「マフィン。……今日、ホワイトデーだろ」


 目を合わせないまま、付け足す。


「……これ、悠真が、作ったの?」


 じっと箱を見つめてから、紗月が小さな声で言った。


「……まあ。一応、な」


 耳の先が、じわっと熱くなった。

 手のやり場に困って、拳を軽く握る。


「え、これ……私に? お返しに、作ってくれたの……?」


 一拍、遅れて——紗月が、ぱっと顔を上げた。


「もらいっぱなしってのは、性に合わねえからな」


「……こっそり作ってくれてたんだ。ぜんぜん、気づかなかった」


 紗月は、小箱を両手で包み直す。


「ふふ、なんか……私のときと、おんなじだ」


 そう……だな。

 お互い、同じことしてんな。


 思わず笑う。


「ふふ、笑ってどうしたの? ねぇ、食べてもいい?」


「ああ、ちょっとな。おう、そのために作ったからな」


「うん……いただきます」


 紗月が、一つ手に取ってぱくっとかじった。


「ふわふわで、おいしい!」


 もぐもぐしながらの即答だ。

 ……よかった。


 思わず胸をなでおろす。


「……ふふっ。ねえ悠真、これ、ちょっとへこんでるとこあるよ?」


 そう言って紗月が箱の中を覗き込む。


「ぜったい、何回か失敗したでしょ? ね?」


 いたずらっぽく、笑う。


「……仕方ねぇだろ。菓子は普段つくらねぇし……」


 ぶっきらぼうに返す。


 ふと紗月を見ると、箱を見つめたまま、何度かまばたきをしてた。


 ……ん?

 なんか、目のふちが、赤くないか?


「……おい、大丈夫か?」


 なんかしたか、俺?


「……っ、えへへ。ちがうよ、これ、おいしすぎるからだもん」


 紗月が指で目もとをこすって、笑う。


「……そうかよ」


 ちょっと引っかかったけど、俺はそれ以上、追わなかった。


「……あ。そっか。この前『用がある』って言ってたの……これ、だったんだ」


 紗月が、はっとしたみたいに言う。


「もう、言ってくれたらよかったのに。……あ、今のなし。びっくりしたもん、こっちのほうがいいよね」


 小箱をそっと胸に寄せる。


「……もう、悠真は。……よけい好きになっちゃうよ」


 心臓が跳ねた。

 ……不意打ちすぎるだろ。


「……はいはい」


 好きだの何だの、こいつはほんと、軽く言う。

 ……まあ、いいか。今日は。


「もう、『はいはい』じゃないもん」


 紗月が、ほっぺをふくらませる。

 ……でも顔は、楽しそうに笑ってた。


 紗月が小箱を大事そうに抱え直す。

 へへっ、と、嬉しそうに笑ってる。


 ……まあ。

 喜んでんなら、焦がした甲斐も、あったな。

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