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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第66話 悠真、紗月に将来を聞かれ「わかんね。まだ、なんも」としか言えない

 拍手が波みたいに、正門のほうから流れてくる。

 吹奏楽の最後の一音の余韻に、あちこちで鼻をすする音がまじってた。


 三月、最初の週。

 今日は、卒業式だ。


 この手のしんみりした空気は、どうも苦手だ。

 何て顔してりゃいいんだよ。


 午前中に体育館で式があって、今は在校生も先輩たちを見送りに正門へ出てきてる。

 在校生の俺らは、このあと午後は休みだ。


 昇降口から正門まで、人垣が花道みたいに続いてる。


 人混みにもまれてるうちに、俺のまわりに紗月と宮田がそろってた。

 二人とも俺とは別のクラスなのに、こういう日は、なんでか集まってくる。

 矢野もすぐ横にいた。


「先輩、卒業おめでとうございます!」


 紗月が知らない先輩にまで、全力で手を叩いてる。


「わ、そっちの人も……おめでとうございます!」


 次から次へと頭を下げて、ぱちぱち拍手してた。


「お前、あの先輩ら知ってんの?」


 聞いても返事は祝福の勢いに吸い込まれて、こっちまで届かない。


 と、泣きながら歩いてる先輩たちが、目の前を通っていった。


 紗月の言葉が、ふっと止まる。

 そのまま俺のコートの袖をきゅっとつかんできた。


 目をやると、紗月はそのすすり泣きにつられかけた顔をしてた。


「……あ、なんでもないよ!」


 ぱっと、手を離す。


 俺は少し迷って、コートのポケットからティッシュを出した。


「ほら、ティッシュ」


「えへへ、ありがと」


 紗月は少しだけ目をぬぐった。


 少し先で、卒業生の先輩が後輩たちに囲まれてる。


 制服の胸元を指さされて、黄色い声が上がってた。

 第二ボタンをねだられてるらしい。


「第二ボタン……!」


 それを見た紗月が目を輝かせた。


 なんかこの後の流れ、想像つくな……。


「来年、悠真の第二ボタン、私が予約ね!」


 俺を見上げて、そう宣言してくる。


「ぼーっとしてたら、来年ぜったい取り合いになるんだから。今のうちに予約しとくの!」


 本気で警戒した顔だ。


 いや、取り合いって……。

 ツッコもうと口を開きかけて、やめた。


「……まあ、お前のだろ」


「……ふぇ?」


 紗月が目を丸くして止まった。


「……え、いいの? もっと、こう……張り合うとこじゃない?」


 固まったまま、そんなことを言ってくる。


 何と張り合うんだよ、何と。

 そもそも俺のボタンにそんなに需要はねぇ。


「そこは即答なんだ、水野」


 宮田が横目でこっちを見て言う。


「橘、予約いらねえだろ。他に狙うやついねえよ」


 矢野が、半目で追い打ちをかけてきた。


「……っ、うるせえな」


 事実だけど、わざわざ言うなよ!


「じゃ、じゃあ決まりだね! だって悠真、いいって言ったもん」


 我に返った紗月が、胸を張る。


「わざわざ胸張ることでもねぇだろ……」


 そんな紗月を横目で見つつ俺は、後輩に囲まれてる卒業生の列を、なんとなく眺めた。


「来年は、俺らの番か」


 言ったそばから、胸のへんがちょっとそわっとした。

 来年って、もうそんな近くなのか。


「その前に受験まるまる一年あるだろ」


 矢野がすかさず現実を思い出させる。


 紗月がうっとたじろぐ。


「それ、今言うの……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 まぁな、なんか一気にげんなりするしな。


「——でも、まだ先の話じゃん! 今日はおめでたい日なんだから」


 ぱっと手を振って、明るく流す。


 宮田が、その紗月をちらっと見た。

 けど、何も言わないですぐ視線を外した。


 なんだ?


「俺、そろそろ行くわ。あとは二人でどうぞ」


「じゃ、あたしも。紗月、またね」


 矢野と宮田がそれぞれ手を上げて、人垣の向こうに消えていく。


 拍手のうねりが、だんだん薄れてきた。

 気づけば、俺と紗月の二人になってた。


「来年は、私たちなんだね」


 紗月が俺を見上げる。


「今から楽しみ!」


「まだ先の話だろ……ほら、帰るぞ」


「うん!」


 二人で並んで歩き出すと、正門のざわめきが一歩ごとに遠くなってく。

 なんだか、急に耳が静かになった。


 風はまだ冷たいけど、マフラーがいる季節もそろそろ終わりかもな。


「そうだ、見て見て!」


 紗月が鞄の中をごそごそやって、答案用紙を取り出した。


「今日返ってきたの! 数学、上がったよ。ここ、この点数」


 俺の鼻先に答案を近づけてくる。

 ちけぇ。


「ね、どう……?」


 点数より俺の顔のほうを、のぞきこんでくる。


 ちらっと見る。

 ……お。ほんとに上がってんな。


「ふーん。上がったじゃん」


 毎晩付き合った成果かね。

 こいつの集中力は全然もたなくて大変だったけどな……。


「悠真のおかげ! 毎晩教えてくれたから!」


 ……そう真正面から言うなっての。


 俺が「ふーん」とだけ返すと、紗月は満足げに答案を鞄にしまった。


 商店街に入る。

 と、いいにおいがして、紗月がぴたりと止まった。


「いいにおい……! ね、あれ食べよ?」


 店先を指さしてくる。


 まぁ、昼時だしちょうどいいか。


 俺は肉まんを二つ買って、一つ紗月に渡した。


「美味しいね!」


「そうだな」


 二人で歩きながら食べる。


 その途中、洋菓子店が目に入って、思わず立ち止まった。


 ……ホワイトデー、か。

 何を作りゃいいのか、さっぱりだけど、よ。


「悠真? どうかした?」


 振り返った紗月が、不思議そうに俺を見た。


「……いや。何でもねえよ」


 俺は何でもない顔で、さっさと歩き出した。


 商店街を抜けると、公園の入口が見えてきた。


 紗月が、ふと足を止める。


「ねえ、悠真」


 俺の手が引かれる。


「ちょっとだけ。寄ってこ?」


「……おう」


 理由は聞かなかった。

 こいつがやりたいって言うなら、まあ、それでいい。


 公園のベンチに、二人で並んで座った。

 肩が、軽く触れる距離。


 ……このベンチ。


 なんとなく、ここに座ると落ち着かねえ。

 あのときのことを思い出しちまう。


「桜、まだ咲いてないね」


 紗月が、桜を見上げて言う。


 言われて、俺も顔を上げる。

 まだ、咲くには早いよな。


 少し間があって。


「来年は、私たちなんだね」


 紗月が、桜を見上げたまま、ぽつっと言った。


 いつもと違う、なんだか静かな声。


 紗月は、すぐには続けなかった。


「卒業したら、どうする?」


 紗月が、こっちを、見た。


 いつもなら、適当に流すとこだ。

 でも今日は、なんでか、すぐに、言葉が出てこなかった。


 なんとなく、足元の鞄に目を落とした。


 ……卒業したら、か。


 頭のどこかで、湯気の立つ鍋や包丁みたいなのが、ちらっとよぎる。

 でも、それを、つかもうとしたら、消えた。


「……わかんね。まだ、なんも」


 正直に、そう言った。

 ごまかすのも、なんか、違う気がしたんだ。


「紗月は?」


「私は……」


 紗月が、口を開いて——そこで、止まった。


 続きが、出てこないみたいだった。


 なんか、珍しい。

 紗月が、言いかけて、黙るなんて。


 どうしたんだ、とは思う。

 けど、俺も、それ以上は、うまく言葉にならなかった。


 少しして紗月が、自分でもびっくりしたみたいに瞬きした。


「……あれ?」


 きょとんと、首をかしげてる。


「ま、いっか!」


 それから、ぱっと、笑う。


「悠真とごはん食べてるのは、変わんないもん」


 肩の力を抜いて、ほんとに軽く、そう言った。


「……そうかよ」


 俺は、それだけ返した。

 ちょっと気になったけど、何も言わないほうが良い気がした。


 紗月はもう、いつもの顔に戻ってる。


 しばらく二人で、ぼーっとしてた。


 気づいたら、公園にいた人影もぽつぽつ減ってて。

 陽が、ちょっとずつ傾きはじめてた。


 『ちょっとだけ』なんて言ってたわりに、けっこう長いこと座ってたな、俺ら。


「咲くころには、高3だね」


 桜を見上げて、紗月が言う。


「よし、帰ろ!」


 立ち上がって、んーっと伸びをする。


「ね、今日のごはん、なに?」


 俺を見て、いつもの調子で聞いてくる。

 一緒に手を差し出してきた。


 俺はその手を取って、立ち上がる。


「さあ。あるもんで、なんか作るよ」


 紗月が嬉しそうに歩き出す。

 俺も、その隣を歩いた。


 ……卒業したら、どうする、か。


 紗月に聞かれた一言が、まだ頭の隅っこに、引っかかってた。

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