第65話 悠真、紗月とおそろい弁当を開けて、昼から見世物になる
シャーペンで、紗月のノートをこつんと叩く。
「そこ、符号。さっきと同じミスだろ」
二月の夜。
紗月んちのダイニングテーブルに、俺と紗月は並んで座って、教科書を広げてた。
学年末試験が、来週に迫ってる。
毎晩の飯とセットで、最近はこうやって勉強を見てやるのが日課になってた。
今日は、二人だけでお母さんはいなかった。
「悠真、ここのやり方もう一回教えて? わかんなくなっちゃった」
紗月が、ペンの先で教科書をつつく。
「一回自分で解けって」
「えー、だって、悠真が教えてくれるもん」
肩を、ちょんとつついてくる。
とりあえず、まず一問終わらせろっての。
「……ねえ、悠真ってまつ毛長いね」
教科書そっちのけで、紗月が横から顔を覗き込んでくる。
「ってか、集中してんの俺だけかよ」
「あ、そうだ。みけね、今日ずーっと私のベッドで寝てたの。かわいくない?」
みけってのは、紗月が枕元に置いてる、三毛猫のぬいぐるみだ。文化祭のとき、射的で俺が当てた景品だ。
っていうか勉強の話しろ、勉強の。
「集中しろ。まだ始めたばっかだろ」
「してるよ? ちゃんと聞いてる」
言いながら、こてっと、肩に寄りかかってくる。
「くっつくと書けねえんだよ。ちょっと離れろ」
「悠真、あったかい……」
こいつ、ほんとに聞く気があるのか。
「はい、そこまで。この公式だけは覚えとけ。試験、来週だろ」
「あー、もう疲れたー。おなかすいたー!」
紗月が、机にぐでっと突っ伏した。
「まだ全然進んでねぇだろ。……まあいい、飯にすっか」
「ちゃんとやったじゃん。……あ、そうだ!」
突っ伏してたはずの紗月が、がばっと顔を上げる。
「ねえ悠真、今日のごはん多めに作ってよ。明日、二人でおそろいのお弁当にしたいの!」
「いきなりだな。まあ、多めに作るくらいはいいけど」
相変わらず、思いつきで生きてるな、こいつは。
◇
飯を作って、二人で食って、片付けを始めたころ。
「ごちそうさま。さ、お弁当詰めよ? 多めに作ってもらったもんね!」
片付けの手を止めて、紗月がこっちを見る。
「ほんとに詰めんのか。まあ、言ったからにはな」
弁当なんて、毎晩の飯のついでに、いつも作ってる。
ただ、二人で並んで、一個ずつの弁当箱に詰めるってのは……まあ、初めてか。
「二人分、一緒に詰めよ? せっかくだから、おそろいにしたいの」
紗月が二つの弁当箱をことっと並べた。
俺は多めに作っといたからあげと、適当な副菜を、皿ごとテーブルに運ぶ。
卵焼きだけは、紗月が焼いたやつだ。
「勉強の続き、結局どこ行ったんだよ……」
「卵焼きは私が入れるね。……最近、ちゃんと巻けるようになったんだから」
聞いてねぇし。
紗月が箸で卵焼きをつまむ。
「……あ。崩れちゃった」
箸が止まる。
「あー……崩れてるって。箸でやんな」
俺はへらを取った。
紗月の隣から手を伸ばす。
肩が触れそうな近さが、なんかむず痒い。
崩れかけた卵焼きの下に、へらをそっと差し込んだ。
「へらで、下から。……ほら、形は戻る」
「わ、きれいになった。悠真がやると、なんでこうなるんだろ」
「味は悪くねえよ。前よりは焼けてるし」
「ほんと? あ、悠真のお弁当は、からあげ多めにしとくね!」
そう言って紗月が、俺の弁当箱にからあげをどんどんいれてく。
……多すぎじゃね?
「おい、そんな入れなくていいって」
「いいの。いっぱい食べてほしいんだもん」
紗月が俺を見てニッコリと笑う。
「明日は、隣で一緒に食べようね」
楽しそうだな、コイツ……。
まぁ……いいか。
「わーったよ。これ、いったん持って帰るからな。家の冷蔵庫入れとく」
結局押し切られるのも、いつも通りになっちまった……。
「えへへ。同じお弁当って、なんかいいね」
「一緒に詰めたんだから、当たり前だろ」
「……こういうの一緒にできるの、好き」
詰める手は止めないまま、紗月がぽつっと言った。
……不意打ちで、そういうこと言うなっての。
俺は返事の代わりに、自分の箱のからあげを整えた。
「ちゃんと詰めろよ。偏ってる」
「えへへ……明日のお昼、楽しみ。二人でおそろいの、開けよ?」
「わかったって……。まぁ悪くねぇな、こういうの」
紗月がへへっと嬉しそうに笑った。
……別に、深い意味はねえっつの。
◇
翌日の昼休み。
教室に、紗月と宮田が、弁当を持ってやってきた。
「見て見て。私と悠真の、おそろいのお弁当!」
俺が机に弁当箱を出すと、紗月がその隣に自分のを並べて、両方の蓋を開けた。
「昨日詰めたやつな。……そう見せびらかすなって」
「……お前ら、ついにおそろい弁当か」
隣の席の矢野が、あきれた目でそれを見てた。
「そうなの。玲奈にも朝から自慢しちゃった!」
「朝からずーっとその話でしょ、あんた……」
宮田がため息をつく。
そのため息に、矢野がちらっと目をやる。
一瞬、二人の視線がぶつかって、どっちも、何も言わずに目を逸らす。
……なんだこいつら。
「玲奈、これ食べてみて。私が焼いた卵焼き」
「……うーん。まあ、食べられる」
「えー。悠真は、悪くないって言ってくれたもん」
「なんで俺に振るんだよ」
「じゃあ悠真、はい、あーん」
「……教室でやめろって」
周りに人がいるっての。
「いいから! おそろいなんだから、ね?」
紗月が卵焼きを箸でつまんで、俺の口元に運んでくる。
観念して口を開ける。
「……ん。悪くねえよ」
「でしょ? ね、玲奈も矢野くんも一緒に食べよ!」
「あたしはいい。自分の弁当あるし」
宮田が、あきれたように箸を進める。
「いや、巻き込むなよ」
矢野が返す。
「もう。……ねえ悠真、矢野くんいま照れてたよね?」
「は? なわけ」
矢野はしれっと受け流す。
まぁ、微妙なところだが、ここでいじるとコイツの反撃も怖いしな。
話そらしてやるか。
「知らねえよ。つーか、自分のも食え」
「はーい」
紗月が、自分の弁当をひとくち食べて――それでも、また俺のほうを見た。
……なんでこっち見んだよ。
宮田が茶化すみたいに言った。
「はいはい。ごちそうさま、って感じ」
矢野がげんなりと付け足す。
「せいぜい、末永くやれよ」
「えへへ。やっぱりいいね、みんなで食べるの」
もぐもぐしながら、紗月が満足そうに言う。
……気づけば、周りの席のざわめきが、少し引いてた。
いくつもの視線が、こっちに集まってる。
いや、なんで昼から見世物になってんだよ、俺。
「見んな。……見せもんじゃねえっての」
小声で、そう吐き出す。
「? みんな、どうかしたの?」
紗月がきょとんと辺りを見回す。
この状況で、一番見られてる張本人が、一番気づいてねえ。
……はあ。もう知らねえ。
俺はため息をついて、弁当の続きに箸を戻す。
隣じゃ、紗月がけろっとからあげを頬張ってる。
……そんなうまそうに食うなら、まあ、いいか。




