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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第64話 悠真、紗月に「覚悟、しといてくれた?」と手作りチョコを渡される

 二月十四日。


 白い息を吐いて、いつもの通学路を歩く。

 いつもの歩幅で、いつも通りに。


 ……なんで、いつも通りを意識してんだよ、俺は。


 すれ違う女子が、やたら小さい紙袋を大事そうに抱えてる。

 男子も、なんか朝からそわそわしてるやつが、いつもより多い。


 バレンタイン、ってやつだ。


 彼女ができて、初めてのバレンタイン。

 どうしても意識しちまう。


 それに、正月に、あいつが言ってたよな。『次は、私の番ね』って。覚悟しとけ、とかなんとか。

 あれから、ひと月半。まだ、何もない。


 ……考えるな。考えると、ろくなことにならねえ。


 マフラーに顎をうずめる。


「悠真、おはよ!」


 弾んだ足取りで、紗月が横に並んだ。


「おう。……ずいぶん機嫌いいな、朝から」


「ふふふ。そう?」


「鼻歌歌ってただろ」


「歌ってないよ?」


「ばっちり聞こえてたぞ」


「き、気のせい!」


 気のせいなわけあるか。

 まぁそれだけ機嫌がいいってことだな……。


「ねえ悠真、あのね、今日って――」


 言いかけて、両手で口を押さえた。


「……なんだよ」


「なんでもない!」


「言いかけてやめんな。逆に気になんだろ」


「なんでもないの! ……そ、そうだ、今日の夜ごはんは何?」


「露骨に話変えたな。……まだ決めてねえよ」


「そっか。……ふふ、楽しみにしてる!」


 紗月が鞄を抱え直す。

 その歩調が、ぴょこぴょこ弾んでる。


「……なんなんだよ」


 ……チョコか?


 だから、意識すんな俺!!


 そのまま俺は何でもない顔を装って、二人で校門をくぐった。



 昼休み。


「なあ悠真。今日、時計何回見た?」


 隣の席で矢野が頬杖をついて、こっちを見てた。


「……は? 見てねえよ」


「面白いから数えてたんだけどな、ガチャの天井くらいだったな」


「んなわけあるか!」


「あと、ドアが開くたびに顔上げてる」


「上げてねえ!」


 言った直後、教室の後ろのドアが、がらっと開いた。

 つい、顔が動く。


「今、上げたな」


 矢野がニヤニヤする。


「……っ、うるせえな」


 くそぅ……矢野にネタ提供したくねぇのに、体が言うこと聞かねぇ。


「悠真、お昼食べよ!」


 弁当箱を抱えた紗月が、宮田を連れて入ってくる。

 もう見慣れた光景だ。

 別クラスのくせに、あいかわらず堂々としてる。


「……なんの話してんの?」


 宮田が、矢野の前の席に腰かけながら聞いた。


「悠真が朝からそわそわしてるって話」


「してねえって言ってんだろ」


「そわそわ? 悠真、なにかいいことあるの?」


 紗月がきょとんと首をかしげる。


「……なんでもねえよ」


「そういや、隣のC組で朝イチに没収あったらしいぜ」


 矢野がポテチの袋を開けながら言った。


「……没収ってチョコか?」


「ああ、一応校則で禁止されてるっぽいな」


 矢野がどうでもよさそうに返す。


「あー、そういえば、うちのクラスでも騒いでたわ。次は見回りが来るかもって」


 宮田が淡々と付け足す。


「え」


 紗月が、弁当箱を持ったまま、ちらっと自分の鞄を見た。


「……ま、心当たりのある人は気をつけたら?」


 宮田が独り言みたいにそう言った。


「そ、そうだね!」


「ま、俺には関係ない話だけどな。俺は明日、半額のやつ買うから。それでいいし」


「自分で言ってて悲しくならねえの、それ」


「え、それ、すごくいい考えだと思う!」


 紗月が、ぱっと目を輝かせた。


「……ん?」


「次の日のチョコって、安いのに味はおんなじなんだよ? 矢野くん、頭いいね!」


 ……こいつ、本気で感心してやがるな。


「いや、待て橘。俺のこれは、そういう前向きなやつじゃなくて……」


「? おいしいのがいっぱい買えるんだよね?」


「どうすんだよ、これ」


 矢野が、助けを求めるみたいに俺を見た。


「知らねえよ。自業自得だ」


「矢野の負けでしょ」


 宮田が言い切る。


「だから何にだよ」


 宮田がふいに箸を止めた。

 少しの間、じっと矢野を見る。


「……何」


「別に。見てただけ」


 そう言って、また弁当に戻った。


 ……なんだ、今の間。

 まあ、いいか。


「――そういえばさ。あたし今朝、席に着いた瞬間チョコ食べさせられたんだけど」


 急に宮田が思い出したみたいに言った。


「た、食べてもらったの。感想、聞きたくて!」


 紗月が身を乗り出す。


「……チョコ」


 俺は思わず聞き返す。


「う、うん。お試しのやつだけど……」


「見た目はいいよ。味は……微妙。甘いとこと、そうでもないとこの差がすごい」


「うぅ……。玲奈、はっきり言いすぎだよぉ」


 宮田がバッサリ切って、紗月がちょっとへこんだ顔をしてる。


「で、でも、本番のは、お試しのあとにもう一回作ったやつだから。朝のよりぜったいおいしいから!」


 へこんだ顔から一転して、紗月は前のめりで言い返す。


 あいかわらず復活、早えな。


 けど、本番、か……。

 思わずニヤけそうな顔を引き締める。


「……水野、ニヤけすぎ」


「ああ、悠真わかりやすいからな」


 宮田は呆れたように、矢野はやれやれって顔をしてそう言う。


 ぐっ、こんな時だけ息合わせんなよ!


 その後は適当な話をしながら弁当を食べ終え、ゆるい空気になったところで予鈴がなった。


「ほら、紗月。そろそろ戻るよ」


 宮田が弁当を包みながら、腰を上げる。


「はーい。……えっと」


 紗月がこっちを見て、もにょもにょする。

 え、まさか……。


「悠真、あのね、やっぱり――」


 鞄に手を突っ込む。包みの端が、ちらっと出かかった。


 っておい!

 さっき没収の話聞いたろ!?


「待て待て待て……!」


 とっさに小声で全力で止めた。


「なんで!?」


「人、人いるって!」


 近くの席のやつが、ちらっとこっちを見る。


「大丈夫だよ、すぐ渡すだけだもん」


「大丈夫じゃねえ! 見つかったら没収なんだぞ、没収!」


 つい、声が出た。

 教室の視線がさらに集まってくる。


 ……やべ。

 俺は慌てて声を絞った。


「……お前のそれが、台無しになんだろ」


「……ん? ……あ」


 紗月の手が、止まる。


「わかった、あとでね!」


 出かかった包みを鞄の奥に押し戻して、きゅっと抱え直す。

 もう、いつもの顔に戻ってた。


「なにやってんの紗月……ほら、行くよ」


 宮田が呆れた顔をしながら、紗月の腕を引いて連れていく。


「……水野、一番目立ってたね」


 去り際、ぼそっと言い残された。


「……」


 分かってるっつの、くそ。



 午後の授業は、やたら長く感じた。


 黒板の字が、いまいち頭に入ってこねえ。

 ……あとで、って言ってたな、あいつ。

 あとでって、いつだよ。


 時計を見る。

 って、また見ちまった。


 矢野の視線をそれとなく感じるが無視だ、無視!


 放課後になって、鞄に荷物を詰めてると。


「悠真、帰ろ!」


 教室の入口から、紗月が顔を出した。


「おう」


「で、悠真。お返しどうすんの」


 鞄を肩にかけながら、矢野が言った。


「……なんの話だよ」


「ホワイトデー」


「気が早えって。まだもらってねえよ」


「もらう前提なんだ」


「……もらう前提とか言うな」


「『まだ』っつったの、お前だけどな」


 言うだけ言って、矢野は返事も待たずに帰ろうとする。


「……おい、言い逃げすんなよ」


「じゃあな」


 振り返りもせず、手だけ振って消えやがった。


 思わずため息をついて、俺も席を立つ。


「矢野くん帰っちゃったの?」


 紗月がきょとんとしてる。


「あいつは気にすんな。……ほら、行くぞ」


 昇降口で靴を履き替えて、校門を出る。


「今日、なんかあったかいね」


 隣で紗月が、俺の手を握って言った。


「二月だぞ。普通に寒い」


「そう? ……ふふ。私はあったかいの」


「……そうかよ」


 そういうことを、しれっと言うんだよな、こいつは。

 恥ずかしさをごまかすように、俺はマフラーに顎をうずめて、わざと反対側を向いた。



 紗月んちに着いて、いつも通り台所を借りて二人で夕飯を作った。


 今日は紗月のお母さんはいない。

 料亭が忙しいのか、最近はいたりいなかったりで、今日はいない日らしい。


「いただきます!」


 二人で並んで、飯を食う。


「んー、おいしい! 悠真の作るお料理だいすき!」


「……いいから食え」


「ふふ。食べる!」


 真正面から褒められるのは悪くない。というか普通にうれしい。

 こいつの楽しそうな笑顔をもっと見たくて、最近レパートリーも増えた。


「……そんな勢いよく食わなくても逃げねえよ。ほら、タレついてる」


「えっ、うそ」


 慌てて指で拭う姿がおかしくて、つい口元が緩む。

 こういう他愛のない時間が、なんだかんだ一番落ち着く。


 それから飯を食い終えて、片付けて、そろそろ帰るか、ってとこで。


「今日はね、私が送るの」


 玄関で、紗月が言った。


「は?」


「だーかーら、今日は私が悠真を送るの!」


「送るって、お前んちだぞ、ここ」


「いいから! ね?」


 見ると、もう靴を履いてる。


「家主が客を送るってなんなんだよ……」


「決まりだね。ほら、行こ!」



 玄関を出て、坂を下りはじめる。


「……やっぱ変だろ。なんで俺が送られてんだよ」


「いいの。今日はそういう日なの!」


「じゃあ坂の下まで行ったら、今度は俺が上まで送り返すからな」


「それじゃ一生終わらないじゃん!」


「始めたのはお前だろ」


「もう。……いいの、家すぐそこだもん! 私、走って帰れるし」


 そんな軽口を叩いてるうちに、坂の下まで来た。


 いつもの、別れる場所。

 ……と思ったら、紗月が、ふっと足を止めた。


「……紗月?」


「……よし」


 ひと呼吸おいて、自分に気合いを入れるみたいに、小さく言う。


「悠真。目、つぶって」


「……こうか」


 言われるまま、目を閉じる。


「手も出して。……りょうて」


 両手を、前に出す。

 なんか、緊張すんな、これ。


 目を閉じてると、やけに、紗月の気配が近い。

 衣擦れの音。すぐそこにある、息づかい。


「……はい、開けていいよ」


 目を開けると。

 俺の両手に、小さな包みが、ちょこんと乗ってた。


「……これ」


「えへへ。言ったでしょ? 次は、私の番って。……覚悟、しといてくれた?」


 覚悟しとけ、って――正月の、あれだよな。


 顔を上げて、周りを見回す。

 この坂。この、坂の下。


「――って、ここ……」


「気づいた?」


「ここ、元日にお前が――」


「ここでね、渡したかったの。……なんとなく、だけど」


「……そうかよ」


 なんとなくなんて言いながら、少し上目遣いで俺の反応をうかがっている。

 恋人同士になって、こういう不器用で可愛い顔を一番近くで見られるようになったんだよな、俺は。


 手のひらの上の、小さくて、軽い包み。

 ……なんか、耳が、熱い。


「……なあ。今、食っていいか」


「え、いま? ……うん! 食べて食べて!」


 紗月が嬉しそうにうなずく。


「あ……形は、あんまり見ないでね。味を直したら、ちょっとへんになっちゃったの」


 包みを開ける。


 中身は……まあ、うん。

 手作り感の、すごいやつだ。いびつで、ごつごつしてる。


「……形は見えちまうな」


「わーっ!」


 紗月が顔を覆う。

 それを見て苦笑しながら、一口かじる。


「……あっま。……いや、うまい」


 口ん中で、ざらっと崩れて、ところどころ固い。

 でも、なんつーか、こいつらしい甘さ、だ。


「……ほんとに? 味、たぶんだいじょぶだとは思うんだけど……」


「たぶんって言ったな、今」


「だ、だいじょぶだもん! お試しのあと、ちゃんともう一回作ったもん」


 二口目、三口目と、口に運ぶ。


「え、待って。全部食べるの? 今?」


「全部食うに決まってんだろ」


「~~……。だ、だめだよ、一気に食べちゃ。……ゆっくり。ね、ゆっくり食べてね」


 紗月がじっと、こっちを見上げてくる。


「……見んな。食いづらい」


「見るの。だって、目の前で食べてほしくて作ったんだもん」


 ……不意打ちすんなよ。


「あのね、それ、誰にも教わってないんだよ。玲奈にも、お兄ちゃんにも」


「……プロが身内にいるのにか」


「お兄ちゃんはだめなの。だって私、お兄ちゃんのお菓子、一回ももらったことないんだもん」


 ぷくっと、頬をふくらませる。


「根に持ってんな……」


「それにね。……今回は、ぜんぶ私だけで作りたかったの。私だけで作ったのじゃなきゃ、やだったの」


「……そっか」


 最後のひとかけを口に入れて、飲み込む。


「……ごちそうさま。ありがとな」


「ん!」


 満面の笑みだ。


「……ふふ。悠真、ほっぺ赤い」


「寒いんだよ、二月だから」


「ふーん?」


「……寒いだけだっつの」


「はーい。……えへへ。好きだよ」


 軽く、挨拶みたいに、言いやがった。


「っ……。……いきなり言うな」


「言いたくなったから言ったの!」


 そう言って、紗月は坂を駆け上がっていく。

 途中で振り返って、大きく手を振った。


「おう。……転ぶなよ」


 手を振り返す。


 紗月が坂の上に消えるのを見届けて、俺も、帰り道を歩き出した。


 ……。


 なんか、じわじわ来た。

 手のひらに、まだ、チョコの包みの感触が残ってる。


 ……遅えんだよ、俺は。いまさら心臓が、うるさい。


 歩きながら、ふと、矢野の声が頭に浮かんだ。


『で、お返しどうすんの』


 ……お返し、か。


 ホワイトデー。まだ、先の話だけど。

 ……なんか、作るか。何を作りゃいいのかは、さっぱりだけど。


 もらいっぱなしってのは、性に合わねえしな。



 悠真に見送られて、坂をかけあがる。


 やった。やっと、私の番、できたぁ。

 目をつぶった悠真の、まっかな耳。ぜんぶ、ぜんぶ食べてくれた。

 自分だけで作ったチョコ、笑って受け取ってもらえた。……それだけで、胸がいっぱいになっちゃう。


 ……えへへ。よし、走って帰ろっと。

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