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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第63話 悠真、二人きりの家で「だって、今日は誰も見てないもん」とあーんされる

「おじゃまします! わー、ここが悠真のおうちの台所かあ」


 連休の昼。

 うちのマンションの狭い台所に、紗月が立ってる。


 先週、いきなりこいつが『悠真のおうちでごはん作りたい』って言いだして、それが今日になった。

 うちに来るのは前にも一度あったけど、二人でここでメシ作るのは初めてだ。


「そんなしげしげ見るとこじゃねえだろ」


「でも、悠真がいつもご飯作ってる場所でしょ? 見たかったの」


「……まあ、勝手に見てろよ。手、洗ったか」


 今日も二人っきり。

 親父も母さんも、今日は朝から二人そろって出かけてる。


 母さんはニヤニヤしながら『がんばりなさいよ〜』とか言って出ていった。

 親父は普段はだらだらしてるだけなのに、母さんに引っ張り出されてた。


 母さん、余計なお世話だっつーの。

 そして、すまんな親父。


「洗った! えっと、何からやればいい?」


 紗月が袖をまくって、こっちを見る。

 白いエプロンの紐をきゅっと結んでる。


「じゃあ、人参とじゃがいも。皮むいて、乱切りな」


「乱切りはできるもん。ほら」


 言うと同時に、紗月が包丁を構えた。


「いや構え方こええんだよ。もうちょい寝かせろって」


「……こう?」


「そう。それでいい」


 そう返すと、紗月は、おっかなびっくり人参に刃を入れる。


 とん、とん、と、ぎこちなくはあるけど、ちゃんと切れてる。

 前に比べりゃ、だいぶマシだ。


「ふふ、できた! 乱切り、最近得意なんだから」


「得意は言いすぎだろ。まあ……前よりは速い」


「ね?」


 得意げに胸を張ったかと思うと、紗月は次に玉ねぎを取った。


 半分に切って、みじん切りにかかる。

 ……と思ったら、すぐに眉が寄った。


「……っ、目、染みる」


 手の甲で、ぐいっと目をこすってる。


「玉ねぎはしょうがねえな。……つーか、包丁握りながらぬぐうな、あぶねぇ」


「う、うん……」


 涙目になった紗月が包丁を置いて、目をこする。


「……ほら、ちょっと飲んで落ち着け」


 俺は、冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注いだ。

 紗月の横に、ことっと置く。


「……あ。……つめたい。えへへ、ありがと」


「辛かったら言えよ、変わるから」


「ううん、がんばるよ!」


 紗月はそう言って、麦茶を飲んで気合を入れたのかふんすと、まな板に向き直る。


 まぁ、たぶん大丈夫かな。


 俺も準備するか。


 そんなふうに二人で料理してたら、つい、口から鼻歌が出てた。


「……あ、悠真、今、鼻歌うたってた」


 やべ……いつものクセだ。

 いつも無意識だけど、今日は紗月がいたか。


 とっさに口をつぐんだ。


「……うたってねえよ」


「うたってたよ! ご機嫌じゃん」


「……うるせえ。手、動かせ」



 下ごしらえが終わって、いよいよ炒めに入る。


 コンロに鍋をかけて、油をひく。

 俺が玉ねぎを放り込んで、菜箸で混ぜてると。


「炒めるの、私やってみたい! はい、お肉ー」


 紗月が、肉の皿を持って、俺を押しのけるみたいにずいっと前に出てきた。


「おい待て、もうちょい離れ……」


「大丈夫だよ、これくらい」


 止める間もなく、紗月が肉を鍋に入れる。


 じゅっ、と音がして、油がはねた。


「っ、あぶねっ」


 一瞬どうするか迷って、片手で紗月の肩を引いた。

 後ろに下げた紗月と入れ替わりに、俺がコンロの前へ戻る。


「油はねるから、あぶねぇだろ」


 そう言って紗月をちらっとみたら、真っ赤になってた。


「……」


 お、おい?

 なんか反応しろよ……。


 とりあえず料理の続きやるか……。


「……下がってろって。炒めんのは俺がやる」


「……う、うん」


 紗月はおとなしく、後ろに下がった。


 ……なんだよ、その素直さ。

 調子狂うだろ。


 さっき紗月の肩に触れた感触が、まだ手に残ってる。

 ……気にすんな、俺。鍋に集中しろ。


「え、えっと……あ、お皿出しとくね! どこかな?」


 紗月が、ぱたぱたと食器棚を開けはじめた。


 話を逸らすみたいに動き回ってるけど、声がちょっと上ずってる気がする。


 皿を出して戻ってきた紗月を、炒めながら横目で見る。

 目のふちが、まだちょっと赤い。


「……お前さ、ほっぺ。なんか、ついてる」


「え、どこ?」


「いや、そこじゃ……動くなよ」


 鍋の火を少し弱めて、紗月の頬を拭った。


「……玉ねぎだな。さっき目こすったときのか」


「……っ、ぅ……」


「な、なんだよ……その声」


「……な、なんでもない」


 紗月が頬を押さえて、下を向いてる。


 俺も、なんか耳が熱い。


 鍋見ろ、俺!

 ……肉に火が通ってきたな。

 切っておいた人参とじゃがいもも放り込んで、ざっと炒め合わせる。


「……ほら、煮込むぞ」


 鍋に水を注いだ。



 ことこと煮込んで、ルウを溶かして、カレーができあがった。


 いい色だ。

 湯気と一緒に、香りが台所いっぱいに広がってる。


「味見すっか。……ん、いけるな」


 小皿に少し取って、味を見る。

 うん、ちゃんとうまい。


「私も! ちょうだい」


 紗月が、横から手を出してくる。


「待て待て、熱いぞ。猫舌だろ、お前」


 俺は、別の小皿にカレーを取って、ふー、と冷ました。


「ん、ほら」


 冷めたのを確かめて、紗月に小皿を渡す。

 紗月が、ちょん、と口をつけた。


「……あ、おいしい。すごい、ちゃんとカレーだ」


「ちゃんとカレーって何だよ。普通にカレーだろ」


「うん……悠真の作るのってなんでこんなおいしいんだろ」


「……っ。……そりゃ、どうも」


「ふふ」


 紗月が笑顔でこっちを見てる。


 ていうか、不意打ちやめろよな……。


「……ほら、よそるぞ」


 俺は、紗月が出しといてくれた皿に、ご飯をよそってカレーをかけた。


「はーい。……あ、お肉、こっち多くない?」


「気のせいだろ」


「ふふ、気のせいかあ」


 ばれてんな……。


 二人でリビングのテーブルに隣り合って座る。

 いただきますを言って、食べはじめた。


「……ねえ、あーんして」


「は?」


 突然、紗月がスプーンですくったカレーを、こっちに向けてくる。


「だって、今日は誰も見てないもん。ほら、あーん」


 まぁ……周りの目もないし……いいか。


「……あーん」


 諦めて口を開けた。

 紗月のスプーンが口に入ってくる。


 ……うまいな。ちょっと心臓はうるさいけど。


「……あ。今は抵抗しないんだ……」


 紗月がにやにやしながら、こっちを見てる。


 ……うるせえ。


「……どうせ、無駄だろ」


「ふふっ、顔赤い」


「赤くねえよ。……食えよ。冷めるぞ」


「はーい」


 その後はたわいもない話をしながら、二人でカレーを平らげた。


 そのまま二人で食器を片付ける。

 皿洗い中も、紗月は喋りっぱなしだった。


 こいつ飽きないな……。

 まぁ楽しそうだし、いいか。


 片付けが終わって、俺は戸棚からタッパーを出した。

 鍋からカレーをすくって、多めに詰める。


「……ほら、持ってけ」


「え、いいの?」


「多めに作ったし、二日目のがうまいから。明日の朝にでも食えよ」


 まあ、こいつに持たせたかったってのもある。

 夜に親父たちも帰ってくるしな。


「……うん。ありがとう」


 タッパーを受け取って、紗月が、ちょっと嬉しそうにする。


 窓の外を見ると、もう、だいぶ暗くなってきてた。

 冬だし、日が落ちるのが早いな。


「……もう暗いし。送るぞ」


「ほんと? やった!」


 ぱっと、顔を上げる。


「……じゃあ、もうちょっと一緒だね」


「……ほら、行くぞ。タッパー、こぼすなよ」


「はーい!」



 いつもの坂の下まで送って、紗月を見送ってから家に戻った。


 誰もいない、しんとした台所。


 鍋にはまだ、カレーが半分くらい入ってる。


 俺は、なんとなく鍋のふたを開けて、もう一口味見した。


 ……うまい。


 なんか、変な感じだ。

 自分で作った料理で、こんな満足するの。


 また、作るか。

 あいつ、明日これ食って、「悠真の味だ」とか言うんだろうな。


 そう思ったら、ちょっと笑いそうになった。

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