第61話 悠真、進路を聞かれた紗月に「悠真と同じとこ行く!」と即答され固まる
あの、紗月をうちに連れていった、その夜。
母さんに、こってり絞られた。
『毎晩よそ様のお宅でご飯なんて、ご家族に申し訳ないでしょう』だの、『ちゃんとご挨拶はしたの』だの、『だいたいあなたねえ』だの。
まあ、当然だよな。
正論すぎて、ぐうの音も出なかった。
でも、母さんだって息子をネタにして遊んでたじゃねえかって思ったけどな。
言ったら更に怒られるだけだから、言わなかったけど。
……まあ、うちは、そういう家だ。
◇
登校して、教室に向かう。
廊下がなんか、いつもより空気が重い。
貼り紙がやたら増えてる。
「はよ、悠真。共テ、終わったんだってな。三年、廊下でピリピリしてんの」
横から、だるそうな声がした。矢野だ。
「なんか空気重いよな。関係ねえのに、こっちまで身構えるわ」
「来年は俺らの番だぜ。……まぁ、それよりガチャだな。今日からイベントなんだ」
「お前な……」
ものの三秒で、ガチャに戻りやがった。
……まあ、こいつが受験について話すの想像できんけど。
来年は俺らの番、か。
みぞおちのあたりが、なんか、落ち着かない。
……いや、まだ先の話だ。
それは、そのうち考えりゃいい。
そう思って、流した。
◇
放課後。
帰り支度をしてると、教室のドアから聞き慣れた声が飛んできた。
「悠真ー!」
紗月だ。
その後ろから宮田が顔を出している。
「玲奈、こっちこっち!」
紗月が手招きしながら、ぱたぱた寄ってきた。
「悠真、帰ろ帰ろ!」
「わかった、わかったからちょい待て! ……袖引っ張んな!」
袖を引いてくる紗月に突っ込みつつ、鞄に荷物を適当に入れて、立ち上がる。
「矢野、行くぞ」
「あー、はいはい」
矢野が、だるそうに腰を上げた。
四人で、教室を出る。
「橘。今日も悠真独り占めか」
「えへへ、彼女の特権だよねー?」
紗月が俺に向かってにっこり微笑む。
……おい、矢野!
まだ慣れねぇんだよ!
矢野と宮田はこっちを見てニヤニヤしながら歩いてる。
コイツら……。
「知らん。勝手にしろ」
「うん、勝手にする〜」
紗月はそう言って手をつかんで密着してくる。
墓穴ほった……。
そんなやりとりをしてたら昇降口についた。
靴を履き替えて、外へ出る。
冷たい風が、いきなり首元に当たった。
「さみ……」
マフラーを、首に巻き直す。
「ねー玲奈、玲奈って将来何になりたいの?」
歩きながら、隣にいる紗月が、ひょいと聞いた。
あいかわらず、いきなりだな……。
たぶん、廊下の貼り紙でも見たんだろう。
「あたし?」
宮田が、肩をすくめる。
「英語は得意だから、それ活かせるとこ。消去法だけど」
「えー、ちゃんと決めててすごい!」
「真面目かよ。俺なんか、将来のこと考えると頭いてえわ」
矢野が、横から口を挟んでくる。
「考えてすらねえだろ」
「それ、サボってるだけでしょ」
俺と宮田が同時にツッコむ。
「サボりじゃねえ。保留だ、保留」
「あはは、矢野くんっぽーい!」
紗月が、けらけら笑ってる。
「で、紗月は? あんたは将来どうすんの?」
宮田が、ちらっと紗月を見た。
「私は――」
紗月が、ぱっと、こっちを見上げる。
「悠真と同じとこ行く!」
「は?」
「でたな、のろけ」
矢野が即座にニヤついて言う。
宮田は眉をひそめていた。
「……おい」
ていうか、それは進路じゃねぇだろ。
「のろけじゃないもん! ねっ悠真、どこ受けるの? 私もそこにする!」
「……ちょ、待て待て!」
私もそこにする、って。
いや、嬉しいけど、そんな簡単に決めて良いことじゃねぇだろ!
「悠真の行きたいとこ教えて! 一緒がいいもん!」
紗月が、目をきらきらさせて、隣から見上げてくる。
「……どこ、って……」
俺の、行きたいとこ。
……なんも、浮かんでこねえ。
「……いや。まだ、決めてねえよ」
やっと出たのが、それだった。
「えー、じゃあ決めよ? 一緒に考えよ!」
紗月は、けろっとしてる。
「まあ悠真も、考えるの向いてなさそうだしな。俺と同じ側」
矢野が肩をすくめて、勝手に俺を同類に放り込む。
「……一緒にすんなよ」
ツッコんだものの、なんでか、いつもより力が入らなかった。
「……ふうん」
宮田が、こっちを見て、それだけ言った。
なんか言いたげな顔だったけど、それ以上は、突っ込んでこない。
「えへへ、一緒に考えよーね、悠真!」
紗月が、にこにこしながら、俺の腕を、ちょっと揺すってくる。
……まあ、いいか。
曖昧に頷きながら歩いた。
◇
駅前に差しかかったところで、宮田が、ふっと足を止めた。
「あたし、商店街寄ってくから。紗月、また明日ね」
「俺も。模型屋に新作きてんだよな」
矢野が、すかさず続く。
「……なんでついてくるの」
宮田が半目で、矢野を見た。
「同じ方向なだけだろ。自意識過剰か」
「はいはい」
宮田が、ぞんざいに手を振って、商店街のほうへ歩き出す。
その横を、矢野が、だるそうについていく。
「ふふ、玲奈と矢野くん、仲良しー!」
「……二人に聞こえてるだろ」
紗月が、二人の背中に向かって、明るい声を投げる。
宮田が、振り返りもせず、ひらっと手を振り返した。
「あー、おなかすいたー」
紗月が、両手を上に伸ばして言う。
「お前、さっきまで進路の話してたのに、もう飯か」
「だって進路より、今日のごはんの方が近いもん!」
「近いって」
思わず吹き出す。
「ねー悠真」
紗月が、くるっと、こっちを見上げてきた。
「私、悠真とずっと一緒にいたいなー」
「……っ、なんだよ急に」
心臓が、跳ねる。
いつもそうだ。なんの前触れもなく、まっすぐ言ってくる。
「ふふ、なんとなく!」
紗月が、えへへ、と笑う。
なんとなく、で、そういうこと言うな。
「……あ、そうだ、今日もうち来て、ごはん作ってよ。悠真のごはんがいい」
紗月が、ぽんと手を打って、こっちを見た。
……あー。
「……あー……」
なんて言うか、ちょっと、言いにくい。
「わりい。今日はやめとくわ。母さんに、たまには家で食えって言われててさ」
絞られたついでに、それも言われたんだ。
たまには家で食べなさい、紗月ちゃんのおうちに甘えてばっかりじゃ、って。
今夜、あの広いダイニングに、紗月が一人。
それが少し、気がかりだけど……。
「あ……」
紗月の声が、ほんの一瞬、止まった。
「……そっか」
ぱっと、何かが、しぼんだ気がした。
そうだよな……。
俺から言い出したことだしな。
本当は行って作ってやりてぇんだけど……。
「……明日は、ちゃんと行くから」
「ふふ、ほんと? 約束だよ?」
紗月が、ぱっと顔を上げる。
その顔は、いつもの笑顔だった。
「ああ」
「えへへ。じゃあお母さんによろしくね。また明日!」
そう言って、紗月が、坂を駆け上っていく。
その髪に、あの髪飾りが、ちらっと光った。
「おう。……またな」
手を振り返す。
◇
一人になった。
いつもなら、紗月んちで飯を作ってる時間だ。
紗月を見送って、俺んちのほうへ歩き出す。
冷たい風が、マフラーの、すぐ上を通っていく。
『どこ受けるの?』
歩きながら、さっきの一言が、ふっと浮かんだ。
進路、か……。
「……なんか、もやっとすんな」
誰もいない道で、ぼそっと言う。
俺は、ポケットに手を突っ込んで、また一歩、足を前に出した。




