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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第60話 悠真、紗月を家に上げた日に限って母が早く帰ってきて慌てる

 平日の昼間。紗月と二人で街をぶらついてる。


 入試で学校は休み、なんていう、なんだか得した気分の一日だ。


「普通の日にこうやって歩いてるの、なんか贅沢だね!」


 隣で、紗月が白い息を吐きながら言う。


「贅沢か……まあ、確かにな」


 商店街は、いつもより人がまばらだ。


「ね、悠真ってさ、休みの日いつもなにしてるの?」


「いつもって……別に。だらだら寝てるか、適当にメシ作るか」


「えー、見てみたい。悠真のおうち!」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 脈絡なさすぎだろ……。


「だってさ、私いっつも自分のおうちで悠真とご飯食べてるけど、悠真のおうち、行ったことないなって。今、気づいた!」


 ……言われてみれば、そうだな。


 毎晩こっちが紗月んちに通ってるのに、逆はないか。


「でも、なんもないぞ。ほんとに普通の家だから」


「普通のおうち、見たい! ね、行こ? ね?」


 紗月が、繋いだ手を、ぐいぐい引っ張ってくる。


 ……どうすっかな。


 父さんも、母さんも、いつも夜遅くに帰ってくるし、今日もどうせ遅いだろう。


 昼に連れていったって、誰もいない……。


 って別に、変な意味じゃないぞ!

 ただ、自分の部屋を見せるだけだ!!


 ……俺は誰に言い訳してんだ。


「……」


 迷う。

 ……まあ、ちょっとくらいなら、いいか。


「……親、今日も遅いはずだし……まあ、ちょっとなら、な」


「やった! 決まりだね!」


 紗月が、ぴょんと跳ねた。


 親のいない家に彼女連れ込むとか、冷静に考えるとヤバくないか?

 そんなことを思ったが、紗月の無防備そうな顔を見て、極力考えないように、意識しないようにした。


 …………意識すんなよ、俺!!



 駅前から少し歩いて、うちのマンションに着いた。


「わ、マンションだ! ……えっ、エレベーターないの?」


 紗月が、入り口を見上げて、目を丸くしてる。


「ない。小さいマンションだからな」


「なんか、いいね。のぼるの楽しい!」


「楽しいことなんもねえだろ」


「あるよ! 階段でおうち行くの、なんか探検みたいでしょ?」


「探検て……ただの三階だぞ」


 豪邸育ちは言うことが違う。


 ただの階段が、こいつにかかると探検になるらしい。


「ふふ、悠真、毎日ここ通ってるんだね」


「まあな。……ほら、着いた。ここ」


 鍵を開けて、ドアを開ける。


「お、お邪魔します……!」


「そんなかしこまんなくていいって。適当に上がれよ」


 紗月が、靴を揃えて、おそるおそる上がってくる。


「……わ、ほんとに普通のおうちだ!」


「だから言っただろ」


「ううん、そういうんじゃなくて……なんか、ほっとする。落ち着くなあって!」


 ……紗月んちのあの広い家だと、落ち着かないのは分からんでもない。


「……そこがリビング。で、奥が俺の部屋」


「そこが悠真の部屋? ……入っていいの?」


「……勝手にしろ。あさるなよ」


「あさらないってば!」


 普通の、なんの変哲もない部屋だ。


 散らかってはない。普段からこんなもんだ。


 見られて困るもんは、特にない……はず。


「あ、料理の本いっぱい! 悠真、こんなに持ってるんだ」


 紗月が、本棚の前にしゃがんで、背表紙を見てる。


「まあ、参考にすんだよ」


 そう言ってるそばから、紗月が一冊、引っ張り出した。


「……ん? これ、料理の本じゃない。手書きだ……」


 ——あ。


 その瞬間、頭の中が、すっと冷えた。


 台所で味を直したときに書き足してる、ノート。

 普段は料理本のあいだに突っ込んだままだったから、忘れてた。


 ヤバ……!


「えっと……『紗月、ピーマンだめ』……『甘めが好き』……あれ、これって……」


「ちょ……!」


 まてまて、読み上げんな!!


「……えっ。これ、ぜんぶ、私の……?」


「……っ、見んな!」


 とっさに手を伸ばす。


「えへへ、もう見ちゃった! 悠真、こんなに……っ」


 紗月が、ぱっと顔を輝かせて、ノートを胸に抱え込む。


 俺の手は、空を切った。


「作るとき忘れねえようにメモってるだけだろ……ただの料理のメモ! 返せって!」


「ふふっ、顔まっかだ!」


「赤くねえよ!」


 顔が熱持ってる気がするけど気のせいだ!!


 あれは、毎晩こいつの飯を作るために、好き嫌いだの、その日うまくいったやつだの、つけてただけだ。


 ただの、メモ。それだけ。

 ……それだけだ!


 でも最近のページは、どこも紗月のことばっかり書いてある気がする。


 ……彼氏なんだからいいだろ!

 そう、問題はねぇ!


「……ほら、もういいだろ。返せ」


 開き直った俺が手を出すと、紗月は名残惜しそうに、もう一度だけ表紙をなでてから、ノートを渡してきた。

 それを、本棚に押し戻す。


「ただいまー」


 そのタイミングで玄関のほうから、声が聞こえた。


「……は?」


 え、待て待て待て……!

 母さんの声だ!


「あれ……今の、誰か帰ってきた?」


 紗月が、不思議そうに首をかしげる。


「母さんだ……! なんで今日に限って早いんだよ……っ!」


 血の気が、引く。


 いつも帰ってくるの夜遅くだろ!

 早く帰ってくるのはいいけど、タイミングよすぎだろ!!


「悠真ー、いるんでしょ? ……あら、この靴。お客さん?」


 ……あ、玄関に紗月の靴があったな……。

 ……手遅れだな……。


「……っ、おい、行くぞ。隠れてるほうが、ぜったい気まずい」


 ここで部屋にこもってたって、どうにもならん。


 紗月の手を引っ張って、部屋を出る。


 廊下に出たところで、母さんと、ばったり、顔を合わせた。


 母さんが、足を止める。


 紗月を、上から下まで、ゆっくり見て。


「……あら」


 なんか、メッチャ驚いてる顔してる。


 そういや、こいつ、今更だけど学園のアイドルとか言われるくらい可愛いんだよな……。

 そりゃ、驚くか……。


「……あー、母さん、おかえり。その、こいつは……」


 言いかけて、続きが出てこない。


 なんて紹介すりゃいいんだ、こういうの。


 その横で、紗月が、ぴたっと固まってた。


 ……ああ。


 こいつ、正月の電話んときから、どんな顔して会えばいいだの、心の問題だの、さんざん身構えてたんだよな。


 それなのに、いきなり本番が来た。


 なんか、コイツの兄貴との出会いを思い出すな……。

 軽く現実逃避してると、紗月が再起動した。


「……っ、は、はじめまして……! 橘紗月って、いいます!」


 あわあわしながら、すごい勢いで頭を下げる。


「あらあら。……可愛いお嬢さんねえ」


 母さんが、ふっと、表情をやわらげた。


 それから俺を見て、ニヤニヤする。


「へえ。……道理で、最近うちでご飯食べないわけだ」


「うっ……」


 話してないのに色々バレてる……!


「あ……えっと、その、あはは……ご、ごめんなさい、私のおうちで、毎晩……」


 紗月が、頭をかきながら、あははと笑う。


 ちょ、事実なんだけど、後で俺から言いたかったなぁ!

 恐る恐る母さんを見る。


 母さんは呆れた顔して俺を見て、その後にっこりと紗月に微笑んだ。


「ふふ。いいのよ、責めてるわけじゃないんだから。……ま、ゆっくりしていって。……悠真は後でね……」


 母さんが、最後にボソッと呟き、そのままひらっと手を振って、台所のほうへ消えていく。


 ……後で謝んないとな。

 それはそれとして、色々聞かれるんだろうなぁ……。


「は、はい……! お、お邪魔してます……!」


 紗月が、母さんの背中に、ぺこぺこ頭を下げてる。


 俺は思わぬイベントに、自然とため息を吐いた。



 あのまま部屋に二人で籠るわけにもいかず、俺たちはリビングのソファーに座った。

 となりの紗月はソワソワしてる。


「まあ座って。お茶でも淹れるから」


 母さんが、台所から声をかけてくる。


「あ、お構いなく……!」


「いいから座ってちょうだい。……はい、お茶。お茶請けはこれくらいしかないけど、ごめんなさいね」


 母さんが、湯呑みと煎餅を、ことっと置いた。


「わ、ありがとうございます!」


 紗月が、ぱっと顔を上げて、笑顔でお礼を言う。


 ……こういうとこ、ほんと、人懐っこいよな。


「……ねえ、紗月ちゃん。毎晩うちの悠真がお邪魔してるんでしょう? おうちの方、ご迷惑じゃない? 食事のことだって……」


 母さんが、ちょっと真面目な声を出した。


 その言葉に冷や汗が出る。

 確かに、勢いで色々やってるけど、考えが足りなかったな……。


「あ、いいえ。うちの母が、悠真ならいつでもどうぞって……。それに、ご飯は悠真が作ってくれるから、私、たすかってるくらいで……!」


 紗月が、ぶんぶん手を振って答える。


 おい、余計なこと言うなよ。


「あら……悠真が、作ってるの」


 母さんの目が、こっちに向いた。


 思わず目をそらす。


 母さんは少しだけ俺を見ていた気配がしたが、すぐに紗月に向き合った。


「……そう。でもね、夕飯の支度までさせてもらってるなら、こっちもきちんとしないと。紗月ちゃんのおうちに甘えてばかりじゃ、悪いもの」


 言いながら、母さんが、ちょっと声を落として、俺のほうを見た。


「悠真。……さっきもいったけど」


「……っ、わかってるよ」


 ……これ、追加で説教されるパターンだな……。


 母さんが、また紗月のほうを向いて、ふっと和らぐ。


「ごめんなさいね、堅い話しちゃって。お茶、冷めないうちにね」


「い、いえ……!」


「……それで。紗月ちゃんは、悠真のどこがよかったの? こんな無愛想な子」


「……いらん質問すんなよ」


 なんでそういうことを本人の前で聞くんだよ。

 いや、本人の前じゃなくても聞いて欲しくねぇけど。


「えっと……」


 紗月が、ちょっと考える。


「……悠真、私がいろいろ言っても、嫌なときはちゃんと『嫌だ』って言ってくれるんです。最後にはやってくれるし……だから、なんか、安心するっていうか、えっと……」


 顔を真っ赤にしてそんな事を言う。

 やめろよ、俺まで恥ずかしくなるだろ……。


「……へえ」


 母さんがニヤニヤしながら俺を見る。

 ……こっちみんな。


 ていうか、別に俺はただ、嫌なもんを嫌って言ってるだけだろ。

 あと最後には折れてるだけだし……。

 褒められても、こっちが困るわ……!


「ふふ。そう。……いい子ねえ」


 母さんが、にこっと笑った。


 ……メッチャ恥ずい。


 間が持たなくて、俺も湯呑みに口をつけた。


 紗月も隣で、湯呑みを両手で包んでお茶をすすってる。

 その顔が、俺と母さんをいったり来たりしてる。


「……どうした?」


「え!? あ、ううん、なんでもないの!」


 紗月はハッとして慌てたように言った。


「あ、お母さん、このお茶おいしいです!」


 何もなかったかのように、紗月は話を続けた。

 ……さっきの、なんだったんだ?


「ふふ、おかわりもあるからね。……紗月ちゃん、また来てね」


「……っ、はい! 来ます!」


 紗月が、ぱっと顔を輝かせて、大きくうなずいた。



「気をつけてね。紗月ちゃん、気軽に来てね?」


 帰り際、母さんが、玄関先まで出てきて、紗月に手を振る。


「はい! ありがとうございました……!」


 紗月が、ぴょこっと頭を下げて、外に出る。


「……じゃ、送ってく」


「ふふ、いいの?」


「暗くなる前にな。それだけだ」


 マンションを出て、二人で歩く。


「えへへ。……ね、悠真のお母さん、面白かった!」


「面白くはねえだろ……」


 あれは、息子をネタにして遊んでただけだ。


「面白かったよ! あったかいおうちだったなあ」


「……普通の家だっつったろ」


「うん。普通で、あったかかった」


 紗月が、にこにこしながら、そう言う。


 なんだかわからんが……さっきの一瞬が、ちょっとだけ、引っかかった。


 でも、今はこんなに笑ってるしな。……まあ、いいか。


 俺は、隣を歩く紗月のペースに、足を合わせた。


 いつも通り色々話しながらそのまま歩いて、紗月んちへ続く坂の下まで来た。


「じゃ、俺はここまでな」


「うん。送ってくれて、ありがと」


 手を振る紗月に背を向けて、来た道を引き返した。



 悠真に送ってもらって、坂をのぼる。


 今日のこと、まだぜんぶ、残ってる。

 料理のノートも、お母さんの「また来てね」も。


 えへへ。あのおうち、私、好きだなあ。

 胸の奥が、まるくなる感じ。


 なのに、なんでだろう。その同じところが、笑ったあとで、ちょっとだけ、きゅっとなる。


 ……これ、なんなんだろう。


 わかんない。わかんないまま、坂をのぼった。

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