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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第55話 悠真、紗月へのクリスマスプレゼントが決められず一人で頭を抱える

 クリスマス、ねえ……。


 冬休みの昼。

 自分の部屋でスマホをにらんで、もう三十分は固まってる。


 「クリスマス 恋人 プレゼント」で検索したら、画面がアクセサリだの花だので埋まった。


 値段を見て、そっと閉じる。


 で、何すりゃいいんだよ。


 ことの発端は、ついこの前だ。

 毎日飯を作りに行く流れで、紗月が「もうすぐクリスマスだよ!」って身を乗り出してきて。


 あの「最高じゃん!」って笑った顔をもう一回見られるなら、ちょっとがんばってみてもいいかもな——なんて、柄にもなく思っちまった。


 思っちまったのはいいけど。


 いざ「がんばる」の中身を考えると、まるで見当がつかない。


 俺、人に何かを贈るとか、得意なほうじゃないんだよ。


 ベッドに転がって、天井をにらむ。にらんでも答えは出ない。


 ……こういうとき、頼れるやつが、一応いる。



「で、何すりゃいいと思う」


 ファミレスの隅。


 向かいの矢野が、ポテチの袋を膝に乗せたまま、ずるずるとドリンクバーのコーラを飲んでいる。


 冬休みでも、こいつは安定の猫背だ。


「知らねえよ。なんで俺に聞くんだ」


「他に聞くやついねえんだよ」


「悲しいやつだな」


 うるせえ。


「とりあえずさ、ネックレスでも渡しときゃいいんじゃね」


「ネックレス」


「女ってそういうの好きだろ。知らんけど」


「知らんのかよ」


 ツッコミながら、頭の中であの値札を思い出す。ゼロが、一個多かった。


「お前、それいくらすると思ってんだ」


「えー、そんなすんの?」


「すんだよ。さっき調べて吐きそうになった」


 矢野が「うわ」と顔をしかめて、ポテチを一枚かじった。


「じゃあアレだ、手紙」


「手紙」


「『いつもありがとう』みたいな。タダだぞ」


「タダで済ませる気満々じゃねえか」


 こいつ、ぜんぜん本気で考えてねえな。


「あのな矢野。仮にも初めての、恋人としてのクリスマスなんだぞ」


「お前、急にちゃんとしてるじゃん。気持ち悪」


「うるせえ!」


 声が裏返った。隣の席の親子連れが、ちらっとこっちを見た。


 ……やべ。


「ほら見ろ、お前のせいだぞ」


「俺なんもしてねえだろ」


 矢野がけらけら笑って、コーラのおかわりに立っていった。


 ……はぁ。


 こいつに聞いた俺がバカだった。


 結局、ネックレスは高い、手紙は手抜き、それしか分からなかった。

 むしろハードルだけ上がった気がする。



 矢野と別れて、一人で駅前のモールに来た。


 北口の、でかいやつ。


 クリスマスが近いせいで、天井から金や銀の飾りがぶら下がって、どの店も赤いリボンだらけだ。

 BGMまで全部あの鈴の音の曲になってる。


 世界が全力で「恋人つれてこい」って言ってきてる。

 いや、いるんだって。今日はサプライズの下見だから一人で来てるだけで。

 ……って、誰に言い訳してんだ、俺は。


 とりあえず、アクセサリの店をのぞいてみた。


 ガラスケースの中で、細い銀のやつがきらきら光ってる。


 ……紗月、こういうの似合いそうだけどな。


 値札を、見る。


 高っ。


 手が、止まった。


 いや、桁を間違えて見たかと思って二度見した。

 間違えてなかった。


 俺の冬休みの手持ち、まるごと飛ぶどころじゃねえ。


 橘んち、金持ちっぽいしな。

 あいつ、もっといいやつ普段からつけてんだろ。


 これじゃ釣り合——


 ……いや。


 立ち止まったまま、頭の中で自分にツッコむ。


 値段じゃねえだろ。


 あいつが俺に「値段の高いものくれ」なんて、一回でも言ったか。言ってねえ。

 むしろ親子丼で店みたいって大騒ぎするやつだぞ。


 ようし。落ち着け、俺。


 いったんこの店は出よう。財布の精神衛生に悪い。


 モールをぐるっと回って、雑貨屋ものぞいて、結局なんにも決まらないまま、外に出た。


 冷たい風が頬を刺す。

 足が、なんとなく南口のほうに向く。


 商店街だ。


 俺がよく来る、ごちゃっとしたほうの通り。


 アクセサリの煌びやかさが嘘みたいに、八百屋とか肉屋とか、湯気の上がった惣菜屋が並んでる。


 ……なんか、ここまで来ると、ほっとする。


 モールの店じゃ値札にびびってばっかだったのに。


 惣菜屋の前で、足が止まった。


 ガラスの向こうで、唐揚げがじゅうじゅういってる。

 隣のトレイにポテトサラダ。その奥に、なんかうまそうなグラタン。


 ……なんで俺、プレゼント探しに来て、惣菜見てんだ。


 でも、見ちゃうんだよな。こういうのは。


 どんな具が入ってて、どう味つけてるか。なんとなく分かる。

 アクセサリの良し悪しはさっぱりだったのに、こっちは目で追える。


 肉屋の前も通る。

 鶏もも、いいのが安く出てた。


 クリスマス、チキンとか言ってたな、あいつ。


 ふと、考えが浮かんだ。


 ……当日の飯の食材って、橘んちの冷蔵庫のじゃなくて、こっちで自分で買うのもアリじゃねえか。


 いつもは橘んちにあるやつで作ってる。お手伝いさんが買ったやつだ。


 あれはあれで、助かってるんだけど。


 借りてばっかってのも、なんかな。


 クリスマスくらい、自分で選んで、自分で買って、持っていく。


 ポケットの上から、財布を一回、ぐっと押さえる。

 中身は心もとないけど、これくらいなら、何とかなる。


 ……うん。そっちのほうが、なんか、いい。


 別に見栄とかじゃなくて。

 これくらいは自分でやりたい、ってだけの話だ。


 肉屋のおっちゃんと目が合って、「兄ちゃん、鶏買ってくか?」って言われたので、「いや、今日はまだ」と手を振って通り過ぎた。


 今日はまだ。けど、近いうちに。


 ……あいつも、今ごろどっかで、似たようなこと悩んでたりすんのかな。


 なんとなく、そんな気がしただけだけど。



 夕方、橘家の坂を上った。


 毎日のことだから、もう息も切れない……ってのは嘘で、相変わらず坂はきつい。


 チャイムを押す前にドアが開く。

 これも、もう毎日だ。


「いらっしゃい。今日も来てくれた!」


「来るって言ったろ」


 通されたキッチンで、いつも通り飯を作る。

 今日は豚汁と、卵焼き。


 紗月が隣で、味噌をとくのを手伝ってる。


 最近、こういう地味なやつは任せられるようになった。


「ねえ悠真、クリスマスだね!」


「また気が早いな。まだ二十……何日だっけ」


「もうすぐだもん! チキンでしょ、ケーキでしょ、あと——」


 指を折りながら数えてる。完全にうきうきしてる。


「楽しみすぎて夜眠れないの」


「子どもか」


 汁を足しながら返す。

 けど、そのうきうきが、ちょっとうらやましくもある。


 こっちはまだ決め切れてなくて、毎晩うなってるってのに。


「あ、味見していい?」


「お前、まだ味ついてねえぞ」


「えっ、またやっちゃった」


 ……ったく。学ばねえやつだな。


 豚汁がぐつぐついってきたところで、紗月のスマホが鳴った。


 画面を見て、あ、と小さく声を上げる。


「玲奈だ。ちょっとごめん!」


 そう言って、くるっと背を向けて、二、三歩離れる。


「うん、うん……えー、それは内緒のやつでしょ……ちょっと待って、今、悠真いるから」


 今、悠真いるから。


 ぴた、と手が止まった。


 ……いや、なんで俺がいると都合悪いんだ。


 紗月がちらっとこっちを振り返って、スマホを口元に寄せたまま、声をひそめた。


 何か、こそこそ喋ってる。

 聞き取れるのは、切れ端だけだ。


「うん……それね、もうちょっと……じゃあまた!」


 通話を切って、何事もなかった顔で戻ってくる。


「ごめんごめん! えっと、どこまでやったっけ」


「……味噌、もう入れた」


「あ、ほんとだ!」


 明るく笑って、また鍋をのぞき込んでる。


 肩が、また当たる。

 ニットごしなのに、そこだけ妙にあったかくて、湯気の熱とは別の熱がじわっと伝わってくる。


 距離が近い。近すぎて、鍋から目を離せなくなる。


 ……なんだ、さっきの。


 宮田と、内緒の相談。


 紗月のやつ、何か企んでんな。


 しかも俺がいると言えないやつ。


 ……まさか、と思う。


 こっちはまだ決め切れてないのに、紗月のほうは、もう何か動いてるのか。


 なんて、考えてから、ふと気づく。


 人のこと言えないな、俺も。


 商店街で「作る」だの「自分で買う」だの、勝手にあれこれ決めかけて、それを一個も口に出してない。

 当日まで黙ってサプライズにするつもりで、こうしてしれっと豚汁なんか作ってる。


 ……つまり、お互い、相手に内緒で、相手のことを考えてるってわけだ。


 そう思ったら、なんだろうな。


 プレッシャーは確かにある。

 けど、それだけじゃない。


 胸の奥が、こそばゆいような、悪くないような、変な感じになる。


 隣で鼻歌まじりに鍋をかき混ぜてる紗月は、俺がそんなこと考えてるなんて、たぶん一ミリも気づいてない。


 ……まあ、それでいい。

 当日、ちゃんと驚かせてやる。


 負けてられねえ、っていうか。

 いや、別に勝負じゃねえんだけど。



 飯を食って、片付けて、橘家を出た。


 坂を下りながら、白い息を吐く。


 日はもうとっくに落ちて、街灯がぽつぽつ点いてる。

 住宅街は静かで、自分の足音だけが鳴ってる。


 頭の中は、ずっとあのことだ。


 モノを選ぶのは、向いてない。

 ネックレスは高いし、選ぶ目もない。


 でも。


 惣菜屋の前で足が止まった、あの感じ。

 肉屋の鶏を見て、献立が浮かんだ、あの感じ。


 ……あれなら、できる気がする。


 モノを買うんじゃなくて、作る。


 俺にできることって、たぶん、そっちだ。


 紗月、親子丼くらいで店みたいって騒ぐんだ。

 クリスマスにちゃんとしたやつ作ってやったら、どうなるんだろうな。


 ちょっと、見てみたい気もする。


 しかも、その食材は、橘んちの冷蔵庫からじゃなく、自分で買ったやつで。


 考えてたら、なんか、すっと気持ちが決まりかけた。


 よし。クリスマスは、作る。


 ——と、言いたいとこだけど。


 立ち止まって、足元の影を見る。


 ほんとに、それで喜ぶのか?


 飯なんて、毎日作ってるじゃねえか。


 クリスマスって、もっと特別じゃなきゃダメなんじゃないのか。


 それに、当日うまくやれんのか、俺。


 あと、宮田と内緒で動いてるあいつに、こっちは手料理一本で大丈夫なのか。


 何か小さいの一個くらい、要るのか?


 ……うー。


 決めたはずなのに、また分かんなくなってきた。


 考えれば考えるほど、沼だ、これ。


 まあ、いい。


 とりあえず、方向だけは見えた。

 あとは——やれることをやるしかねえだろ。


 うまくいくかは、知らねえけど。


 白い息が、街灯の明かりの中で、ふわっとほどけて消えた。


 クリスマス、何とかするか。


 ……作るの、何にすっかな。

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