第55話 悠真、紗月へのクリスマスプレゼントが決められず一人で頭を抱える
クリスマス、ねえ……。
冬休みの昼。
自分の部屋でスマホをにらんで、もう三十分は固まってる。
「クリスマス 恋人 プレゼント」で検索したら、画面がアクセサリだの花だので埋まった。
値段を見て、そっと閉じる。
で、何すりゃいいんだよ。
ことの発端は、ついこの前だ。
毎日飯を作りに行く流れで、紗月が「もうすぐクリスマスだよ!」って身を乗り出してきて。
あの「最高じゃん!」って笑った顔をもう一回見られるなら、ちょっとがんばってみてもいいかもな——なんて、柄にもなく思っちまった。
思っちまったのはいいけど。
いざ「がんばる」の中身を考えると、まるで見当がつかない。
俺、人に何かを贈るとか、得意なほうじゃないんだよ。
ベッドに転がって、天井をにらむ。にらんでも答えは出ない。
……こういうとき、頼れるやつが、一応いる。
◇
「で、何すりゃいいと思う」
ファミレスの隅。
向かいの矢野が、ポテチの袋を膝に乗せたまま、ずるずるとドリンクバーのコーラを飲んでいる。
冬休みでも、こいつは安定の猫背だ。
「知らねえよ。なんで俺に聞くんだ」
「他に聞くやついねえんだよ」
「悲しいやつだな」
うるせえ。
「とりあえずさ、ネックレスでも渡しときゃいいんじゃね」
「ネックレス」
「女ってそういうの好きだろ。知らんけど」
「知らんのかよ」
ツッコミながら、頭の中であの値札を思い出す。ゼロが、一個多かった。
「お前、それいくらすると思ってんだ」
「えー、そんなすんの?」
「すんだよ。さっき調べて吐きそうになった」
矢野が「うわ」と顔をしかめて、ポテチを一枚かじった。
「じゃあアレだ、手紙」
「手紙」
「『いつもありがとう』みたいな。タダだぞ」
「タダで済ませる気満々じゃねえか」
こいつ、ぜんぜん本気で考えてねえな。
「あのな矢野。仮にも初めての、恋人としてのクリスマスなんだぞ」
「お前、急にちゃんとしてるじゃん。気持ち悪」
「うるせえ!」
声が裏返った。隣の席の親子連れが、ちらっとこっちを見た。
……やべ。
「ほら見ろ、お前のせいだぞ」
「俺なんもしてねえだろ」
矢野がけらけら笑って、コーラのおかわりに立っていった。
……はぁ。
こいつに聞いた俺がバカだった。
結局、ネックレスは高い、手紙は手抜き、それしか分からなかった。
むしろハードルだけ上がった気がする。
◇
矢野と別れて、一人で駅前のモールに来た。
北口の、でかいやつ。
クリスマスが近いせいで、天井から金や銀の飾りがぶら下がって、どの店も赤いリボンだらけだ。
BGMまで全部あの鈴の音の曲になってる。
世界が全力で「恋人つれてこい」って言ってきてる。
いや、いるんだって。今日はサプライズの下見だから一人で来てるだけで。
……って、誰に言い訳してんだ、俺は。
とりあえず、アクセサリの店をのぞいてみた。
ガラスケースの中で、細い銀のやつがきらきら光ってる。
……紗月、こういうの似合いそうだけどな。
値札を、見る。
高っ。
手が、止まった。
いや、桁を間違えて見たかと思って二度見した。
間違えてなかった。
俺の冬休みの手持ち、まるごと飛ぶどころじゃねえ。
橘んち、金持ちっぽいしな。
あいつ、もっといいやつ普段からつけてんだろ。
これじゃ釣り合——
……いや。
立ち止まったまま、頭の中で自分にツッコむ。
値段じゃねえだろ。
あいつが俺に「値段の高いものくれ」なんて、一回でも言ったか。言ってねえ。
むしろ親子丼で店みたいって大騒ぎするやつだぞ。
ようし。落ち着け、俺。
いったんこの店は出よう。財布の精神衛生に悪い。
モールをぐるっと回って、雑貨屋ものぞいて、結局なんにも決まらないまま、外に出た。
冷たい風が頬を刺す。
足が、なんとなく南口のほうに向く。
商店街だ。
俺がよく来る、ごちゃっとしたほうの通り。
アクセサリの煌びやかさが嘘みたいに、八百屋とか肉屋とか、湯気の上がった惣菜屋が並んでる。
……なんか、ここまで来ると、ほっとする。
モールの店じゃ値札にびびってばっかだったのに。
惣菜屋の前で、足が止まった。
ガラスの向こうで、唐揚げがじゅうじゅういってる。
隣のトレイにポテトサラダ。その奥に、なんかうまそうなグラタン。
……なんで俺、プレゼント探しに来て、惣菜見てんだ。
でも、見ちゃうんだよな。こういうのは。
どんな具が入ってて、どう味つけてるか。なんとなく分かる。
アクセサリの良し悪しはさっぱりだったのに、こっちは目で追える。
肉屋の前も通る。
鶏もも、いいのが安く出てた。
クリスマス、チキンとか言ってたな、あいつ。
ふと、考えが浮かんだ。
……当日の飯の食材って、橘んちの冷蔵庫のじゃなくて、こっちで自分で買うのもアリじゃねえか。
いつもは橘んちにあるやつで作ってる。お手伝いさんが買ったやつだ。
あれはあれで、助かってるんだけど。
借りてばっかってのも、なんかな。
クリスマスくらい、自分で選んで、自分で買って、持っていく。
ポケットの上から、財布を一回、ぐっと押さえる。
中身は心もとないけど、これくらいなら、何とかなる。
……うん。そっちのほうが、なんか、いい。
別に見栄とかじゃなくて。
これくらいは自分でやりたい、ってだけの話だ。
肉屋のおっちゃんと目が合って、「兄ちゃん、鶏買ってくか?」って言われたので、「いや、今日はまだ」と手を振って通り過ぎた。
今日はまだ。けど、近いうちに。
……あいつも、今ごろどっかで、似たようなこと悩んでたりすんのかな。
なんとなく、そんな気がしただけだけど。
◇
夕方、橘家の坂を上った。
毎日のことだから、もう息も切れない……ってのは嘘で、相変わらず坂はきつい。
チャイムを押す前にドアが開く。
これも、もう毎日だ。
「いらっしゃい。今日も来てくれた!」
「来るって言ったろ」
通されたキッチンで、いつも通り飯を作る。
今日は豚汁と、卵焼き。
紗月が隣で、味噌をとくのを手伝ってる。
最近、こういう地味なやつは任せられるようになった。
「ねえ悠真、クリスマスだね!」
「また気が早いな。まだ二十……何日だっけ」
「もうすぐだもん! チキンでしょ、ケーキでしょ、あと——」
指を折りながら数えてる。完全にうきうきしてる。
「楽しみすぎて夜眠れないの」
「子どもか」
汁を足しながら返す。
けど、そのうきうきが、ちょっとうらやましくもある。
こっちはまだ決め切れてなくて、毎晩うなってるってのに。
「あ、味見していい?」
「お前、まだ味ついてねえぞ」
「えっ、またやっちゃった」
……ったく。学ばねえやつだな。
豚汁がぐつぐついってきたところで、紗月のスマホが鳴った。
画面を見て、あ、と小さく声を上げる。
「玲奈だ。ちょっとごめん!」
そう言って、くるっと背を向けて、二、三歩離れる。
「うん、うん……えー、それは内緒のやつでしょ……ちょっと待って、今、悠真いるから」
今、悠真いるから。
ぴた、と手が止まった。
……いや、なんで俺がいると都合悪いんだ。
紗月がちらっとこっちを振り返って、スマホを口元に寄せたまま、声をひそめた。
何か、こそこそ喋ってる。
聞き取れるのは、切れ端だけだ。
「うん……それね、もうちょっと……じゃあまた!」
通話を切って、何事もなかった顔で戻ってくる。
「ごめんごめん! えっと、どこまでやったっけ」
「……味噌、もう入れた」
「あ、ほんとだ!」
明るく笑って、また鍋をのぞき込んでる。
肩が、また当たる。
ニットごしなのに、そこだけ妙にあったかくて、湯気の熱とは別の熱がじわっと伝わってくる。
距離が近い。近すぎて、鍋から目を離せなくなる。
……なんだ、さっきの。
宮田と、内緒の相談。
紗月のやつ、何か企んでんな。
しかも俺がいると言えないやつ。
……まさか、と思う。
こっちはまだ決め切れてないのに、紗月のほうは、もう何か動いてるのか。
なんて、考えてから、ふと気づく。
人のこと言えないな、俺も。
商店街で「作る」だの「自分で買う」だの、勝手にあれこれ決めかけて、それを一個も口に出してない。
当日まで黙ってサプライズにするつもりで、こうしてしれっと豚汁なんか作ってる。
……つまり、お互い、相手に内緒で、相手のことを考えてるってわけだ。
そう思ったら、なんだろうな。
プレッシャーは確かにある。
けど、それだけじゃない。
胸の奥が、こそばゆいような、悪くないような、変な感じになる。
隣で鼻歌まじりに鍋をかき混ぜてる紗月は、俺がそんなこと考えてるなんて、たぶん一ミリも気づいてない。
……まあ、それでいい。
当日、ちゃんと驚かせてやる。
負けてられねえ、っていうか。
いや、別に勝負じゃねえんだけど。
◇
飯を食って、片付けて、橘家を出た。
坂を下りながら、白い息を吐く。
日はもうとっくに落ちて、街灯がぽつぽつ点いてる。
住宅街は静かで、自分の足音だけが鳴ってる。
頭の中は、ずっとあのことだ。
モノを選ぶのは、向いてない。
ネックレスは高いし、選ぶ目もない。
でも。
惣菜屋の前で足が止まった、あの感じ。
肉屋の鶏を見て、献立が浮かんだ、あの感じ。
……あれなら、できる気がする。
モノを買うんじゃなくて、作る。
俺にできることって、たぶん、そっちだ。
紗月、親子丼くらいで店みたいって騒ぐんだ。
クリスマスにちゃんとしたやつ作ってやったら、どうなるんだろうな。
ちょっと、見てみたい気もする。
しかも、その食材は、橘んちの冷蔵庫からじゃなく、自分で買ったやつで。
考えてたら、なんか、すっと気持ちが決まりかけた。
よし。クリスマスは、作る。
——と、言いたいとこだけど。
立ち止まって、足元の影を見る。
ほんとに、それで喜ぶのか?
飯なんて、毎日作ってるじゃねえか。
クリスマスって、もっと特別じゃなきゃダメなんじゃないのか。
それに、当日うまくやれんのか、俺。
あと、宮田と内緒で動いてるあいつに、こっちは手料理一本で大丈夫なのか。
何か小さいの一個くらい、要るのか?
……うー。
決めたはずなのに、また分かんなくなってきた。
考えれば考えるほど、沼だ、これ。
まあ、いい。
とりあえず、方向だけは見えた。
あとは——やれることをやるしかねえだろ。
うまくいくかは、知らねえけど。
白い息が、街灯の明かりの中で、ふわっとほどけて消えた。
クリスマス、何とかするか。
……作るの、何にすっかな。




