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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第54話 悠真、紗月に「冬休みは毎日ご飯を作りに行く」と言って自分で照れる

「終わったー、冬休みだー!」


 校門を出た瞬間、紗月が両手を上げて伸びをした。

 マフラーがずれて、白い息が空に立ちのぼる。


「終業式で叫ぶなよ。まだ校門の前だぞ」


「だっていいじゃん、もう冬休みだもん!」


 伸ばした手が、するっと下りてきて、そのまま俺の手をつかむ。

 当たり前みたいな顔で、紗月の指が手のひらに収まった。


 歩き出すと、つないだ手が軽く揺れる。


 昼前に式が終わって、午後はまるごと自由だ。

 並木道は枝だけになった銀杏が並んでて、空気は冷たいのに、なんか足が軽い。


「お前ら、人前でも手なんかつないじゃってさ」


 後ろから矢野が、手をポケットに突っ込んだまま言った。

 冷える日はいつもより背中が丸い。


「だって恋人だもん」


 宮田が横から、乾いた声で口を挟む。


「それ、最近のあんたの口癖だよね」


 言いながら、矢野の手から、ポテチを一枚かすめ取ってかじってる。

 相変わらずの手癖だ。


「玲奈も冬休み、遊ぼうね!」


「予定が合えばね。あんたたちの邪魔はしないけど」


 宮田がちらっとこっちを見て、口の端を上げた。なんだよその顔。


 駅前の交差点に着いた。

 ここで矢野は西口、宮田は十字路で曲がる。


「じゃーな」


 矢野が軽く手を上げて、ポテチの袋を片手に西口へ消えていった。


「紗月、また連絡する。水野、ほどほどにね」


「……ほどほどにって、何がだよ」


 宮田は答えずに、ひらっと手を振って角を曲がっていった。


 二人になった。さっきまでの賑やかさが、すっと引いて、紗月の足音だけが隣で鳴る。


「冬休み、何しようかなあ」


 紗月がつないだ手をぶらぶら振りながら言った。


 手をつなぐのにも、最近はもう慣れた。

 自分から指を絡め返すくらいには。


 最近はこれが普通、なんだろうけど、まだ「いいのか、これ」がどこかに残ってる。


「うち、年末は誰もいないんだよね。お父さんもお兄ちゃんも、料亭がすっごく忙しいから。お母さんも手伝いに行っちゃうし」


「ああ、そういや料亭やってんだったな」


「だから家、私一人なの。年末年始、ずーっと」


 明るく言ってる。

 けど、その明るさを、俺は前に一回、見たことがある。


 ——あいつ、寂しそうなんです。


 橘兄の前で、つい口走った言葉。

 あれは、嘘じゃなかった。


 紗月が広いダイニングで、一人で飯を食ってるのを、俺はもう知ってる。


 偽物の頃、何度もあの家のキッチンに立った。


 橘兄に「紗月に料理を教えてやれ」と言われて、こいつに料理を教えに通って。

 あの頃は「また来週な」で、それで済んでた。


 でも、もう偽物じゃない。


 恋人になった今も、「また来週」で帰るのかよ。


 足が、一瞬止まりかけた。言うか、言わないか。


 言ったら、たぶん引き返せない。

 でも……そんなの知るかよ。


 ええい、と短く息を吸って、止まりかけた足を、自分から前に出す。


「……冬休み、俺が作りに行く」


「え?」


 紗月が瞬きした。


「飯。毎日、橘んち行って、作る。一人で食うよりマシだろ」


 言ってから、自分の言葉が遅れて頭に届いた。


 毎日。

 橘んち。

 作る。


 ……いや、待て。毎日って言ったぞ、俺。


 顔が、勝手に熱くなる。

 十二月の風がこんなに冷たいのに、耳だけ火がついたみたいだ。


「……べ、別に、大した意味は——」


「悠真」


 紗月が、ぴたっと止まった。

 マフラーから顔を出して、目をまんまるにして俺を見上げてる。


 その目に、じわっと水が溜まっていく。


「お、おい、なんで泣きそうなんだよ」


「泣いてないもん!」


 言うなり、紗月が腕に飛びついてきた。

 つないでない方の腕に、ぎゅうっとしがみつく。


「うれしい……っ、毎日って言った、今、毎日って!」


「言ったけど、近い、近いって!」


「やだ、離さない!」


 道のど真ん中で、学園のアイドルが俺の腕にしがみついてる。

 すれ違ったおばさんが、にこにこしながら通り過ぎていった。


 やめてくれ。


「……ったく。とりあえず、いったん離れろ」


「むー」


 不満そうに口を尖らせて、それでも紗月はちょっとだけ体を離した。

 でも腕は、しっかり組んだままだ。


 まあ、これくらいは。……いいか。


「ねえ、今日からさっそく作りに来てくれるの!?」


「……いったん帰って、夕方な。材料、見てからだ」


「うん! ぜったい待ってるから!」



 夕方、橘家の坂を上った。


 高台にある家だから、坂がきつい。

 上り切る頃には息が白くて、ちょっと汗ばんでる。


 何度も来た坂のはずなのに、今日はやけに心臓がうるさい。


 言い訳が、何もないからだ。


 今までは「料理教えに」とか「また来週の約束だから」とか、理由があった。

 今日は、ただ作りに来た。恋人として。それだけだ。


 チャイムを押す前にドアが開いて、紗月が顔を出した。


 待ち構えてたな、これ。


「いらっしゃい。寒かったでしょ、入って入って!」


 通されたキッチンは、相変わらず広い。

 アイランドってやつだ。


 うちの狭い台所が、まるごと三つは入りそうだ。


 冷蔵庫を開けて、固まった。


 見たことない調味料がずらっと並んでる。

 野菜も、ラップのかかった作り置きが、きれいにタッパーに収まってる。


「……これ、勝手に使っていいのか」


「いいよ? お手伝いさんが買ってくれてるやつだもん」


「いや、お手伝いさんが買ったやつを、俺が……」


「悠真の作ったご飯のほうが、私、食べたい」


 さらっと言うな。

 手が止まるだろ。


「わかったよ。使わせてもらう」


 鶏肉とネギと、卵があった。親子丼なら作れる。


 こういう普通の飯は、共働きで親のいない家で、自分で作ってきた。

 誰かに習ったわけじゃない、勝手に覚えたやつだ。


 まな板を出して、ネギを切り始める。


「私も手伝う!」


 紗月が隣に立った。

 エプロンを着けて、腕まくりしてる。


 近い。


 アイランドキッチンって、こんなに広いのに、なんでこいつは肩がぶつかる距離に立つんだ。


「ネギ、切れるか」


「切れるよ! みじん切りもできるようになったんだから」


 包丁を握って、慎重に、とんとんと刻んでいく。

 前は危なっかしくて見てられなかったけど、確かに、ちょっと様になってる。


「お、上達してんじゃん」


「でしょ! 悠真が教えてくれたからだよ」


 えへん、と胸を張る。


 包丁持ったまま胸張るな、危ねえだろ。


「あ、これ味見していい?」


「まだ何も味ついてねえぞ、生のネギだろ」


「えへへ、たしかに」


 笑いながら、紗月がネギを一切れつまんで口に入れた。

 とたんに「からっ」と顔をしかめる。


「ほら見ろ」


「うう……生ネギ、辛い……」


 肩を震わせてる紗月の横で、俺は鶏肉を切って、鍋にだしを入れる。

 卵を割って溶く。


 紗月は溶き卵をのぞき込んで、「わー、黄色」とか言ってる。語彙力。


 ぐつぐつ煮えてきたところで、紗月が「いいにおい!」と身を乗り出した。

 鍋をのぞこうとして、肩がぴったり、俺の腕に当たる。


「……ちけえって」


「だって見たいんだもん」


「やけどするって、離れろ」


 言ったそばから、紗月は離れるどころか、こてっと俺の腕に頭を寄せてきた。


「えー、くっついてたらあったかいのに。悠真、もっとあっためてよ」


「俺はコンロじゃねえ」


 返しながら、卵を回し入れる。

 半熟で火を止めて、丼によそって、出来上がりだ。


「できたぞ」


「わー、すごい、お店みたい!」


 いや、ただの親子丼だけどな。


 でも、そんなに喜ばれると、悪い気はしない。



 六人掛けの長いテーブルに、二人で座った。


 向かい合わせじゃなくて、紗月が当たり前みたいに、俺の隣に座る。

 広いテーブルなのに、肘が触れそうな距離だ。


「いただきます!」


 紗月が手を合わせて、丼に箸をつけた。


 一口食べて、ぱあっと顔が明るくなる。


「おいしい……! ほんとにおいしい!」


「そりゃどうも」


 大げさだ。


 けど、目を細めて頬張ってるのを見てると、まあ、作ってよかったと思う。


 俺も一口、かきこんだ。

 湯気がふわっと顔に当たって、甘辛いだしと、半熟の卵がとろっと絡む。


 鶏もちゃんと火が通ってて、うん、悪くない。

 普通にうまい。


 自分で作ったやつだから、なおさらそう思うだけかもしれないけど。


 ふと顔を上げて改めて見回すと、本当に広い家だと思った。

 シンとしてて、二人の箸の音と、紗月の「おいしい」しか聞こえない。


「ねえ悠真」


「ん」


「誰かと食べるご飯って、おいしいね」


 明るい声だった。

 それは、いつもの紗月の声で。


「……そうか?」


「うん。ちっちゃい頃から、一人で食べることばっかりだったから」


 箸が、一瞬止まった。


 ちっちゃい頃から。


 一人で食べてることがあるのは知ってた。


 けど、そんな前から、なのか……。


 この広いダイニングで、ちっちゃい紗月が、ぽつんと一人。


 何か言おうとして、言葉が見つからなかった。

 慰めるのも違う気がして、かわいそうって顔をするのは、もっと違う。


 だから、丼に箸を戻して、もう一口食った。


 二人ぶんの丼が、テーブルに並んでる。

 それだけだ。


 それだけのことが、こいつにとっては、たぶん、普通じゃなかった。


「……まあ、これからは毎日だからな」


 ぼそっと言った。


「うん……!」


 紗月が、丼を持ったまま、ぴょこっと弾んだ。


「毎日、悠真のご飯。冬休み、最高じゃん!」


「最高はおおげさだろ」


「おおげさじゃないもん! あ、そうだ」


 紗月が箸を置いて、急に身を乗り出してきた。


「クリスマス、もうすぐクリスマスだよ!」


「気が早いな。まだ毎日の飯の話してただろ」


「ねえ、クリスマスは何しよっか? チキン食べる? ケーキは? お兄ちゃんに頼んだら作ってくれるかな!」


「お前、この前、お兄ちゃんが自分にだけケーキ作ってくれないって、すねてLINE送ってきてただろ」


「うっ……そ、それは……」


「俺に長文で愚痴ってきたの、忘れたのか」


「忘れてないもん! ……でも、悠真が覚えてるとは思わなかった」


 ぼそっと言って、紗月が耳まで赤くなる。

 なんだよ、自分で送ってきたんだろ。


「とりあえず、その話はあとだ。飯食え、冷めるぞ」


「むー、ごまかしたー」


 口を尖らせながら、それでも紗月はうれしそうに丼をかきこんでる。


 クリスマス、か。


 隣で紗月の丼が減っていって、俺の丼も底が見えてくる。


 それを見ながら思う。


 毎日の飯に、クリスマスまでくっついてきた。

 何を用意すりゃいいのか、正直、見当もつかない。


 でも、さっき「最高じゃん」って笑った、あの顔。


 あれをもう一回見られるなら——そのクリスマスってやつ、ちょっとがんばってみてもいいかもな。

 うまくやれる自信は、ねえけど。

 ……自分でも、本気でそう思ってるのが、我ながら笑える。


 ……まあ、考えとくか。


 窓の外は、もうすっかり暗い。


 広い家に、紗月の笑い声と、「だからおおげさだって」って返す俺の声が、混じってよく響いてた。

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