第28話 モブ、学園アイドルに「来なかったら意味ないじゃん」と言われて返信できなくなる
教室が、うるさい。
始業式が終わって五分。席に戻った途端、あっちでもこっちでも夏休みの話が始まっている。誰が日焼けしただの、誰が髪切っただの。
俺は——何も変わってない。
……変わってないってことにしておく。
「水野ぉ!」
藤川が突進してきた。
「夏休みどうだった? 橘さんとどっか行った?」
「行ってない」
「嘘だぁ」
中村が後ろから顔を出した。
「水野くん、ちょっと日焼けしてない?」
「してない」
「してるよ。ねえ藤川」
「してるしてる! 海とか行ったんだろ!」
海には行った。認めたら芋づる式に全部掘り返される。
「だから行ってねえって——普通だよ普通」
「ねえ矢野、水野って夏休み何してたの?」
藤川が矢野に振った。
振るなそっちに。
矢野は隣の席で頬杖をついたまま、こっちをちらっと見た。
「本人に聞けよ」
パス。しかも全力で俺に投げた。
「だから普通だって——」
「普通だったんだろ?」
矢野が言った。半目。口元が微妙に上がってる。
分かってるくせに、やめろその顔。
「水野の『普通』って全然信用できないんだけどさぁ」
藤川がケタケタ笑った。
「赤くない? 顔」
中村が小声で追撃してきた。
「赤くない」
「赤いって」
チャイムが鳴って、担任が教壇に立った。
「はい、席に着いて。HR始めます」
藤川と中村が席に戻っていく。
矢野は何も言わずに前を向いた。
とりあえず助かった……。
HRの連絡が一通り終わったところで、担任が黒板に大きく書いた。
「文化祭の出し物、今日決めるぞ。候補ある人いるか?」
声のでかいやつが勝つ会議が十分ほど続いて、2-Bは焼きそばに決まった。
焼きそばか。まあ、楽でいい。
◇
「メイド喫茶、本格的に動き出したよ!」
昼休み。屋上。
橘が弁当箱を開けながら言った。隣で宮田がおにぎりの包みを剥がしている。
矢野はフェンス際に座って、ガチャを回してる。
「今日のHRでね、衣装をどうするか話し合ったの! レンタルと手作りで揉めたんだけど、結局レンタルベースで小物だけ手作りにしようってなった!」
「ふーん」
「あと、看板娘の衣装だけちょっといいの借りよう、ってクラスの子が言ってくれて——」
「それ紗月が押し切ったんでしょ」
宮田が突っ込んだ。
「押し切ってないよ! みんなが言ってくれたの!」
「はいはい」
橘が卵焼きをつまんで続ける。
「でね、メイド服にも種類があって——ねえ悠真くん」
振るなよ。
「クラシックメイドとフレンチメイドだったら、どっちが好き?」
「——っごほ! ごほ!」
むせた。
何言ってんだこいつ。
メイド服の違いなんて知らねえけど、橘が……着るのか。
ダメだ、想像すんな。
「知らねえよ」
「えー、どっちか選んでよ! 参考にしたいの!」
「何の参考だよ」
「だって見に来るでしょ?」
……なんでそう、当然みたいに聞くんだよ。
「まだ決めてない」
「えー、来てよ! 悠真くんが来なかったら意味ないじゃん!」
なんで俺一人が来ないと意味がないんだよ。
「なに、水野の好みの格好にしたいの?」
宮田がニヤニヤしながら橘に聞いた。
「そんなんじゃ、ない、けど……」
橘が詰まった。珍しい。
「ないならなんで聞くのよ」
「だって、せっかくだし……」
「せっかく、ね」
宮田がこっちを見た。目が「聞いた?」と言ってる。
聞いてない。聞こえてない。
「……俺に振るな」
矢野がポテチの袋を開けた。半目でこっちを見てる。
その顔、やめろ。
「むー。じゃあ自分で決める! クラシックにする! ロングスカートで白いエプロンのやつ」
——白いエプロンの橘が、浮かんだ。
だから想像すんなって!
「あ、でもフレンチも捨てがたいなぁ。膝丈のスカートで——」
「文化祭の準備の話しろ」
「してるよ? メイド服の話、文化祭の準備だよ?」
……正論だった。
何とかして話題を変えようと考えていたが、ふと、スマホの通知を思い出した。
LINEグループに委員長から連絡が来てたんだった。
「あ、俺今日放課後、装飾班の集まりあるわ」
「えー! じゃあ今日一緒に帰れないじゃん!」
橘が口をとがらせた。
「しょうがないだろ。文化祭まであと一ヶ月ないんだから」
「……わかった。じゃあ終わったらLINEしてね?」
「ああ」
「ぜったいだよ?」
「わかったって」
矢野がポテチをかじりながら、何も言わなかった。
こいつが黙ってるときは——もう何も考えたくない。
◇
放課後。
階段を降りる。三階から二階へ。
一年のフロアを通って、渡り廊下に向かう。
教室の前を通りかかったとき、声が聞こえた。
「——橘先輩の彼氏——」
……一年にまで広がってんのかよ。
気にせず歩いた。
渡り廊下に出ると、九月の風がまだ暑かった。
視聴覚室に入ると、夏休みに何回か顔を合わせたメンバーがぽつぽつ集まっていた。
委員長が前に立つ。
「二学期もよろしく。今日はスケジュール確認だけだから、さくっと終わらせます」
プリントが配られた。来週から制作開始。
看板デザインは決まってるから、次はアーチと装飾パネルか。
作業日は毎週火曜と木曜の放課後。
……週二回。結構あるな。
火曜と木曜の放課後は、ここに来ることになる。
……橘と帰れない日が増えるな。まあ、いいけど。
「担当パートの希望は来週までに出して。じゃ、今日は以上」
十五分で終わった。
視聴覚室を出て、スマホを開いた。
橘からLINEが来ていた。
『今日どうだった?? 早く終わった??』
二学期の始まりからこれかよ。
『今出た』
『はやい! ねえねえ、エプロンの色って白と黒どっちがいいと思う??』
まだメイド服の話してる。
『好きにしろ』
『えー!! ちゃんと選んでよ!! 見に来るんでしょ??』
——見に来るんでしょ。
来るとは言ってない。
まだ言ってない。
でも「行かない」とは打てなかった。
返信しないまま、スマホをポケットに突っ込んだ。
震えた。
『楽しみにしてるからね!!』
……勝手に確定すんなよ。




