第29話 モブ、後輩の「大丈夫です」をスルーして片付けまで残る
放課後。渡り廊下。
橘はD組でメイド喫茶のミーティングらしい。昼休みに「今日は練習があるから!」と言ってたのがまだ耳に残ってる。
俺はというと、クラスの準備じゃなくて、実行委員の装飾班の作業に駆り出されていた。
特別教室棟の二階へ向かう。
階段を上がると、突き当たりの部屋のドアが開いていた。
中に入ると、床一面に段ボールと模造紙が広がっている。
ペンキ缶が隅の棚に積まれて、刷毛やカッターが机に並んでた。
そんな中、夏休みに何回か作業日で顔を合わせたメンバーが、もう集まっていた。
「おー、水野来たな。じゃあ揃ったし始めるか」
長谷川が窓際から声をかけてきた。2年E組。装飾班のリーダーで、夏休みのデザイン会議も仕切ってたやつだ。
テンション高くはないけど、仕事は早い。
「今日から制作入るから、担当分けな。水野は垂れ幕の下書き。柊はゲートの骨組みの段ボール裁断。沖はパネルの下書き」
柊がうなずいた。1年のショートボブの女子。夏休みの作業日から黙々と手を動かしてたのを覚えてる。
沖は同じ1年の男子。こっちは言われたことをそのままやるタイプ。
「垂れ幕のデザインは夏に決めたやつな。模造紙二枚つなげて床に広げてくれ」
「おう」
長谷川が指差した先に、模造紙のロールが立てかけてある。
セロテープで二枚をつなげて、床に広げようとした。
が、床の半分は段ボールで埋まっている。柊がゲートの骨組み用に広げたやつだ。
「柊、ちょっとそっち寄せていい?」
「あ、はい」
柊が段ボールを窓側に押しやった。
模造紙を広げて、デザイン案を横に置いて、鉛筆で下書きを始めた。
しばらく黙々と手を動かした。
窓の外から吹奏楽の音がかすかに聞こえる。
鉛筆を走らせていたら、ペンキ缶の棚に目がいった。下書きが終わったら色塗りに入るけど、刷毛が足りない。
「長谷川、刷毛って倉庫?」
「あー、たぶん。一階の資料室の奥に突っ込んだと思う」
一階まで降りて、刷毛とペンキ用のトレーをまとめて持ってきた。ついでにペンキ缶も追加で。
自分の作業場の横に道具を並べて、ふと柊の方を見た。
段ボールを切ってるが、缶も刷毛も手元にない。
ペンキ缶を一つと刷毛を二本、柊の作業場の横に置いた。
「あ……ありがとうございます」
「塗るとき要るだろ」
柊がちょっと驚いた顔をした。が、すぐ「はい」とだけ言って作業に戻った。
こっちも戻る。垂れ幕の下書きの続きだ。
鉛筆のラインが半分くらい入ったところで、長谷川が声をかけてきた。
「水野、ちょっとこっち手伝って。ゲートの骨組み、でかいパーツ切るから押さえてほしい」
「……俺、垂れ幕の途中なんだけど」
言いながら、鉛筆を置いて立ち上がった。
柊の作業場に移動する。
長谷川が段ボールにカッターで切り込みを入れるのかと思ったら、違った。
「俺パネルの方見てくるわ。柊、水野に押さえてもらって切ってくれ」
長谷川が沖の方に歩いていった。
……なんで俺が押さえる係なんだよ。まあいいけど。
「先輩、ここ押さえてもらっていいですか」
「ああ」
段ボールの端を両手で押さえる。柊がカッターで線に沿って切っていく。手つきは慣れてる。
「もうちょい右」
「ここですか」
「そう」
押さえる位置をずらす。柊のカッターが段ボールに入る音だけが、静かな教室に響いてた。
柊は黙々と切っている。手元を見てる。一回だけ、ちらっとこっちに目が来た気がしたけど、すぐにカッターに戻った。
「はい、切れました」
「おう」
手を離す。切り離したパーツを横に積んで、次の一枚。
これを何回か繰り返して、ゲートの骨組みパーツがひと通り揃った。
「水野ー、垂れ幕の下書き終わった?」
長谷川が沖の方から戻ってきた。
「半分」
「オッケー。続きは木曜な。今日はここまでにしよう」
時計を見ると、五時半を過ぎていた。
思ったより時間が経ってる。
「じゃ、お疲れー」
長谷川がカバンを持って出ていった。沖も「お疲れ様です」と続く。
俺もカバンを取りに机に戻ろうとして、ふと、教室の奥を見た。
柊だけがまだ残っていた。
黙って、切り出した段ボールのパーツを壁際に立てかけて、散らばった切れ端を拾い集めている。
……しゃーない。
ペンキ缶を二つ、持ち上げた。
「あ、先輩、大丈夫です——」
「重いだろ」
「……すみません」
ペンキ缶を棚に並べて、ついでに段ボールの切れ端をまとめてゴミ袋に突っ込んだ。
柊は何も言わずに、反対側の片付けを続けた。
しばらくして、教室がだいたい片付いた。
「ありがとうございました」
「おう」
柊が小さく頭を下げた。
カバンを肩にかけて、教室を出た。
廊下を歩きながら、ふと思った。
そういえばあいつ、夏休み前も一人で引き受けてたな。
あの時も「大丈夫です」って言ってた。
……まあ、いいか。
スマホを開く。
橘からLINEが来ていた。
『今日メイド喫茶の練習はじまった!! お盆持って歩くんだけど、ぜんっぜんうまくいかない!! コップ乗せたらぐらぐらする!!』
……長い。
『慣れるだろ』
『えー、悠真くんつめたい!! もうちょっとなんかあるでしょ!!』
『ない』
『ひどい!!!!』
ビックリマーク四つ。前より増えてないか。
『ていうか悠真くん今日も装飾? 遅かった?』
『今出た』
『おつかれ! ごはん食べた?』
……なんだその質問。
なんで俺の食事の心配までしてんだ、こいつは。
『まだ』
『じゃあ早く帰りなよ! お疲れさま!!』
スマホをポケットにしまって、階段を降りた。
渡り廊下に出ると、九月の風はまだ少し暑かった。
ふと振り返る。
二階の窓に、まだ明かりが灯っていた。
……まだやってんのかな、あいつ。
ポケットの中でスマホが震えた。
『明日のお昼、屋上で食べよ!! 悠真くんの分のおにぎり持ってくね!!』
スマホを見るとそんなメッセージが来ていた。
おにぎり。明日の昼。
『いきなり過ぎるだろ』
『決まり!!』
ため息をつき、スマホをしまって廊下を歩く。
……おにぎり、何味なんだろうな。




