第103話 悠真、卒業前の休日を四人で過ごす
矢野が、空いているレースゲームを指した。
「悠真、これやろうぜ」
「いいぞ。お、四人でできるんだな」
「私もやりたい!」
紗月がさっそく席へ近づく。宮田も隣から画面を覗いた。
「じゃ、あたしも」
二月も終わりに近い休日。俺たちはモールの三階で昼飯を食って、そのままゲームセンターへ来ていた。
矢野も宮田も、春から行く大学が決まった。二人からそれぞれ受かったと連絡が来て、今日は矢野の誘いで四人で集まった。
「これ、車によって速さ違うのか?」
席に座ってお金を入れると、選べる車が画面に並んだ。
右隣の矢野が、ハンドルを回して一台ずつ見ている。
「曲がりやすいのとか、色々あるんじゃね」
「お前、速そうなの選んでるじゃねえか」
「速い方がいいだろ」
「曲がれんのか、それ」
「そこは俺の腕で」
言ったな、こいつ。
俺は矢野と同じ車を選んで、色だけ青に変えた。
「あ、同じのにした」
「これで車のせいにはできねえな」
「お前もな」
矢野の向こうで宮田が笑う。
「走る前から楽しそうね、二人とも」
「玲奈、私これにする! 黄色いやつ!」
「いいじゃん。あたしは白」
一番奥の紗月の声が、周りのゲームの音に混じって届く。
矢野、宮田、紗月。それぞれが選び終わると、俺の画面にも四台の車が並んだ。
「悠真、青だよね?」
「おう」
「分かった。見つけたら追いかける!」
「俺だけかよ」
「だって、抜きたいもん!」
それは負けられねえな。
俺はハンドルを握り直した。
合図と一緒にアクセルを踏む。
広い道へ飛び出すと、すぐ横に矢野の赤い車がいた。
「おい、寄ってくんなよ!」
「そっちが寄ってきてんだろ?」
「くっそー、抜かしてやんぜ!」
「曲がり角だぞ」
「あ」
慌ててハンドルを切ったが、遅かった。壁に擦っている間に、赤い車が前へ出る。
「曲がれんのか、それ」
矢野が、さっきの俺と同じことを言ってきた。
「曲がろうとしてんだよ!」
「壁にぶつかってるけどな」
笑いながら言うな。こっちは忙しいんだよ。
どうにか道の真ん中へ戻り、赤い車を追う。
少し先でそいつが大きく膨らんだので、内側へ車を入れた。
「よし。抜いた」
「まだ終わってねえから」
「分かってるって」
次の曲がり角で抜き返される。俺が追いかけると、今度は黄色い車が目の前に入ってきた。
「あ、悠真だ!」
「紗月か!」
「抜いたよ!」
「まだ終わってねえからな」
「お前、俺と同じこと言ってるぞ」
矢野の声に宮田が笑った。紗月まで笑っている。
いや、実際まだ終わってねえだろ。
黄色い車を追い越して、赤い車の後ろにつける。
もうすぐゴールだ。ここで追いついたなら、抜きたい。
最後のカーブを抜けたところで、矢野の車の横へ出た。
「お前、しつこいな」
「抜くまでな!」
アクセルを踏んだまま、ゴールの線を越える。
「よっし!」
赤い車より先だった。
ハンドルから手を離して矢野を見ると、こいつは画面を見たまま眉を寄せている。
「最後に抜くかよ」
「俺の腕だな」
「二位だけどね」
宮田に言われて、俺は自分の画面を見た。
……二位?
一番上にいるのは、白い車だった。
「宮田、いつ抜いた?」
「二人が壁の話してたとき」
「そんな前から?」
「うん。全然追いついてこないじゃん」
矢野が宮田の方へ顔を向けた。
「マジか。俺、悠真しか見てなかった」
「あたしもいるんだけど」
「前に行きすぎだろ」
宮田が得意そうに笑った。
俺も笑って、座席にもたれた。いや、矢野には勝ったんだけどな。
「あっ、待って、曲がって!」
紗月の声に、奥へ顔を向ける。
まだハンドルを回していた紗月が、画面へ身を乗り出していた。
「紗月、あとちょっと!」
隣の宮田に言われ、紗月が頷く。そのままゴールすると、両手をハンドルから浮かせた。
「着いたあ! ……もう、悠真が抜くから!」
「そういうゲームだろ」
「せっかく追いついたのに!」
笑いながらこちらを見る紗月へ、俺も笑って返す。
「抜かれたままじゃ終われねえよ」
「玲奈には負けてたよ?」
「……それは、それだ」
そこで矢野まで笑い出した。
「矢野、お前は俺に負けてるからな」
「覚えてるよ」
矢野は笑ったまま立ち上がった。
俺も席を降りると、紗月が隣へ来る。
「悠真、最後すっごく嬉しそうだったね」
「嬉しかったんだよ。勝ったと思って」
「あたしに勝ってからにしてよね」
宮田が先に歩き出す。矢野もその横へ並んだ。
これは、しばらく言われるやつだな。
でも、面白かった。もうちょっと、こいつらと遊びたい。
「次、あっち見ようよ!」
紗月が指した方には、まだ空いているゲームがあった。
「おう。行くか」
◇
ひと通り遊んでモールを出ると、宮田が南口の方を指した。
「商店街も寄っていい? リプレイ見たい」
「いいぞ。俺も春に着る上着、見てえし」
「珍しい。水野が服見たいって」
「たまにはな」
駅の南側へ回り、商店街を歩く。リプレイに入ると、宮田は並んだ服の間へ進んでいった。
俺も上着の掛かったラックを覗く。
「悠真、また紺かよ」
紺色の上着を手に取ったところで、矢野が言った。
「合わせやすいだろ」
「他の色もあるぞ」
「見えてるわ」
……まあ、たまには違うのもいいか。
上着を戻して、隣の一着を取り出した。
薄い青で、前にボタンがついている。こういう色は持ってなかったな。
「あ、それいいね!」
紗月が俺の手元を覗いた。
「着てみてほしい!」
「おう。俺も、ちょっと気になる」
着ていた上着を紗月に持ってもらい、青い方へ袖を通す。
鏡の前で肩を動かしてみた。きつくないし、軽い。
「どうだ?」
「うん! 似合う!」
紗月がにっと笑う。
俺も鏡を見た。思ったより、変じゃねえな。
「これにするか」
「早いな」
「気に入ったんだよ」
矢野に返していると、宮田が緑のジャケットを持ってきた。
「あたしもこれ買う。矢野、ちょっと持ってて」
「了解」
矢野に渡すと、宮田はまだ見ていないラックへ向かった。
「決まったんじゃねえの?」
宮田にそう言うと、呆れた顔で返された。
「これだけとは言ってないでしょ」
こりゃ長くなりそうだな……。
矢野の腕に掛かったジャケットを見て、俺は笑った。
「お前、まだ帰れねえな」
「まぁ俺も見たいしな。ちょっと回ってくるわ」
矢野も近くの棚を覗き始めた。
俺は青い上着を脱ぎ、紗月から受け取った上着を着直す。
「玲奈、大学の近くでもこういうお店、見つかるといいね」
紗月が言うと、宮田がハンガーを動かしながら振り向いた。
「ね。服好きな子がいたら、一緒に探してみたい」
「見つけたら私も行きたい!」
「うん。紗月も連れてくよ」
「私も、大学で仲よくなった子に玲奈のこと話したいな」
「何話すの?」
「今日のゲーム、すごかったよって!」
「それ、俺と矢野が負けた話になるだろ」
「そうだね!」
紗月は楽しそうに頷いた。
春まで覚えてるつもりかよ。
俺が値札を確かめていると、紗月が青い上着の袖に触れた。
「悠真、それ着て出かけようね」
「おう。暖かくなったらな」
「うん! 早く見たいなあ」
「今も見ただろ」
「一緒に歩きたいの!」
紗月が俺を見上げて笑う。
……それは、俺も楽しみだな。
「じゃあ、春になったらこれ着て出かけようぜ」
「うん!」
俺は青い上着を持って、会計へ向かった。
買い物を済ませて外へ出ると、まだ少し風が冷たかった。
宮田も服の袋を持っている。
「また四人で遊ぼうぜ」
俺が言うと、矢野がスマホを出した。
「卒業式のあとの日曜とか、どう?」
「あたし空いてる」
「私も!」
「俺も大丈夫だ。今日と同じ、昼からにするか」
昼の一時に、またモールの前。
スマホに予定を入れて、袋を持ち直す。
四人で商店街を抜けたところで、宮田が家の方へ足を向けた。
矢野もそちらへ行く。俺は紗月を送って帰るつもりだ。
「じゃあな。次は宮田も見とけよ」
俺が言うと、矢野がにやっとした。
「お前もな」
「二人とも、前見て走りなよ」
宮田に言われて、紗月が声を上げて笑った。
俺も笑って手を振る。
紗月と並んで歩き出す。
次は、宮田にも勝ってやる。
さっき予定に入れた日曜が、もう楽しみだった。




