↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/104

第102話 悠真、彼女の手作りケーキでバレンタインを過ごす

 二月十四日。家庭学習に入ってからは、こうして教室に集まる日も少なくなった。


 今日の登校日は、卒業までの連絡と提出物の確認で終わりだ。時計はまだ昼前を指している。


 先生の話が終わり、プリントを鞄にしまったところで、紗月が俺の席へ来た。もう鞄を肩に掛けている。


「悠真、もう帰れる?」


「おう」


「じゃあ行こ!」


「立つくらい待てって」


 紗月が笑って、机の横で足を止めた。


 鞄を持って立ち上がると、矢野が教室の入り口から顔を出した。

 宮田がそちらへ歩いていく。


「そっち、終わった?」


「おう。行ける?」


「待って。紗月たちも帰るから」


 宮田がこちらに手を上げた。


 矢野はドアの脇へ寄り、先に出ていく連中へ道を空ける。


「今日、二人でどっか行くのか?」


 追いついて聞くと、矢野が頷いた。


「駅の方で飯。ちょっとゆっくりしてくる」


「試験は?」


「まだ残ってるな。今日は空いてたから、宮田と合わせた」


 矢野が宮田へ顔を向けた。


「あたしは、受ける分は終わった。あとは結果待ち」


「お疲れ。落ち着かねえな、それも」


「そうなの。家にいると何回も確認しちゃう。まだ結果出る日じゃないって分かってるのに」


 宮田が苦笑すると、紗月が明るい声で言った。


「今日はおいしいもの食べてきてね!」


「うん。紗月たちは家?」


「うん!」


 紗月の返事を聞いて、矢野が俺を見る。


「お前も、今日は楽しみがあるわけね」


「……別に隠してねえだろ」


「顔に出てるぞ」


 にやにやしている矢野へ言い返す。


「お前に言われたくねえよ。迎えに来るの早かったじゃねえか」


「約束してたんだよ」


「俺もだよ」


 隣で紗月が笑った。


「悠真、帰る準備すっごく早かったもんね」


「お前もな」


「だって、早く帰りたいんだもん!」


 今日は家で渡したいものがあると、紗月に言われていた。

 そりゃ、俺だって早く帰りたい。


 昇降口で靴を履き替えていると、紗月が宮田のそばへ寄った。


「玲奈、あとで聞かせてね」


「うん。そっちもね」


 宮田は短く答え、肩に掛けた鞄を持ち直した。


 矢野は先に外へ出て、俺と並んで二人を待っている。


 校門を出てしばらく歩いたところで、駅へ向かう二人と別れた。


「じゃあね、玲奈! 矢野くんも!」


「またな」


 手を振る二人に返して、俺たちは住宅街へ折れる。


 紗月が俺の手を取り、繋いだ手を小さく揺らした。


「悠真、おなか空いた?」


「まあまあ」


「お昼のあとも食べられるように、おなか空けといてね!」


 紗月が繋いだ手を引く。


「分かった。昼飯、食べすぎないようにしとく」


「うん!」


 それは、相当楽しみにしていいやつだな。


◇


 紗月んちで昼飯を済ませ、ダイニングでお茶を飲んでいると、向かいの紗月がスマホを見て笑った。


「玲奈、渡せたって」


「おう。よかったな」


「喜んでくれたんだけど、開けるのは家だって。今見てって言っても、家で見るって」


 俺はカップを置いて笑った。


「そこは譲らなかったのか、あいつ」


「玲奈、選んだの見てほしかったのにって」


 紗月は何か返してから、スマホを卓の端へ置いた。


 あの矢野が、もらったやつを家まで取っておくのか。

 帰ってから、ゆっくり開けるんだろうな。


 ……今度会ったらイジってやろう。


「私は、悠真が開けるところ、見たいな」


 紗月がこちらを覗き込んだ。


「ここで開けるよ。俺も早く見たいし」


「えへへ。待ってて!」


 紗月は椅子から立ち、冷蔵庫へ向かった。


 戻ってきた手には、小さな箱。赤いリボンを掛けてある。


「はい。悠真、ハッピーバレンタイン!」


 両手で差し出された箱を受け取る。


 冷えていて、思ったより重い。


「ありがと。……開けるぞ」


「うん!」


 リボンをほどき、蓋を持ち上げた。


 中に入っていたのは、丸いチョコレートケーキだった。飾りはなく、焼けた表面に細いひびが入っている。


「これ、作ったのか?」


「うん。お兄ちゃんに教えてもらったの。焼いたのは私!」


「へえ……すごいな」


 紗月が箱の縁に手を添えた。


「悠真、チョコのケーキ選んでたでしょ? クリスマスの前に、二人で買ったとき」


 あのとき、紗月はいちごのやつを嬉しそうに選んでたっけ。


 俺の分も覚えててくれたんだな。


「あれ、うまかった。こういうの好きだよ」


「よかった! どれにしようかなって考えてて、思い出したの」


 俺は箱の中をもう一度見た。


 あの店に並んでいたのとは違う、紗月が焼いたケーキだ。


「嬉しい。ありがとな、紗月」


 紗月はにっと笑ってから、キッチンを振り返った。


「お皿持ってくるね!」


 包丁と皿を運んできて、大皿へ移したケーキを切る。


 最初の一切れを小皿に載せて俺の前へ置くと、紗月は向かいの椅子に座った。


 フォークを持った俺を、じっと見ている。


「……そんな見られると食いづらいんだけど」


「あ。ごめん」


 紗月が目を下げる。


 俺がケーキにフォークを入れると、もうこっちを見ていた。


「見るんじゃねえか」


「気になるんだもん!」


「分かった。見てていいから」


 一口食べる。しっとりしていて、噛むとチョコの味が濃い。


 少しほろ苦くて、お茶を飲んでもまだ甘い匂いが残った。


「うまい」


「ほんと?」


「うん。これ好きだわ」


 紗月の口元が緩んだ。


「よかったあ……。じゃあ、私も!」


 立ち上がり、キッチンからもう一枚の皿を持ってくる。


 そこには、もうフォークが載っていた。


「用意してあったんだな」


「うん!」


「俺の返事待ちだったのか」


 紗月が、俺の皿に残ったケーキを見る。


「だって、悠真に最初に食べてほしかったから!」


 紗月はケーキに包丁を当て、こちらを見た。

 俺の分より、小さめに切ろうとしている。


「……これくらい、もらっていい?」


「俺のと同じくらい、切っていいぞ」


「いいの?」


「おう。一緒に食うつもりで、おなか空けとけって言ったんじゃねえの?」


「そう! でも、悠真のだから。ちゃんとあげてから、もらおうと思って」


 なるほど。俺にくれるところは、きちんと済ませたかったらしい。


「どうぞ」


「ありがとう!」


 紗月は包丁を少しずらし、俺のと同じくらいに切り分けた。

 皿に載せて、席へ戻る。


 口に運ぶと、フォークを持ったままこちらを見る。


「おいしい!」


「だろ」


「うん! ……よかった。悠真にあげる分だから、ちょっとだけしか味見できなかったの」


 紗月は、残りのケーキにも目を向けた。


「それでずっと食べたかったのか」


「悠真と食べたかったの!」


 力を込めて言い直し、もう一口食べる。


 うん。そこも、ちゃんと分かったよ。


 俺も皿にフォークを伸ばした。


 家で一人で開けるのもいいんだろうけど、ここでもらえてよかった。

 一緒にウマいもの食べるの、やっぱり、いいな。


「そういえば、高校生のバレンタインって、今年が最後なんだね」


 紗月が、お茶のカップを両手で持った。


「そうだな」


「帰るときにチョコ持ってる子がいて、ああ、そうなんだって」


 紗月はカップの中を見て、それから俺に目を戻した。


「来年は、何作ろうかな」


「もう来年の話か?」


「だって、またあげたいもん。これもおいしいけど、違うのも食べてほしい!」


 まだ今日のケーキも残ってるのに、忙しいやつだ。


 でも、来年も俺に作ってくれるつもりなのは、嬉しい。


「俺はこれ、また食いたい」


「じゃあ、これはバレンタインじゃないときに作る!」


「それでいいのか」


 紗月は笑って、俺の皿を指した。


「うん。一緒に食べよ?」


「おう」


 紗月は頷いて、カップを置いた。


「……今日ね、教室で悠真の顔見たら、話したいことがいっぱい出てきたの」


「朝も、いっぱい喋ってたもんな」


「うん。まだ話したかったのに、先生が来ちゃって」


 朝、俺の席まで話しに来た紗月を思い出す。

 俺が答えようとしたところで、もう次の質問が来たんだよな。


「学校だと、あとで話せるって思えるの。今日も、帰りに話そうって。それがなくなるの、やっぱり寂しいな」


 紗月は皿の端を指で押さえた。


 俺もフォークを置く。


「……俺も、ああやって話すの好きだよ」


 紗月が顔を上げた。


「朝からいっぱい喋ってても?」


「聞いてるだろ」


「たまに、ちょっと待てって言う」


「一個ずつ返事させてくれよ」


 紗月が笑った。俺も笑って、お茶を飲む。


「学校なくても、話しに来いよ。俺も会いに来るし」


「うん。ご飯も一緒に食べたい」


「食おう。こういうのも」


 残っているケーキへ目をやると、紗月は嬉しそうに頷いた。


 春からの毎日がどうなるかは、まだ分からない。


 でも、こいつが向かいでうまそうに食って、俺に話しかけてくる時間は、これからも欲しい。


 俺は残りの一口を食べ、空いた皿を少し脇へ寄せた。


「おかわりのお茶、淹れてくる」


「あ、私が」


「いいよ。座ってて」


 立ち上がり、紗月のカップも受け取る。


「悠真、ケーキももう一切れ食べる?」


「食う。紗月も?」


「うん!」


 紗月はケーキの皿を手元へ引き寄せた。


「あと、朝の続きも話していい?」


「おう。聞くぞ」


 紗月が話し始める。俺は相槌を打ちながら、キッチンへ向かった。


 俺も、こいつが喜んで食べてくれるものをあげたいな。

 何がいいかは、ゆっくり考えよう。


「悠真、さっきと同じくらいでいい?」


「おう。お前のも、同じでな」


「えへへ。分かった!」


 湯を用意しながら振り向くと、紗月が二枚の皿にケーキを載せていた。


 今度は、最初から二人分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。