第114話
「うん、大丈夫です」
モサヒーは反射的にそう発言していた。
「え?」
「何?」
「何が?」
周囲にいた者たちすべてが、彼に振り向きつつそう問うた。
「問題ありません」モサヒーは続けてそう言い終わってから周囲を見回し返した。「うん」
◇◆◇
子ではないが、コードセムーの体内に存在するモサヒーの細胞は、外部から侵入してきた抗生物質の分子構造をモサヒーに向け送信した後、変わりなく外部情報を検知し続けていた。
またその最中、セムーの細胞内に寄生し特定の蛋白質を作成放出していた細菌が、抗生物質の作用により破壊され始めるのと、そのためセムーの細胞自体が次第に不活性化してゆくのとを検知し、外部情報に付加してモサヒーへフィードバックしていた。
そしてセムー本体が死滅した場合、その報告を最後に外界へ、つまり地球大気圏内へ脱出する手筈だった。
だがセムーは死なず、不活性状態のまま生存し続け、やがて彼女のRNAはそれまで寄生細胞が作っていた蛋白質を自らコードすることをし始め、やがて元通りにほぼ近い活性状態へと復旧したのだ。
モサヒーの細胞はその一部始終を、その時点では単調なパターンと化していた外部刺激──セムー本体が動いていないのだからそれは無理もない事だが──に付加してモサヒーにフィードバックし続けていた。
やがてセムーの中枢帯は能動的に意識及び考察を働かせる事を再開し始め、最初はそれでも、いつにも増してうすらぼんやりしていたセムーだったが周囲の生物とコミュニケーションを取る内、突如として非常に明確な意識を生成し発話したのだった。
「私の中には子どもがいるの。私の体が麻痺しているってことは、その子どもにも悪い影響を及ぼすんじゃないかしら?」
モサヒーの細胞は──その大声に恐れをなしたというわけでもないだろうが──セムーの叫びをその音量そのままにモサヒー本体へフィードバックした。
それはあたかも、モサヒー本体のすぐ耳元でセムーにより叫ばれたようなもので、そのためモサヒーは反射的に反応してしまったのだ。
「うん、大丈夫です。問題ありません、うん」
モサヒーの細胞自体は寄生細菌の存在を持たないため抗生物質による影響を特段受けておらず、活動に何ら支障を来してはいなかったので、それは妥当な回答であった。
モサヒー自身の周囲の生物をたまげさせたこと以外は。
◇◆◇
モサヒーの即答はそれでもセムーに届かず、無論他の誰にもそれと同等の答えを彼女に与える事ができず、結果としてセムーの問いは地球大気中に雲散霧消するしかなかった。
「子、って」唯一ベルーだけが、朧げな記憶を探るため双葉を複雑な形に歪ませた。「あんたが前に一斉送信してきた、レイヴンの仲間、つまり、ええとモサヒーの?」
「──」セムーは大きく息を呑んだ。
モサヒー。
そうだ。
モサヒー。
モサヒー!
「モサヒーだって?」シャチらが驚く。
「モサヒーの子を宿しているのか?」
「しかし初めて聞いたぞ」
「そうと知っていれば」
「うむ、やはりモサヒーにこの仕事を依頼するのは」
「ひどく酷なことをしてしまったということか」
「おお」
「彼は何故それを理由に断らなかったのか」
「レイヴンのためなのか」
「彼はレイヴンに従属しているのか」
◇◆◇
「うん、いえ、違います」
モサヒーは反射的にそう発言していた。
「え?」
「何?」
「何が?」
周囲にいた者たちすべてが、彼に再びそう問うた。




