第115話
「コードルルー、応答せよ」
出し抜けにギルド本部から通信が入った。
ルルーははっとして応答信号を発信しようとしたが、すんでのところでそれを制止し、地球時間で一秒間の考察を行った後するりと上空へ飛び上がった。
モサヒーの突発的発言に驚愕していた他の者たちが、今度はルルーのそんな突発的行動に続けて驚き上空を見上げた。レイヴンに至っては中枢帯にて多くの発火を必要とした。警戒と注意集中のためだ。
「コードルルー」本部から再び応答への催促が来る。「現況を報告せよ」
「はいこちらコードルルー」ルルーは地上百メートル余りの地点まで来てやっと答えた。「現在インドの草原地帯にて捕獲動物と共に行動中」
「コードルルー」本部の者はその名を呼んだが、その声は決して『無事で良かった』と思ってくれている様子のものではなかった。「君は現在、別の捕獲対象と共にいるようだが」
「──」ルルーの頭頂にしびれに似た刺激が走る。
別の捕獲対象、とは──いわずもがなだ。しかし何故本部がそれを知っている? 無論明確だ。
誰かが、この近くを『通りかかった』のだろう。そして見た情景、推測可能な状況をそのまま本部へ垂れ流した。
だが『そいつ』は、ルルーを手助けしようなどとは露ほども思いつかなかったというわけだ。ルルーは双葉をチッと弾き鳴らした。「それで自分はギルドの役にたってるつもりなんだろうな、大方」
「何か言ったか、コードルルー」本部が鋭く独白に反応する。
「──」ルルーは素早く返答語句を構築した。「現在、多くの地球生物たちに取り囲まれている。大変な危機だ。大至急、近場にいるギルド員を応援に寄越してくれ」
「了解」本部の者は珍しく即答した。「捕獲生物は無事か」
「ああ。問題ない」ルルーは遥か下の地上を見下ろしながら頷いた。「レイヴンの捕獲は現時点では難しい。分解能電子銃のバッテリーも切れそうだ。至急応援頼む」そう繰り返してからルルーは通信を切った。
地上へ戻る。
近づくにつれ、何か言い争いをしているような雰囲気が感じられ始めた。
──なんだ? もううちの仲間が到着したのか?
一瞬そう思ったが、ルルーはすぐにそれを否定した。まさか。『うちの仲間』がこんなに素早く行動するはずはない。
では一体?
「あっちへ行ってよ、でか牛」
「あんたこそどっかへ行きな、ちび鹿」
甲高い二つの叫び声が同時に聞こえた。
ルルーはひとまず降下速度を緩めた。ミルキィの存在を確かめる。彼は無事でいるようだ。すぐ近くに忌まわしきレイヴンが漂ってはいるけれども──
そのレイヴンは、何故か非常に困惑している様子が見て取れた。
そろそろと降りてゆく。
「うるさーい!」突如襲い来る絶叫に、全身が痙攣に似た震えを起こす。「あんたなんか要らない!」
これは──インドキョンだ。
別名ホエジカと呼ばれるその動物は、なりは小さいが声だけは大きい。自身うるさい動物がそれを棚に上げ「うるさい」と誰かを非難している。
「あんたこそ要らないわよ」
それに対し怒鳴り返すのは、ブラックバックだ。
倍ほども体格の違う偶蹄目の雌同士が、睨み合っていた。
「コス君のお嫁さんには私がなるんだから!」インドキョンがまた絶叫する。
「ほほほ、馬鹿言ってるんじないわ。彼のお嫁さんはもう私に決まりよ」ブラックバックがせせら笑う。
「私よ──!」インドキョンの叫びは最大級となり、ルルーだけでなくその場に存在する恐らくすべての生物が縮み上がった。
「ははは、ま、まあまあ」なだめ役としてレイヴンがしゃしゃり出て来る。「お二方とも落ち着いて。コスはその、地球の動物ではなくて」
「ぼくは二人ともとても美しいと思うよ」コス、地球産偶蹄目に似たレイヴンの連れの生き物が口を挟む。「二人がよければ、ぼくは二人ともと結婚してもいい」
「ええっ」キオスが驚いてコスを振り向き、
「あはははは」楽しそうにオリュクスが笑い、
「な、何を言ってるんだコ、コス」レイヴンがおたおたとみっともなく騒ぐ。
「あら、そんなことしたら」ブラックバックがコスに意見を述べるが、その声にはどこか甘えるような響きがあった。「大切な遺伝情報がおかしなことになっちゃうわ」
「大丈夫さ」コスが気取ったウィンクを返す。「ぼくらの子には繁殖能力がないからね」
「私よ──!」インドキョンがまたしても絶叫する。「コス君と結婚するのは──!」
何回聞いても皆の細胞はぶるぶると震え、びくびくと慄いた。




