第112話
自分の体内で何かが動くのを感じる。
これは何なのだろう──細菌? ウイルス? 細胞? それとももっと小さい──分子? 電子? 素粒子?──
何にせよそれは、非常に慌ただしくあくせくと動き回っている。
何をしているのだろう──何を焦っているのだろう?
それが自分自身を構築する要素なのか、それとも外部から自分の体内に侵入してきたものなのかすらわからない。
ただ、何かが──闘っている。
何かと、闘っている。
背後には、ずっと水が流れている。高速で。時折泡が弾ける音も聞こえる。
一体──
ここはどこだろう。私は──誰だろう。今、何が起きている──
考えるな
何かが制止をかける。
今はその時じゃない。何もするな。思考も。意志も。希望も。すべて封じ込めろ。
今しばらくは。
そう、やがて彼が助けに来る。
きっと。
モサヒーが──
◇◆◇
「ここに、いたいって?」レイヴンは触手を震わせて訊ねた。「つまり、地球に?」
「おいしい草とはつまり、ここら一帯に生えているナンゴクワセオバナなどの事か?」コードルルーも双葉を震わせて訊ねる。「つまり、アジアに?」
「みー」マルティコラスが鳴く。
「うん、ここ」ボブキャットが通訳する。「ってさ」
「いいね」声を張り上げたのはオリュクスだった。「この辺りなら、広くて走りやすいし、ぼくも一緒にいてあげられるよ」
「じゃあ、ぼくも」キオスも興奮気味に続ける。「アジアゾウさんと一緒にいられるし」
「──ここには」コスが少し控えめに続ける。「有蹄類の子は、いるのかな? ウシ科とか、シカ科とかの」
「ウシ科なら、ガウルがいるよ」すぐにアジアゾウが答える。「ほら、あそこで草を食べている」鼻で遠くを差す。
「どれ、どこ──」コスは素早く示された方向を見やり、しかし口をつぐんだ。「──」
「ははは」インドサイが笑う。「ガウルもいい子だけれど、君には少し体のサイズが大きすぎる相手でしょうね。ブラックバックというレイヨウの方が似合うのでは」
「レイヨウ?」コスが突如として声を張り上げインドサイの方に振り向く。「どこ、どこにいるのその子?」
「うーんと」インドサイは周囲を見回す。「このところあまり見かけなくなってきましたからねえ。足も速いし、なかなか──」
「えっ、速いの?」今度はオリュクスが大声で割り込む。「ぼく、競争してみたい」
「待てよ、俺が先にその子と仲良くなるんだからさ」コスがいきり立つ。
「コスは、そんなに急いで結婚したいの?」キオスが呆れたように言う。
「皆、憶えているよね?」
ついにレイヴンが叫び、一同はしんと静まり返った。
「ぼくたちは、地球にこのまま居続けるわけにはいかない。帰らなきゃいけないんだ」そこまで言うとレイヴンは、触手にぐっと力を込めた。「マルティも、一緒にね」
「だから」そしてルルーも負けじと叫ぶ。「何度も言うけれど、君にミルキィを連れ帰ることは不可能だと言っているんだ」
「今はね」レイヴンは冷静さを保ちつつルルーを見る。
「──今は?」ルルーは警戒を強める。
「鍵はこちらも握っている」レイヴンはそれだけを言うとマルティに近づいて行った。
「鍵?」ルルーは訊き返すが、レイヴンに負けじとミルキィの近くへ飛ぶ。
「マルティ、いいかよく聞くんだ」レイヴンは構わずマルティコラスの頭部にそっと触手を置いた。「ぼくが、必ず君を解放して、一緒に帰れるようにするよ。ナンゴクワセオバナの味が気に入ったのなら、その種子を少しもらって帰ろう──本来それは違法行為になるかも知れないけれど、そうだな、例えばその草のゲノムを解析して、うちの星にある植物でそれに似ているものがないかどうかを探す手もあるし、うちの星の植物自体に改良を加えることもできるはずだ」
「にゃーん」マルティコラスは目を細め、甘えた声を出してレイヴンの触手に頭をなすりつけてきた。
「ミ」その様子を見てルルーは衝撃を受けた。「ミルキィ」
「何言ってんのか全然わかんない」ボブキャットが通訳した。「ってさ」




