第110話
「セムー」コードベルーは冷静な声で呼び掛ける。「あんたのエネルギー残存量、あとどれぐらいある?」
「──あと」コードセムーはすばやく計量計算し、答える。「このサイズなら七、八頭ぐらいってとこね」
「そう。あたしと合わせても二十頭弱、クジラならせいぜい一、二頭分ぐらいか」
「群れで来られると厄介だわ」二体は低くおさえた声を密かに交し合う。
「お前ら」
恫喝めいた声で、近づいてきたシャチが呼び掛ける。「体の調子は、どうだ?」
二体は言葉を失い固まった。
「どこか具合が悪いことはないか?」シャチは続けて、恫喝めいた声で訊ねてくる。
「──お陰様で」ベルーは慎重に低くゆっくりと答える。「特に問題はないわ」
「そうか?」シャは確認しながら、ゆっくりと距離を縮めてくる。
見たところその者は単独で、他のシャチと群れてはいないようだった。だが油断はできないと、二体のギルド員は電子線の射出態勢を維持し続ける。
「抗生物質を受けたのは、お前らではないのか?」シャチが問う。「海に潜って来るということは、お前らが投与対象なんだろうと思ったが」
二体は再び硬直した。
「ど」ベルーが、叫ばぬよう自らを制しつつ訊ねる。「どういうこと? 抗生物質?」
「ああそうだ。カルバペネムだ」シャチは淀みもなく答えた。「お前ら、モサヒーと一緒にいなかったか?」
セムーが息を呑む。
「仮にそうだとして」だが彼女が絶叫するよりも早く、ベルーが後を引き継ぐ。「なぜ私たちが海に潜って来ることを予測していたの?」
「ああ、細菌対策でな」シャチの声から恫喝めいたものは消え、その代わりその個体は二体のすぐ傍まで辿り着いた。その気になれば一瞬で二体とも呑み込んでしまえるだろう程に。
「細菌、対策?」ベルーは復唱するが、その声は少しばかり震えていた。
「ああ。海中に生息するファージどもを捕まえに来るだろうと、皆で予測していた」
「──」
「何ちょっと、ベルーあんた、こいつらと思考同期設定でもしてたの?」セムーが驚きつつも同僚に確認する。
「そんなの、するわけ」
「おお、来ていたか」
その時遠くから別の声が届き、たちまち近くにまで泳ぎ来た。もう一頭のシャチだ。
「久しぶりだな。セムー、といったか」
「えっ?」セムーは名を呼ばれたことに驚愕し、双葉をぴんと直立させた。「誰?」
「ははは、まあ俺たちは大群でいたからな」新参のシャチは愉快そうに笑う。「だがほら、他に巨大なウマや、その背の上にボブキャットもいただろう。この近くの海の上で、一度顔を合わせたよ」
「まじで?」セムーが茫然と答え、
「ちょっと、あんたの方こそ位置情報追跡設定されてんじゃないの」ベルーが声を荒げた。
「ばっ、ばっ」
「ははは、そんなことはしていないさ」セムーが金切り声を挙げるよりも早く、シャチたちは明るく否定した。「ただ皆で予測していただけだ」
「──」
二体は、凝り固まった。
皆で、予測。
そして今、まさにその予測通りになっている。
この後、取るべき行動は──
「それで、抗生物質の影響はまだ出ていないのか?」
後から来た方のシャチがそう言ったが、それはどこか、遥か遠くの異世界の奥から届くような、小さくて聞き取りにくい声だった。
二体は互いを見たが、互いに相手もどうやら同じ状態にあるらしいということがわかった直後、どちらもするりと意識が抜けて行った。




