第109話
コードベルーとコードセムー、二体のギルド員は今、アジアを南下し海の上へと出ていた。
しばらく進んだところで、ベルーが推進速度を落とし始めた。
「そうね、ここいら辺で当たってみましょうか」
「当たるって、何に?」セムーがきょとんとしながら問いかける。
「ファージよ」ベルーは声を低める。彼女は何故か、ウィルス関係の事を話すときだけ声のトーンを極力低く抑えるのだ。「海中にいるやつ」
「へえ、そう」対するセムーは他人事のようにあっけらかんと答える。「がんばってね」
「そうじゃなくて」ベルーは声のトーンを元通りに高める。「あんたも行くのよ。ウィルス確保に」
「ええー」セムーは頭頂の双葉をげんなりと倒した。「あたしもー?」
「そうよ。何のためにあんたをここまで連れて来たと思ってるの」対するベルーは双葉をくるくると高速で回転させる。「ほら、行くわよ」
「でもあたし」セムーは抵抗を試みる。「なんだかさっきから、体がちょっとだるいのよ」
「は?」ベルーは否定と非難の色合いを声に込めたが「──」それを言葉にすることを躊躇った。
何故なら、ベルーの中に、セムーの言うことに同意する要素が存在していたからだ。
さっきから、体がちょっとだるい──
カルバペネム? 否、まさか。
「きっと、ずっと高速で飛び続けてきたから老廃物の排除が追いついていないのよ」ベルーは、セムーと同時に自分にも納得させるべく、そう推論を述べた。
「やっぱり? そうでしょ、ちょっとどこかで休憩」
「だけどこれは緊急指令よ」ベルーはセムーの依願を蹴った。「休んでなんかいられないわ」
「ええー」セムーは双葉をいきなり長く伸ばしたかと思うと、次の瞬間それをげんなりと倒した。「体調悪いまま仕事しても、効率が悪くなるだけよ。よけいに疲れるし。悪循環だわ」
「いいえ、ここでこうしてうだうだ議論する時間こそ効率化の妨害だわ。海に潜るわよ。そこで話しましょう」ベルーは言い置いてただちに降下し始めた。
「ちょっとー」セムーは大声で呼び止めたがベルーは停まらず、地球時間で数秒の間迷った後、結局セムーも後に続いた。
海の中は、静かだった。
水圧に対応し、外装部が分子配列を自動変化させる。たちまち息苦しさも推進速度減少も改善され、地上にいた時と同じ感覚で移動できるようになった。
ベルーの姿を追い、泳ぎ進む。
魚類、海藻、甲殻類、微生物──『捕獲対象』と検知されるものはまだ出て来ていない。
「そうだ」セムーはそのことに思い至った。「ちょっと、ベルー」同僚を呼ぶ。
ベルーは最初、まったく停まりも振り向きもせず、まるで聞こえなかったかのように見えた。
セムーは信号レベルを最大にしてもう一度呼ぼうとした。「ベル」
「何」突然ベルーは停まり、あやうくその後ろから衝突するところだった。
「うわっ」セムーは慌てて停止する。「危ないじゃないの」
「あんまり大声で呼ばない方がいいわ」ベルーが素早く周囲を見渡す。「ここにも多分、レイヴンの『仲間』がいるはずだから」
「あ」セムーは双葉をぴくりと震わせた。「そうか」
「で、何?」ベルーは用件を確認する。
「そう、そうよ」セムーは双葉を伸ばして回す。「ファージを捕まえるっていうけど、そのファージをどうやって識別するの? 本来あたしらの捕獲対象リストには入っていないんでしょ? どうやって見つけるのよ」
「──」ベルーはじっとセムーを見たまま黙り込んだ。
あんたそんなこともわからないの? そういった言葉が出て来るのだろうと予測したが、それは伝わってこなかった。まさか。
「ベルー、あんたまさか」セムーは恐るべき予測を心に抱きつつ訊ねた。「何も」
「呼び掛けるしかないわ」ベルーはついにそれを口にした。「あんたはファージか、って」
「──」
「あとは、いつも通りよ」
「あのさ」
「何」
「改めて聞くけど、ファージを集める理由、目的は、何?」セムーは久しぶりにギルド精鋭部隊構成員らしく、鋭い疑問を提示した。「これはベルー、あんたの個人的な作業にあたるのよね?」
「──」ベルーも鋭い視線をセムーに向け返す。「さっきわかったでしょ。レイヴンたち、あんたの夫も含めてあいつらは、地球の細菌どもと手を組んでいる。その細菌を食い殺してもらうために、ファージを捕まえておくのよ」
「それだけ?」
「いいえ。さらにいえば、私たちがこれから対峙すべき狂犬病ウィルス、そいつから身を護るためにも、役に立つと思われるわ」
「──そんなにうまく行くかしら」
「行くわ、私たちは、ギルドよ」
「お前たちは、双葉なのか」
その時、恫喝めいた呼び掛けが突如聞こえた。
二体のギルド員がはっとして振り向いた先にいたのは、シャチだった。




