第108話
「モ」レイヴンは、信じられないという想いと、いや来てくれるとわかっていたという想いと、どうやってここまで? という想いと、その他様々な想いに突き上げられ「モサヒー!」ただその名を叫んだ。
「レイヴン」モサヒーが再度呼び掛けた時彼はすでにレイヴンの真ん前、大きく見上げなければならない位置にまで来ていた。
キャンディのたてがみに触手を結びつけた状態で。
「モサヒー」次にその名を警戒に満ちた声で呼んだのは、コードルルーだった。「君が?」
「どうも、うん、ぼくがモサヒーです」モサヒーはたてがみから触手を離し、レイヴンらと同じ高さにまで降りてきた。「君は誰ですか」
「──」ルルーは名乗りを躊躇する様子を見せた。が、
「彼がコードルルーだよ」レイヴンがさっさとその正体をばらした。「モサヒー、君が教えてくれた通り、この双葉がマルティの傍にいたよ」
「うん、そうですか」モサヒーは頷く。
「教えてくれた? はて」ルルーはそこで初めて語った。「モサヒー、君と私とは今初めて会ったはずだが、何故そんな情報をレイヴンに教えることができたんだい?」
「うん、それは」モサヒーは答えようとした。が、
「ああそうか、君確か、セムーと結婚したんだよね」先にルルーが、白々しく思い出したように言った。「おめでとう! モサヒー」
「──」
「そして確か、セムーの体内に君の子が存在しているんだったよね」ルルーはさらに言う。「たいそう優秀な、子が」
「うん、はい」モサヒーは特に否定もせずシンプルに答えた。
「──」そのためルルーは却って言葉を見失いかけた。が、
「あれ、そういえばセムー、さんは?」レイヴンがふと気付いたままその問いをかけたのだ。
「あ」ルルーもその時初めて気付いたように、今更ながらモサヒーの周囲と、彼を連れて来た馬鹿でかいウマ類似動物の周囲を見渡した。
「うん、セムーさんは」モサヒーは説明を始めた。「突然やって来たコードベルーさんという双葉に連れ去られていきました」
「え?」レイヴンが訊き返し、
「ベルーが?」ルルーが訊き返す。「何故」
「何か、うん、ギルド本部から緊急指令が下されたようです」モサヒーは補足説明をはじめた。「しかし本来それは、うん、どうやらベルーさんのみに下されたもののようですが、うん、セムーさんもついでに引っ張られていきました」
「そ」レイヴンは、同僚モサヒーの冷静な表現について慣れてはいたが、改めてその冷静さに多少たじろぎつつ答えた。「そうだったのか」
「ははは、なんだそうか」ルルーはシニカルな笑い声を挙げる。「てっきり彼女は君に殺されたのかと思ったよ」
「うん、殺してはいません」モサヒーは冷静に答える。「まだ」
沈黙が流れた。
「まだ?」ルルーが静かに訊き返す。「どういうことだ?」
「セムーさんと、ついでにベルーさんにも、うん、地球産抗生物質を投与しました。その効果については、うん、まだわかっていません」モサヒーは答えた。
また、沈黙が流れた。
「へえー」
その時、いつの間にキャンディの背の上から地上に降り立ったのかボブキャットが感慨深そうな声を挙げた。
「本当に、でかいなあ。確かにネコ科、俺らに似てるよな」彼は今、マルティコラスの真ん前に立ち、体を大きく仰け反らせその姿を見上げている。
「にゃー」マルティコラスもボブキャットを見下ろし元気よく答える。
「いやあ、俺会いたかったぜ、あんたにさ」ボブキャットは大きく頷く。「ボブキャットだ、よろしくな」
「みー」マルティコラスも、頷く。
「へえ、ミルキィ=マルティコラスか。立派な名前がついてるんだなあ」
「ええっ」そこまでを聞いてようやくレイヴンは驚きの声を挙げた。「き、君は」
「ミルキィの言葉がわかるのか」ルルーまでもが、持ち前の冷徹さをかなぐり捨て叫ぶように訊く。
「うん、そうみたいですね」モサヒーが推測する。「恐らく、うん、発声機能にも類似関係があり、うん、認知しやすいのではないかと思われます」
「ミルキィと、名乗ったのか」ルルーの声は、彼にしては本当に珍しく、今にも泣き出すのではないかと思われるほど震えていた。「自分のことを」
「そ」対するレイヴンも、こちらは絶望に打ちひしがれたような声を震わせた。「そんな」
「わー」ミルキィと名乗ったらしいマルティコラスが鳴く。
「ああ」ボブキャットが振り向き答える。「ミルキィって名前、かわいいから好きだってさ」
「──」ルルーが呼吸をも震わせる。「ミルキィ」
「みー」マルティコラスが再び鳴く。
「でもレイヴンが好きだから、マルティでもいいって」ボブキャットが通訳する。
「おお」今度はレイヴンが感動に触手を震わせる。「マルティ!」
「──私のことは?」ルルーがむきになり叫ぶ。「ミルキィは私のことをどう思っているんだ?」
「にゃー」マルティコラスが鳴く。
「普通だって」ボブキャットが通訳する。
沈黙が流れた。




