第106話
「あっ、ゾウさんがいる!」キオスが驚いたように叫び、少し飛び上がる。「へえ、インドにもゾウさんがいるんだね」
「ああ、アジアゾウだね」レイヴンが答える。「サバンナゾウとはまた別の種族になるよ」
「へえ。あ、確かにアジアゾウさんは、サバンナゾウさんより少し小柄だね。耳も小さい」
「ほらマルティ、見えるかい? あれが、アジアゾウだってさ」コスが、オレンジベージュ色の毛皮に包まれる大型の動物に向かって言う。
「うー」動物──マルティコラスは小さく答える。
「レイヴン、あのゾウさんたちに話しかけてきてもいい?」キオスが、草原の彼方とレイヴンとを交互に見て今にも走り出しそうにわくわくしながら訊く。
「ああ」レイヴンは頷き、自らもゾウたちのいる方へ進み始める。「そうだね、ご挨拶をしておこう。動物さんたちへの近況報告も兼ねて」
「よし、行こう。マルティ」コスが呼び掛ける。「こっちだよ」
「にゃー」マルティコラスは一声鳴くと、レイヴンら一行について行き始めた。
「ちょっと君たち、困るよ」だが一行に制止をかける声が挙がったのだ。
レイヴンを除く動物たちは、声の主の方をちらりと見遣ったが、進むことは止めずにいた。
レイヴンに至っては、まったく何も聞こえなかったようにアジアゾウの方だけを見て進んでいる。
「ミルキィ、こっちへ来るんだ」声の主──コードルルーはオレンジベージュの動物を呼ぶ。「美味しそうな草が生えているぞ」
「うー」ミルキィと呼ばれたマルティコラスがふと脚を止める。
「マルティ、大丈夫だ、行こう」コスが言い、
「マルティ、あっちの草の方が美味しそうだよ」オリュクスが言い、
「マルティほら、ゾウさんがこんにちはって」キオスが言う。
「わー」マルティコラスは再び前方を向き、歩き出そうとする。
「君たち、何するんだ」ルルーが苛立ったように非難する。「その子はうちの動物だぞ」
「それはお宅らの勝手な言い分だろ」コスが振り向き反論する。
「そうだよ。マルティはぼくらの仲間だ」オリュクスも振り向き断言する。
「いい加減にしないと、こちらにも考えがあるぞ」
ルルーの頭部の『目』が赤く光る。
同時にレイヴンの触手が伸び、ルルーの頭部に巻きつこうとする。
間一髪でルルーはそれを躱した。
「いい加減にした方がいいのは君の方だ」レイヴンはルルーに対し宣告した。「マルティはこちらで保護させてもらう」
「ははは、何を言っている?」ルルーはせせら笑う。「君の言う『保護』とは、どのようにすることなのかな? 君にはそれができると?」
「──」レイヴンは一瞬、切り返す言葉を失った。
ルルーの言っていることは──どういうことなのか?
忽ちの内に中枢帯がそれを考察し仮定する。まさか。いや、しかし──
「マルティ」レイヴンは自分に向かって落ち着けと言い聞かせる時の声音でマルティコラスを呼んだ。「いい子だ。これを見てごらん」
そして彼はマルティコラスに向かい収容籠を差し出した。
電子線がマルティに向かい射出される。
オレンジベージュの毛皮を纏ったその大きな体は、一瞬にしてゲノムコードを包含した粒となる──はずだった。
マルティコラスは、そうならなかった。
「あれっ」
「おやっ」
「えっどうして」
いつもそのやり方で籠に収容され保護されてきた三体の動物たちは驚きの声を挙げた。「マルティ、どうしてなんともならないの?」
レイヴンは、その問いに答えることができなかった。答えは、見えている。しかしそれは、とてもその場で口にできるようなことではなかったのだ。
「ああ、残念!」代わりにルルーが大袈裟に叫ぶ。「そうだね、この子の体はもう、君のところの方式で『保護』することが、できないつくりになっているのさ」
「──」レイヴンはいまだ何も言えず、ただ目の前で小首を傾げるオレンジベージュ色の動物を見守ることしかできずにいた。
「えっ、どういうこと?」キオスが、先ほどまでの楽しそうな声とは打って変わって衝撃と悲壮感を漲らせた声になり問いかけた。「マルティは、変わったの?」
「あっ」コスが叫ぶ。「前に南極でペンギンが言ってた、捕まえた動物のDNAを作り変えているっていう──」だがその声もすぐに恐怖感に包まれ消え入りそうになる。
「でも、マルティはマルティでしょ?」オリュクスまでもが、今までに見たこともないほど真剣な様子で声を高める。「ぼくらの仲間だよ!」
「それじゃ、本当の意味での『保護』を、特別に君たちに見せてやろう」ルルーはそう言うと、すっと高みへ浮き上がり「ミルキィ」と呼んだ。
「みー」マルティコラスが答え、ルルーを見上げる。
「やめ」そこでやっとレイヴンは声を発することができた、だがそれにどれ程の抑止力が期待できただろうか。
ルルーの目が、光る。




