第104話
「んああ、ん承知した」ストレプトマイセス・カトレヤと呼ばれた細菌はそう返事をし、潜んでいた土壌の中から姿を表した。
「カルバ、ペネム? って、なんだったかしら」コードセムーは聞いたことがあるようなないようなその物質名を、ひとまずギルド本部内のデータベースにて検索しようとした。
それよりも早く、ストレプトマイセス・カトレヤはモサヒーの触手の先端近くまで昇り来た。
モサヒーは素早く触手を解き、巻きつけ捉えていたセムーを大気中にさらした。
「んじゃあ、んはいこれ」ストレプトマイセス・カトレヤはセムーに抗生物質を押し付けようとした。
「させないわよ」
その時叫び声が挙がるとともに、セムーの姿は一瞬にしてその場から消えた。
「んあれ」ストレプトマイセス・カトレヤの突き出した物質は空しく宙を切り、モサヒーも即座に触手を伸ばしたが、セムーを再捕獲することはできなかった。
「うん、あなたは誰ですか」訊く。
訊いた相手は、訊くまでもなくギルド員そのものと視認できた。
「名乗るほどの者じゃないわ」ギルド員は回答を避けたが、
「何、あんたベルーじゃない」セムーがそれを無意味にした。
「うん、ベルーさんですね」モサヒーは自らも名乗った。「うん、ぼくはモサヒーです」
ああ。コードベルーは納得した。
これがモサヒーか。
なるほど、セムーがのぼせ上がるわけだわ。確かに彼は、見目麗しい。
頷きつつ、モサヒーをじっと見る。
「ちょっと」その視線に鋭く感づいたセムーが、語気鋭く宣告する。「この人はね、私の夫なの。わかるわね? 私たちは結婚している。生涯を誓いあったパートナーなの」
「いや」ベルーは次に思わずセムーをまじまじと見た。「あんた、今その夫から、何をされそうになったかわかってる?」
「何よ」セムーはいきり立つ。「何って──」だが返答に詰まる。「何?」
「カルバペネムよ」ベルーはもう一度モサヒーを、視線鋭く見た。「地球の細菌が分泌する物質。強力な抗菌物質」
「抗菌物質、って」セムーはぽかんとしている。「私たちに害があるもの?」
「それは」ベルーは少し言い淀む。「現時点では、まだ解明されてないわ。でも用心に越したことはないし」
「ん正しくは、んチエナマイシンだけどね」ストレプトマイセス・カトレヤが言葉を挟む。「んカルバペネムは、ん人間が作ったもの。ん俺の出したチエナマイシンからね」
「うん、そうでしたか」モサヒーが頷く。「恐らく動物たちも、うん、人間から得た情報を元にして、うん、戦略を立てたんでしょう」
「戦略?」ベルーが詰問する。「何の戦略かしら? 私たちギルド員に対して攻撃するってこと?」
「まさか、何言ってるの」セムーが驚いて叫ぶ。「モサヒーがどうしてそんなことをするのよ」
「セムー、あんた忘れたの?」ベルーがあきれ果てた声を挙げる。「あんたが夫だと思い込んでるこのモサヒーは、レイヴンの仲間なのよ」
「知ってるわよ」セムーは拗ねたように言い返す。「でも彼は」
「レイヴンは今、地球の動物たちと共同してギルドに闘いを挑もうとしている。モサヒーがそれに無関係でいるはずがないでしょう。いい加減目を醒ましなさい」
「何をばかなことを」しかしセムーには、ベルーの言葉を受け入れる余地など造られていないようで、せせら笑うのみだった。「あんた私に、嫉妬しているの?」
「ばかなことを言っているのは、あんたの方よ」ベルーは頭のてっぺんの双葉をぶるぶると震わせつつ叫んだ。「ほら、さっさと行くわよ」
「は?」セムーはきょとんとする。「行くって、どこへ」
「オ」ベルーは言いかけたがすんでのところで今後の動向を秘匿した。「本部から指令が来ているの。それを手伝ってもらうわ」
「は?」セムーはさらに声を高める。「なんで私が?」
「詳しいことは道すがら説明するわ。とにかく緊急よ、行くわよ」ベルーは言うなり自分の双葉をセムーの双葉に巻きつけ、高速推進をし始めた。
「うん、セムーさん」モサヒーが呼ぶ。
「あ、あなた」セムーが必死で停まろうとするが、ベルーは振り向きもしない。
「うん、待って下さい」モサヒーはさらに呼び止める。「ストレプトマイセス・カトレヤさん、うん、もう一度お願いします」
「んああ、ん承知し」
「私はファージを持っているわ」ベルーが振り向き叫ぶ。「これ以上私たちに何かするつもりなら、代わりにそれをあんたの体内に投げ込んでやるわ」
「んえ、んファージ?」ストレプトマイセス・カトレヤはぴたりと動きを止めた。「んそれは、んいやだなあ」すごすごと土壌中に引っ込む。
「うん、ストレプトマイセス・カトレヤさん」モサヒーは土壌を見下ろし、はるか彼方に遠ざかっていく二体の双葉を見遣った。
「あなた、待っていて」セムーの微かな声が届く。「すぐに、戻るから」
そして二体の双葉の存在は検知不能となった。
「うん、作戦失敗だ」モサヒーはこの後の計画を高速で構築した。「うん、鳥さんに頼んでシャチさんたちに、うん、連絡してもらおう」
「んああ、んごめん」その時、土壌の中からストレプトマイセス・カトレヤが申し訳なさそうに再び現れ出た。「んファージって聞いて、ん思わず尻込みしちゃって」
「うん、大丈夫ですか」モサヒーは気遣った。「ファージとは、うん、ウイルスのことですか」
「んああ、んそうだよ。んあいつら、ん手強いんだ」
「うん、しかしぼくの手抜かりでした。うん、失敗してしまい申し訳ありません」モサヒーは謝った。
「ん失敗? んしてないよ」しかしストレプトマイセス・カトレヤはモサヒーを見上げ、それを否定したのだ。「んあの双葉たちがやいのやいの言ってる間に、ん俺の仲間がやってくれたよ。んあいつら気付いてなかったけどね」
「うん、え、そうなんですか」モサヒーは驚いた。「うん、それはすごい。うん、ありがとうございます」
もう一度、双葉たちが去って行った方向を見る。
モサヒーは、やはりシャチらに、報告を飛ばす必要があると考えていた。
まずは作戦が『成功』したこと。
そしてその双葉たちは、恐らく海の方へ向かったこと。
さらにその双葉は『ウイルス』について言及していたこと。
補足として、ギルドは双葉に何らかの『緊急指令』を与えていること。
「うん、行きましょう」モサヒーは上昇し、キャンディのたてがみに捕まった──今度は彼単体で。「レイヴンのところへ」
そうして一行は、再び進み始めた。




