第100話
「来なかったな、こちらには」レッサーパンダはタケを咀嚼しながらふと呟いた。
「うん。来なかったな」別のレッサーパンダもタケを咀嚼していたが、ふと空を見上げて応えた。「ヒマラヤ山麓に向かっていたというから、てっきりそのまま我々のいる方へ来るかと思ったが」
「やはり、あれではないか」先のレッサーパンダもタケから口を離し、空を見上げた。「植生の変化」
「ああ」もう一頭は先の一頭に目を向けた。「ナンゴクワセオバナが気に入っていたようだったからな」
「うん」先の一頭も相手に目を向けた。「やっぱりあの草のある方がいい、とでも思い直したか」
二頭は互いにしばらく見つめ合った後、どちらからともなく再びタケに齧りついた。
「ミルキィ戻ってきた」
「マルティ戻ってきた」
「ミルティでしょ」
「マルキィじゃないの」
「マルミルティキィが」
「なにそれ」
「また戻って来たよ」
突然、タケの成分からそんな喧しいまでの情報群が大量に流れ込んで来た。
「うっ」
「うえ」
レッサーパンダらは思わず身を仰け反らせ、後肢二本で立ち上がった。
「双葉も来た」
「レイヴンも来た」
「双ヴンでしょ」
「レイ葉でしょ」
「双レイ葉ヴンでしょ」
「なにそれ」
「追っかけて来たよ」
「む」
「おう」
レッサーパンダらは後肢で立ちつつ互いに目を見合わせた。
◇◆◇
「ぶーん」アカヒロハシは持ち前の低音をくちずさみつつ、森を目指し飛んでいた。
たった今、北西の方より届きたての情報を、誰か見かけ次第伝えなければならない。それは決して、誰かから要求されたことでも強制されたことでもないのだが、この地球上に生きる上で、それを怠らずすることは食糧を捜すことの次に──いやもしかしたら同じ位に、大事なことなのだ。
つまり、生きるための基本戦略だ。
森を目指すのは、多くの仲間たちがそこに隠れているからだ。
華やかな羽毛や体毛を持つ動物たちは、森の中に注がれるモザイクのような光にうまく紛れ込むことができる。
さて、今掴んだばかりの話を最初に伝えるのは誰になるのだろう。
「ぶーん」
アカヒロハシは低く歌いつつ飛び続けた。
ざっくざっくざっくざっく
森に入る前に、その足音──今までに訊いたことのない、変わった音だ──が、鳥の背後から迫ってきた。
アカヒロハシはいったんやや上空へ『逃げ』、それからくるりと向きを変えてその音の正体を認識した。
四つ足の動物だ。
かなり、でかい。
だがマレーグマではない。ましてやテングザルやボルネオオランウータンなどでもない。
それらと比べることなど考えもつかないほど、それは巨大で──その意味では、あの非常に臭いショクダイオオコンニャクの方がまだ比較するに足る、がショクダイオオコンニャクはこんなに活動的に走り回ったりはしない。
「ぶーん」
アカヒロハシは引き続き低い声で呟くしかなかった。
「うん、こんにちは」
その時、明らかにその変わった足音の聞こえて来る同じ方向から、その声が挨拶してきた。




