第99話
森が近づく。殻はまっすぐに、迷いも躊躇いもせずそこへ向かっている。
つまりそこに、マルティコラスがいるということだ。
「マルティ」レイヴンは堪らず信号を送った。呼び掛けたのだ。
だがその時点で彼はまだ、マルティの傍に別の者たちがいることに気付いてはいなかった。
「うわあ、木がいっぱい生えてる」オリュクスが興奮した声で言う。
「森だ」コスも言う。「ここにマルティがいるの?」
「ああ。そのはずだ」レイヴンはなるべく冷静に答えるよう心がけた。「もうすぐ着くよ」
「マルティは元気かな。無事だよね?」キオスは少し心配そうに言う。
「そうだね、無事でいると信じよう。ギルドの」そこでつい言葉を止めてしまう。
ギルドの、世話役がちゃんとしてくれていさえすれば──
その言葉と一緒になって、レイヴンは『そいつ』のことを思い出したのだ。
コードルルー。
マルティがここにいるとすれば、あいつもやはりここにいるのか?
「マルティは、ぼくたちと一緒に帰ることができる?」コスまでもが、どこかしんみりした様子で訊ねてくる。
「──」レイヴンは正体不明の圧力に押され、すぐに回答ができなかった。
「帰れるよ!」代わりに、オリュクスが相変わらずの元気いっぱいで答えてくれる。「ねえ、レイヴン。マルティ、きっとぼくたちに早く会いたがってるよ!」
「そ」レイヴンは、何も考えぬうちに大きく頷いていた。「そうだね! もちろんだ!」
ぐるるる
その時、その声がレイヴンの検知帯に届いた。
はっと息を呑む。
「マ」大地に向け声を限りに叫ぶ。「マルティ!」
レイヴンは聞こえて来た鳴き声の出所を素早く計算し、殻の行く先がその地点とずれていないかを確認した。まさにその地点だ。マルティコラスが、生きて存在している、その座標だ。
「マルティ、今すぐ行くよ」再度呼び掛ける。
「君たち帰ったんじゃなかったのか?」
そう返ってたのは、マルティのものではない声だった。
「──えっ?」レイヴンはすんでのところで降下を緊急停止するところだった、だがすぐにその声の主について自分が知っていることを思い出した。「君、は」
「久しぶりだね」白々しく挨拶を寄越すのは、コードルルーだ。「レイヴン」
「──ああ」レイヴンは実際には停まらずにいた自分に少しだけ称賛を与えた。「ルルー、君か」
「それで?」ルルーはまったくもって何のための再会なのかわからぬ振りを装っていた。「『うちの』動物に何の用かな? もう君の代わりの世話役は決まったらしいが」
「──」レイヴンは触手が震えそうになるのを堪える必要があった。
うちの動物、だって?
「今」努めて冷静に、低いトーンを保ちつつ答える。「うちの本部で、君たちのもとに『我が星の』動物がどういう経緯で保護されることになったのか、調査中だ」
それは、正直に言えば単なるレイヴンの思いつき、口から出まかせでしかなかった。しかし彼には、事態がその方向へ動いているに違いないという自信があった。
なにしろラサエルをはじめとする組合が関わっているのだ。そういった調査を、会社にしろ国にしろ要求せずにはいないはずだ。
一体誰のせいで、レイヴンが地球で苦労しなければならなくなったのか? 誰に責任を問うべきなのか? そういうことだ。
「ははは」ルルーは可笑しくもなさそうに笑った。「それはそれは、ご苦労なことだ」
「ああ。もしかすると、銀河間会議において裁判となる可能性も出て来るね」
「──」さすがのルルーも、そこまで言われると下手に揶揄することもできないようだった。
そして。
「マルティ」レイヴンは、ずっと大人しく地面に座っている件の動物を、やっと見つめることができた。「ずい分待たせたね。わかるかい、ぼくだよ。レイヴンだ」
「にゃー」
マルティコラスは鳴いた。
「ああ、マルティ、無事でよかった」レイヴンは素早く移動しながら安堵の声をかけた。
「わー」マルティコラスは立ち上がりながらそう言って近づいてくるレイヴンに対し目を細めて顔を近づける素振りをした。「うー」
「ミ」ルルーは、今こそ衝撃を受けたように声をかすらせてその名を呼んだ。「ミル、キィ」
「みー」ミルキィと呼ばれたマルティコラスは次にそう言いながら、今度はルルーの方を見て鳴いた。
「え?」レイヴンもまた大きな衝撃を受け、今度こそ本当に停まってしまった。「マ、マルティ?」
「にゃー」マルティが振り向く。
「ミルキィ」ルルーが呼ぶ。
「わー」ミルキィがまた振り向く。
「マルティ!」
「みー」
「ミルキィ!」
「みゃー」
「かわいそうだよ」
「そんなにいっぺんに呼ばなくても」
「あははははは」
「あんたら一体何やってんだよ」
コスとキオスとオリュクスと、木の枝の上に留まったままでいたインドオオリスとが、それぞれ呆れ声や笑い声を挙げた。




