第98話
やっと探し当てたその動物は今、森の大地の上にちょこんと座り、虚空をじっと見つめていた。前進するコードルルーから見て、左手方向を向いている。
「ミルキィ」
そっと、名を呼ぶ。
ミルキィの目に今、ルルーの姿が映っているかどうかに疑問はあった。その遺伝電磁波形質の解析から、地球上の哺乳類に比べるとはるかにその解像能力が高いことはわかっているが、それであってもルルーの姿をこの距離で見つけられるかどうかは疑わしい。
だが声は、聞こえるはずだ。
「ミルキィ」ルルーはもう一度、その名を呼んだ。「そこを動くな。今すぐ、そこに行く」機能最大限のスピードを保ちながら、随伴対象の方へ近づいて行く。
ライオンのように毛深く太い足を持つその生き物は、身じろぎもせず、宙をじっと見ていた。
ライオン。
そう、この生物を初めて見たとき、ルルーは
「ライオンに似ているな」
と思ったものだった。
ミルキィのしなやかな体は夕映えのように美しいオレンジベージュで、縞も、ぶちもない。
そして、その瞳。
見つめられた者はもう、その場を立ち去ることが大変難しくなるだろう。ルルー自身がそうだった。
その黒く澄んだ宝石のような瞳を、いつまでも眺めていたい気分になるのだ。
そしてそれが小動物であれば恐らく、そのまま食われる。
「ミルキィ……何かいるのか?」ルルーは高速推進しながらそっと問いかけた。
ミルキィが今じっと見つめているのは、虚空ではなく、捕食対象なのか?
狩りの態勢を整えようとしている?
それであれば、自分は今すぐに、近づかない方がよいのでは──
躊躇がよぎる。
その時だった。
ガサガサッと音がして、野生のリスが突然現れたのだ。
――うわっ。
ルルーは、声にこそ出さずにいたものの、かなりのショックを覚えた。
インドオオリスだ。
リス――だがそれは、地球最大級のサイズを誇る種類のリスだった。鮮やかな紫色の毛を有するその体、尾の部分を除いても四十センチから五十センチほどもある。かなりでかい。
インドオオリスは、ミルキィの前に躍り出たまま動かない。
――何をしているんだ?
接近スピードを一旦落としながらも、インドオオリスが鼻をぴくつかせ立ち止まったままミルキィを真正面からじっと見上げている様に、疑問が大きく湧き起り、さらには不安が生じ始める。
インドオオリス自体は捕獲対象ではない。しかしこの動物は本来、捕食者から身を遠ざけるため樹上に常住しているはずだ。それが今なぜ、ライオンに似た大型動物の真ん前に、いつまでも突っ立っているのか?
――まあ、ライオンという動物そのものを見たこともないのだろうが……
そう、この辺りで大型ネコ科といえば、トラだ。恐らく体格でいえば、トラの方がミルキィよりでかい。
――何かを、話しかけているのか?
ルルーはふと、そう思った。見慣れない動物だから、珍しがって接触を試みたのか──しかしその体躯、形状からして、相手が自分を捕食するだろうことは判じられそうなものだ。
「ねえ、君がマルティコラス?」
出し抜けに、そう訊ねる声が聞こえた。インドオオリスがそう言いながら、ミルキィに向かってひょい、と首を突き出したのだ。
――え?
ルルーは意表を衝かれ思わず停まりそうになった。リスはすぐに首を引っ込めた。
――何だ?
そう思ううちにもインドオオリスはまた、ひょい、と首を突き出した。
「ねえ、ぼくの言ってることわかる?」
ミルキィは身じろぎもせず、インドオオリスを見下ろしている――が不意に、すっ、とその小さな(もちろんミルキィから見て、小さな)生き物から視線を外し、ルルーの方を見た。
「ミルキィ」ルルーは呼び掛け、やっとのことで随伴対象に追いついた。「どうしたんだ?」
「あれ、その子マルティコラスじゃないの?」インドオオリスの声がしたが、元の大地の上にその姿はなかった。その声は、近くの木の上から聞こえてきたのだ。
「お前は誰だ」ルルーは訊き返したが、自分自身のその問いかけに自分自身で答えを見出し、そして自分自身呆れた。インドオオリスじゃないか。「何をしているんだ」大急ぎで質問の内容を変える。
「いや、その子がマルティコラスなのかなと思って」インドオオリスは木の枝の上から答えた。「レイヴンが捜してるっていう」
「レイヴン」ルルーが瞬時に警戒態勢を取った時、
ぐるるる
不意にマルティコラスが、ごく短く唸り声を挙げた。




