第97話
地球の姿が少しずつ巨大化して行き、さらにはどんどん細やかな色彩を呈示し始め、レイヴンの検知帯にも地球上に生きる果てしない数の生体信号がぶつかり出した。
今回、彼は大地に降りた瞬間自力で個体再構築を施すに当り、着地座標の選択に『ある条件』を設えた。
マルティコラスの種特有スペクトルを捜し、それが存在するほぼ同じ座標に落としてもらうようにしたのだ。
コス、キオス、オリュクスら動物たちの収容籠も、同座標に着地させる。
もちろんまったく同一点には降り立てないから、僅かな小数点以下の差異はつけるが、それは可能な範囲ぎりぎりの所まで詰める。
うまく行ってくれ。強く願う。
リスクはある。というか、多大にある。
まず例によって、自分を外来生物だと認識した周辺植物たちからの排除攻撃。彼らが反応するよりも速く、動けるか。
これについては、レイヴン本人にはそこそこの自信があった。今までに幾度も──というと大仰だが、過去二回における試みは完全にうまく行った。
無論、油断は大敵だ。
それから、収容籠。こちらもかなりの高確率で、植物たちの攻撃対象となるだろう。とはいえ収容籠の強靭さは信頼に充分値する。ちょっとやそっとじゃ壊せないはずだ。
その前に再構築した自分が動物たちを素早く再生させ、彼ら自身で身を護る、ないし逃げおおせるのが一番賢いやり方だ。
無論、気負い過ぎてはならない。
さあ、今、懐かしき地球の大地が眼前に迫り来ている。
マルティのスペクトルは、どこにいる?
「うん、レイヴン」
その時、モサヒーの呼び掛ける声が届いた。
「モサヒー!」レイヴンはすぐに答え、そして「あはははは」と、どうしてか笑いを堪えきれなかった。「ただ今!」
「うん、お帰りなさい、でも、うん、どうしたんですか」モサヒーも楽し気に質問をする。「会社が、うん、倒産でもしたんですか」
「いやあ、どうなんだろうねえ」レイヴンは素粒子の状態のまま小躍りした。「でもね、なんと労働者組合が、掛け合ってくれたようだよ。社員の気持ちを斟酌しろとでも訴えてくれたのかも知れないね」
「ああ、うん、組合ですか」モサヒーは感心したようだ。「うん、それはぼくも思いつきませんでした。さすがはレイヴン、うん、君の人徳ですね」
「いやいや、あはははは」レイヴンは今や、子どものようにはしゃいでいた。
「うん、それでレイヴン、今度はどこの辺りに着地しますか?」
「ああ」レイヴンは目の前に迫る大地を改めて見た。
これは、どこだろう──いや、恐らくは、アジアだ。中央辺り。そう、インドだ。
「今回は、殻の機能でマルティを捜してもらっているよ」レイヴンは告げた。「マルティのいるところに、着地予定だ」
「うん、わかりました」モサヒーは素直に受け入れてくれた。「ぼくたちも、うん、そこを目指します。少し、うん、寄り道をして行きます」
「寄り道?」レイヴンの方は素直に受け入れず訊き返した。「何の?」
「うん、シャチさんたちからの指示に従うことになります」
「シャチ……ああ」レイヴンはぱらぱらと一つ一つ思い出していった。「そうか」
「あら、レイヴンなの? なんでまだ地球にいるの?」突然、大気を切り裂くような叫び声が割り込んできた。「おたくの輸送システム、ぶっ壊れでもしたの? 墜落?」
「あ、えと、あの、どう、も」レイヴンはたちまちしどろもとろになる。
「うん、それではまた、レイヴン」素早くモサヒーが対応し、通信は途絶えた。
◇◆◇
その翼つき大型ネコ科類似動物の生体信号を追っているのは、レイヴンひとりではなかった。
コードルルーは本部所蔵の追尾システムに自らを同期させ、種特有のものだけに留まらず今やギルド所有動物となったその個体そのものの持つ遺伝電磁波形質を、ピンポイントで所在確認することができていた。
後はまっすぐにそこへ向かうだけだ。
個体は、やがて見つかった。
鬱蒼と繁る森の中に、それはいた。
ルルーはほう、と安堵しかけたが、すぐに自分を律した。
見つかるのは当然だ。これで見つからなければ、ギルド全体の存続が危ぶまれることになる。
だが彼はそれでも、よくわからない気分の高揚を抑えられず、子どものように大きく上下移動していた。




