魔王ジュスティス。再び、ジャベリンへ。 2
エレスが長剣で、巨大なキメラに苦戦している処だった。
「その剣を貸しなさい」
そう言って、アネモネはエレスから長剣を奪い取ると、瞬時に巨大なキメラの頭部を切り落とした。切断面から新たに人間の頭部が無数に生えてくる。アネモネはエレスに剣を返す。
「成程。これは確かに困りましたわね…………」
無限に再生していく。
もしかすると、再生にはストックがあったり、中にこの怪物の肉体を維持する為の“核”があるのかもしれないが、やはり、この怪物を殺し続けるのも、核を探し当てるのは至難の業だった。
怪物の身体から現れる人間達が、多種多様な呪文を撃ち込んでいく。
中には、睡眠や麻痺系統の魔法も混ざっていて、それらを一般魔法のスクロールによって解呪魔法によって防いでいるのはサラナの仕事だった。
「この私は“毒殺”を試みてみますわ」
アネモネは両手に手にした短刀を交差させる。
彼女の手にした短刀の切っ先は、みるみるうちに紫色に輝いていた。
†
「エートルはイリシュの希望だった。私もエートルには期待していた。お前は私の大切な友人の未来を奪った。ジュスティス。お前は絶対に許さない!」
「それは、ベドラムとステンノーよりもかな? 彼らの方がより強大な悪だろう? 僕みたいな卑小な者よりも、彼らをより憎みたまえよ」
「ええっ。そうね。少なくとも、今、この瞬間はお前が一番憎い!」
水流による竜巻が、ジュスティスを攻撃し続ける。
ジュスティスは、岩山の一部と自身の身体を融合させながら、岩山を泳ぐように移動し、ロゼッタの攻撃から逃げ惑っていた。
アネモネは、巨大なトカゲのようなキメラを斬り付けていっているみたいだった。
アネモネの固有魔法『ブラック・ウィドウ』によって、キメラは苦しんでいるみたいだった。身体から生えている人々が阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた。苦しみで顔を覆ったり、泣き叫んでいた。
ダーシャはかなり胸糞悪そうな顔をしていた。
それでも、なおも弓矢を引き絞って、キメラへと命中させていく。
エレスの電撃が、辺り一帯に閃光として放たれて、周辺を爆撃していく。
「こいつは、どうやって殺し切ればいいっ!」
ダーシャは爆発の魔法を込めたスクロールを手にしながら、矢の先端へと巻き付ける。
「ひとまず、物理的に動かなくさせましょうか」
アネモネはそう言いながら、再びエレスから長剣を奪い取る。
「貴方は電撃で援護して、確実に動けなくしますわ」
「分かったわ…………………」
エレスはアネモネを睨みながらも、渋々、頷く。
アネモネは走る。
そして、キメラの脚をことごとく切断して回っていた。
明らかに、このパーティーの中でアネモネが頭一つ抜けて強かった。
エレスは両腕の掌から電撃を放ち、ダーシャは弓を弾き、サラナは魔法のスクロールを使い続ける。あらゆる方向から徹底して悲劇的な姿をしたキメラは攻撃され続けていった。
エレスの電撃によって身体が崩れていき、ダーシャの矢によって全身の大部分を爆破され、サラナのスクロールによって身体を燃やされていく。
そして、アネモネは淡々とキメラの脚の一本、一本を切断していく。
キメラの脚は全て切り落とされて、巨大な怪物は地べたへと倒れた。
それでも、なおも生きてキメラの身体の一部である人々がもがき苦しんでいるみたいだった。
「ダーシャ、こいつのいる地面を爆破してくださいませっ!」
アネモネは叫ぶ。
「分かった」
ダーシャはキメラのいる位置へと、矢を放つ。
キメラが立っている地面が爆破されていき、キメラは谷底へと落とされていく。
「よし。ロゼッタ王女と合流するか」
ダーシャが言った、その矢先。
鋭い何かが、ダーシャの左腕を切断していた。
ダーシャの左腕が宙に舞い、地面へと転がる、
「あっ?」
ダーシャは困惑していたみたいだった。
ジュスティスは、ロゼッタと戦いながらも、キメラと戦う彼らの姿をしっかり見ていたみたいだった。ジュスティスは自分の身体の一部。右腕を変形させて、金属上の鳥の翼へと変えていた。それは巨大な伸びる長剣となって、ダーシャの左腕を簡単に切り落としたみたいだった。
「油断大敵。もう弓は引けないねぇ」
ジュスティスはせせら笑っていた。
そして、ロゼッタの水流の魔法をいなしながら、何かを懐から大量に取り出しているみたいだった。それは小さな宝箱みたいだった。
アネモネは咄嗟にそれが何であるかを判断して、ジュスティスへと距離を詰める。
「させませんわっ!」
アネモネはジュスティスの首をはねようと迫る。
アネモネは腹を貫かれていた。
ジュスティスの変形した鋼の翼のようなものが、一本、変形してアネモネの腹に突き刺さったのだった。
アネモネは苦痛に満ちた表情を上げながらも、ジュスティスへと近付く。
そして、手にした長剣で斬り付けようとする。
ジュスティスは、宝箱をそこら辺に放り投げていた、
ジュスティスの胸元はアネモネの手によって、浅くだが傷付けられていた。
倫理の魔王は、全身から冷や汗を流しながら、アネモネから距離を取る。
アネモネの方も、腹のダメージが深く剣を取り落とす。
「私の毒の威力は苦しいでしょう?」
アネモネが訊ねる。
彼女は全身から冷や汗を流していた。
「確かに…………。君は強いな…………、クソ、身体が上手く動かせないなあ。この僕がなあ……………」
ジュスティスは片膝を地面に付ける。
宝箱は地面に投げられた後、開かれて、中から宝箱の分だけ怪物達が現れた。
それは先ほど行動不能にさせたトカゲ型の怪物が別の姿を取った者達だった。
あるものは、巨大な鳥。ある者は、巨大なクマ。あるものは巨大なライオンの姿をしていた。
それらの怪物全てが、身体から人間の上半身を生やしていた。
「畜生があぁっ!」
叫んだのは、ダーシャだった。
彼は、矢を残った右手で放ちジュスティスへと投げ付ける。
ジュスティスの左肩の肉を矢は抉り取っていく。
「…………これで、君達は僕には勝てなくなったねえ。全方角から、このローズ・ガーデンのキメラ達が魔法の詠唱を行う。僕はね。君達を確実に潰しに来たんだよっ!」
ジュスティスはそう叫んで、今にも小躍りしそうだった。
状況は完全に絶望的だった。
一体でも相手にするのに苦労した化け物達は、十体を超える数はいる。
ジュスティスは高笑いを浮かべ続けていた。
しかし、それもすぐに終わった。
何か遠くで奇妙な言語の詠唱が行われていく。
そして、光の柱のようなものが生まれる。
鳥型のキメラは空中で、その光に巻き込まれて瞬時に全身を消滅させていく。消滅する瞬間、キメラの身体の一部になった、かつての魔法学院の生徒達の成れの果ては涙を流し、感謝の表情を浮かべているみたいだった。
ジュスティスは、その光の柱を眺めながら、しばし呆然としていた。
山の岩場には、一人の真っ黒なコートに真っ黒な髪をした男が立っていた。
人間姿のディザレシーだった。
「俺は空中要塞をベドラムの代わりに、一時的に預かっている。黒竜のディザレシーだ。今、龍言語の魔法を使い、キメラを消滅させた。残りの怪物達も、そして、倫理の魔王。お前もこの俺が消滅させてやる」
ジュスティスはかなり焦った顔をしていた。
「私が、奴を切り刻みますわ……………」
アネモネは腹の傷口を押さえながら、苦しそうに叫ぶ。
「重傷者は黙っていろ」
水流のカッターが、アネモネの毒によって全身を振るわせているジュスティスの全身を切り刻んでいく。ジュスティスはもろにその攻撃を喰らい、叫び声を上げていた。
「この外道は私達が倒すっ! ディザレシー、来てくれてありがとうっ! 貴方はキメラ達全員を“楽にして”あげてっ!」
ロゼッタは魔法の杖をジュスティスへと向ける。
「そうだな。分かった」
ディザレシーはキメラ達の元へと、ゆっくりと歩きながら向かっていく。
ディザレシーの手によって、無数の魔法を唱えようとしていたライオン型のキメラが瞬時に光の柱によって飲み込まれて消し飛ばされていく。
「これで。これで、この僕に勝ったと思わないでくれよっ!」
ジュスティスは立ち上がりながら、指先を弾く。
すると残ったキメラ達が、まるで磁石のようにくっ付きながら、一体の大きなキメラへと変わっていく。先ほど、ダーシャ達の手によって谷底へと落ちていったキメラも空中に浮かびながら、巨大なキメラの一部へと変わっていく。
それは、巨大な蛾だった。
中央の腹に巨大な一つの眼球がある、蛾の姿をしたキメラだった。
キメラ達を融合させた為に、先程の一体、一体の怪物よりも
「また会おう。ごきげんようっ!」
ジュスティスはそう苦し紛れに言うと、全身を変形させて大量の白鳥の翼を背中から生やしていく。そして周辺に翼を飛ばしていく。
サラナが即座に防御魔法のスクロールを取り出して、それらを障壁で防御する。
エレスは空から電撃を落として、ジュスティス目掛けて撃ち落としていった。
ロゼッタは、水流の渦で倒れているアネモネを守っていた。
サラナの障壁の魔法を突き破って、翼の弾丸はサラナとエレス、ダーシャを襲う。彼らはみなそれぞれ全身を負傷させていく。
ディザレシーが淡々と、処刑執行人のように襲い来る翼の刃を弾き飛ばしながら、ジュスティスへと龍言語の魔法を撃ち込んでいった。
ジュスティスは咄嗟に、翼によって全身を覆っていく。
ジュスティスの身体は、消滅しようとしていた。
閃光によって、ジュスティスの身体は消し飛ばされていく。
「やったのっ! ディザレシーッ!」
ロゼッタは叫ぶ。
「いや。逃げられた。おそらく、創り出した翼の外殻だけ消し飛ばせただけか。地面と融合されて逃げられた」
ディザレシーは極めて不愉快そうな顔をしていた。
「こいつさえ、いなければ追うんだがなあ」
空全体を覆うかのような巨大な蛾の姿をしたキメラは、全身から生えている人間の頭部や腕から魔法の詠唱に取り掛かろうとしていた。
ディザレシーは口元で小さく呪文を詠唱しながら、右の掌をかざす。
すると、空から隕石が降り注いでいき、蛾の化け物へと命中し辺り一面に強大な衝撃を与えていく。
「今、楽にしてやるからな。哀れな生きた屍共」
そう言って、ジュスティスは掌をかざし続けながら、次なる魔法を放っていた。
鋭い光の線が、ディザレシーの右手から放たれていた、
蛾の中央の眼球は、まるでその巨大な槍によって貫かれていた……………………。
†
「負傷者を置いていけば、ジュスティスを追って確実に仕留められるかもしれん。どうする?」
ディザレシーは倒れている者達を眺めていた。
ロゼッタ以外は、ボロボロだった。
特にアネモネの負傷が酷い。
他の者達を相当にダメージを受けていた。
ダーシャは左腕を落とし、エレスは背中に翼の破片が深々と突き刺さり、サラナも刃の翼によって大きく両脚を切り刻まれていた。みな、一刻も早く手当が必要だった。ダーシャは自分の服の一部を引き裂き、ポンプのように血を流し続ける左腕を縛っているみたいだった。
「悔しいけど、皆の手当てが先ねっ! 私一人じゃどうにも出来ないからっ! ディザレシー、みなを運んでくれない?」
「分かった。ダーシャの左腕を拾っておけ。イリシュが戻れば、彼女の魔法によって接合させる事が出来るかもしれない」
「本当に、イリシュをこの前、処刑しなくて良かったわね」
ロゼッタは冗談交じりで言う。
この中で一番、負傷が酷いのはアネモネだった。
腹を貫かれている。
アネモネは意識が混濁しているみたいだった。
ロゼッタはアネモネを肩に担ぐ。
アネモネは呼吸を荒くしていた。
「死なないでよね。貴方に死なれたら、この国はエル・ミラージュとの信用を無くす。それはジャベリンの崩壊を意味する」
「それにしても、俺は戦略に失敗した。初手でキメラではなく、ジュスティスに古代魔法を撃ち込んでいれば、奴を殺せた。すまんな」
ディザレシーは珍しく、自己嫌悪の表情を浮かべていた。
「いや、仕方無いわ。一体でも減らしてくれたお陰で、今、私達の負傷が減っている。あの攻撃で、他のキメラ達の牽制にもなったしね」
「…………。次の機会があれば、もう少し上手くやる。すまんな、奴を確実に殺せなくて」
「…………。私がいつか奴を殺す」
ロゼッタとディザレシーは、しばし沈黙していた。
「俺達は置いていっていいから。ロゼッタ、ディザレシー。あのゲスを追い掛けろよ」
ダーシャは冷や汗を流し続けながら、告げる。
だが、そんな彼も腕を切断された事による出血多量によって、かなり危険な状態に見えた。
「アネモネに死なれては困る。的確に私が今、一番、死なれては困る人材を殺しに掛かってきた……………。最悪…………、ディザレシー、貴方、一人で追える?」
黒竜は首を横に振った。
そして、ディザレシーはサラナ、エレス、ダーシャの三名を纏めて背中へと背負う。
「今から空中要塞に向かって、怪我人の治療を行う。回復魔法を使える者が何名かいた筈だ。ロゼッタ。ダーシャの左腕は拾っておけよ。冷凍室に入れて保管しておく。イリシュがエル・ミラージュから戻れば、彼女なら腕を繋ぐ事が出来る筈だ」
「分かったわ」
ロゼッタは地面に転がっているダーシャの左腕を拾う。
切断面から筋肉と骨が見えて酷く痛々しかった。
「こんな時にベドラムがいてくれたら…………。本当に、いつの間に、何処に行ったのよ、あの女っ!」
ロゼッタは腹立たしい顔をしていた。
「自らを見つめ直す為に、放浪の旅に出たいそうだ。本当に困り者だな。お陰で、空中要塞の最高責任者は、今、俺がやっている。魔王代理という奴だな」
ディザレシーはみるみるうちに、巨大なドラゴンの姿へと変身していく。
背中には、三名を乗せていた。
<ロゼッタ。お前もアネモネと共に、俺の背中に乗れ、今から空中要塞まで向かう。特にアネモネの治療が間に合えばいいんだがなあ>
ロゼッタは無言で、アネモネを背負いながらディザレシーの背中へと乗る。
そして、ディザレシーは仲間達を落とさないように、上手い具合に空中要塞へと羽ばたいていったのだった。……………………ジュスティスという最悪の脅威を苦渋の選択で、取り逃す形で…………。




