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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
混沌の世へ。
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間章 無力な神の嘆き。最強の竜ディザレシーとロゼッタ王女。

「俺は何処までも無力だな」

 黒竜は天に向かって呟く。

 仰ぎ見るように呟く。


「平和主義を理想として掲げながら、結局は、俺は炎とカギ爪という暴力に頼る事しか出来ない。自分自身の思想さえも裏切っていると言える」


 王宮の裏側で人の姿となったディザレシーとロゼッタの二人が会話を交わしていた。


 ディザレシーは世界の恒久平和を夢見ながら、実質的には、ドラゴンの軍団を率いて、暴力的な威圧や威嚇を行い、武器商人であり経済侵略者であるソレイユを殺害しようと画策している。


 そもそも前提として、ディザレシーは空中要塞においてベドラムと意見を対立させながら、ベドラムの世界征服宣言にも同意し、それ以前にも空中要塞によるジャベリンによる支配を肯定してきた存在だ。だが、裏で色々とこのブラック・ドラゴンが悩んでいた事を知ってロゼッタは彼を空中要塞の“善意”としてとらえるようになった。


“思想と現実にやっている事が一致しない”。

 ディザレシーは、ある種、諦観と自虐交じりで悩んでいた。


 ロゼッタは、ある時から、ディザレシーに対しての奇妙なシンパシーのようなものを抱いていた。それはエル・ミラージュとの戦争を暴力ではなく、ステンノーとの対話で終わらせた事に対する敬意からだった。


「私達は理想に生きる事しか無いのだと思う。それでも、私達は私達の“正しさ”を信じるしかない。そうでなければ、私達が、エル・ミラージュや、この世界に理不尽に抗おうとしてきた意味なんて無い。ねえ、ディザレシー、そう思わない?」

 ロゼッタは、ベドラム以上の戦友のような感情を、この最強の魔族の黒竜に向けていた。


「私達の戦いに意味が生まれるのは、数十年後、あるいは数百年後の事なのかもしれない。それまでの間、ジャベリンや空中要塞が残っているのかも。エル・ミラージュが存続しているのかも分からない。ただ、それでも、私は理想を追う事が国家を代表する者の務めなのだと思いたい。だから、ディザレシー、貴方の戦いも決して無駄なんかじゃないと思う」

 ロゼッタは杖を天に掲げながら、アクアリウムで美しい景色を描いていく。


 この世を“弱肉強食”の論理、政治用語で言う処の“ネオ・リベラリズム”の論理で満たしてはいけない。それがロゼッタとディザレシーの共通の見解だった。それを世の理とするのは徹底的に間違っていると二人はこの世界に対して反逆している。


 そう。エル・ミラージュに限らず、マスカレイドやコンロンなど、世界全体の国々が、弱肉強食の論理を掲げるならば、ジャベリンはそれに抗わなければならない。


 ロゼッタ達が対峙しているのは、人類の歴史そのものであり、世界地図そのものであると言えるのかもしれない。


 アネモネの協力こそあるが、少しずつジャベリンは良くなっている。


「本当はソレイユも殺したくない。吸血鬼達とも、共存したい…………。だが、然るべき時がきたら、俺が奴を始末する」

 ディザレシーは、自身の固有魔法である『シャドウ・フレイム』を放つ。

 辺り一面に、戦争で亡くなっていった者達の幻影が影となって浮かび上がる。ディザレシーの魔法は、彼が見てきたものを記憶として再現する事が出来る。苦しみや、悲しみに暮れる人々の幻影が浮かんでは消えていく。ロゼッタはそれに合わせるように、自身の魔法アクアリウムの色取り取りの水族館をディザレシーの生み出した空間の中へと広げていく。


 沢山の珊瑚礁や空を泳ぐ魚達が、被曝によって苦しむ者達。爆弾によって焼かれる者達の姿に重なっていく。この終わりの無い闇を浄化していっているかのようだった。


「お前の魔法は美しいな。ロゼッタ」

「貴方の魔法こそ、高潔な感じがするわ。ディザレシー」


 こうして人間とドラゴンという異なる価値観や種族である者達が共鳴し合っているのにも関わらず、どうして、当の人間同士が断絶的なまでに分かり合えないのだろう?


 ディザレシーは過去を刻み続ける事が出来る。

 ならば、ロゼッタは未来へと向かって足を踏もうと考えていた。


確かに今、この瞬間には種族を超えた本物の信頼があった。ロゼッタはベドラムに対しての殺意こそ根深いが、ディザレシーにはそれが無い。いつか、人間とドラゴンが分かり合う事が出来たならば、それはベドラムではなくディザレシーが代表者になった時ではないかとロゼッタなどは思う。もっと、ディザレシーが静観せずに、ベドラムを止めていければそもそもジャベリンと空中要塞の火種も無かったのかもしれない。ロゼッタの仲間の騎士達も死なずに済んだかもしれない。ロゼッタは、沢山、ディザレシーに対してその想いをぶつけた。黒竜は無言でロゼッタの話を聞いてくれた。ディザレシーの瞳の奥には、悔恨のようなものが感じ取られた。


「……俺もまた一人で動かなければならないな。ベドラムの為でもなく、空中要塞の大義でもなく、俺一人の個人の意志として」

 ディザレシーの瞳は、優し気だった。そして強い憂いを帯びていた。


「貴方のお蔭で、ステンノー達からの核ミサイルによる攻撃から、ジャベリンを守る事が出来た。あの時は本当にありがとう」

 ロゼッタは心から礼を言う。


「俺は俺のやりたい事をやっただけだ。あの時は勿論、ベドラムと空中要塞の意志もあった」


 闇の中、二人の会話は尽きなかった。



 エル・ミラージュが空中要塞のドラゴン達を殺傷する為に、異民族の傭兵達を使って放射性物質を伴う爆破物を持たせ“人間爆弾”として自爆させ、その行為を『ドラゴン・スレイヤー』と言って人間爆弾にされた者達のナラティブ(物語)を英雄譚のように扱った事は、世界各国から核兵器の使用と同じくらいのバッシングが行われている。


 それでも、エル・ミラージュは倒れない。

 確固たる世界一の帝国として、存在し続けていた。


 ディザレシーも当事者の一人として、底知れない程の嫌悪感を、その非人道兵器に対して抱いていた。


 人間の倫理観の極北と、ドラゴン達の行く末を見届ける者として看過出来ないものだった。ドラゴンという同胞種族に対する冒涜と、彼が信じたい人間という種族の持つ道徳観、倫理観の崩壊の両方の観点からディザレシーは怒りを抱えている。



 事務処理の多くを、エレスやサラナ達に手伝わせて、ロゼッタは寝る間を惜しんで空中要塞の闘技場で、ディザレシーから戦闘訓練を受けていた。


 ロゼッタの固有魔法であるアクアリウムは、まあ成長段階だ。

 ロゼッタは、自身の魔法を魔王サンテの固有魔法『ヴァンダリズム』の完全下位互換だと自虐的に考えていたが、ディザレシーいわく、そもそも本質は違うものとして受け取った方がいいと伝えられた。サンテの魔法が海の怪物の召喚なら、ロゼッタの魔法は場に水族館を“生成”する性質を持っているのではないかと。


 だから“生成”という概念によって、自身の魔法を再定義していけば、そのルートで魔法を伸ばせるだろうと。


 ディザレシーは巨大な元の黒竜の姿になって、ロゼッタの水流カッターの攻撃の数々を受け止めていた。カッターはどんどん素早さを増していく。


<ベドラムの『ゴールデン・ブリッジ』には遠く及ばないが、いずれお前はもっと成長出来る。安心しろ。自身を持て>

 ディザレシーはロゼッタを一切、侮辱する事無くロゼッタの成長性を確信していた。


 黒竜は竜言語による古代魔法を使い、闘技場に竜巻を引き起こす、同時に天空から小さな隕石を撃ち込み続ける。竜巻による攻撃と隕石の落下の同時攻撃をロゼッタは避け続ける。そして、アクアリウムの水流カッターを渦のように撃ち込んだ後、まるで水の塊が爆弾のように破裂していく。


 水の爆撃による幾つかの攻撃が、黒竜の身体に命中していく。


<この俺の鱗の一枚でも剥がせるといいな>

 ディザレシーは笑った。


 ディザレシーは掌に、黒い球体のようなものを創り出す。

 そして、それを解き放つ。


 生まれたモノは、死者達の嘆きや叫び声だった。それが具現化し、残響となってロゼッタへと襲い掛かる。ロゼッタはその攻撃も避けながら、闘技場全体に巨大な螺旋状の濁流を空に作っていく。そして、その水の小型ミサイルのようなものをディザレシーにぶつけていく。


<ほう。今のは本当に良かったぞ、しかし、ロゼッタ。かなり消耗が激しいぞ。今日はこのくらいにするか?>

 ディザレシーは彼女を気遣うように訊ねる。


「いえ。まだまだよ。私は戦闘でも強くならなければならない」

 ロゼッタは眩暈で倒れそうになるが、何とかして立ち上がろうとする。


 そして、魔力の使い過ぎで、彼女は倒れた。

 どうやら、そのまま気絶したみたいだった。


<連日の激務による疲労も重なっているだろう。今日のお前はそもそもコンディションも悪そうだったしな。また明日もある。今日はゆっくり休め>

 そう言って、ディザレシーは人間姿になると、気絶したロゼッタを抱えて休憩所へと向かうのだった。


 休憩所に行った後、ロゼッタはすぐに眼を覚まして、修行の続きを申し立てられたが、ディザレシーは王女としての職務の事を指摘して、今日は休むように丁寧に説得するのだった。


 ロゼッタは確実に一歩ずつ強くなっている。

 ディザレシーは、ロゼッタの成長に光を見ていたのだった。


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