間章 ロゼッタの決意。
酒場の中だった。
冒険者をしているエレスやサラナを見かけたので、ロゼッタは一緒に食事をする事にした。ロゼッタは、民主主義を身を持って実行する為に、こうやって庶民達の元に向かい、彼ら、彼女達の話に定期的に耳を傾けている。
「はあ。それにしても、温かいシチューが食べられるのはいいですけど。私達、庶民は戦争後の物価高にずっと苦しんでますよ」
エレスはそう言いながら、シチューを頬張る。
「そうだね。繊維産業が集中していたアプスヘルムが焦土と化したから、今、エル・ミラージュ製の洋服を買う嵌めになっているし。何とか、出来ないんですかね、ロゼッタ様」
獣娘のサラナは獣耳をひくひくさせながら、エールを飲んでいた。
「これ以上は無理! これでもエル・ミラージュ製品はデザインが下品だから、ジャベリンの民に合うように、向こうのアパレル工場で専用に作って貰っている。それから物価高は、しばらくの間、破壊された都市の復興が絶望的だから、どうしようもない。……あと、ちなみにこんな事は言ってもどうしようもないけど、エル・ミラージュ製品の服を着たり、輸入された食品を口にするって事は。遠くの途上国の資源を間接的に搾取、略奪している事だからね」
ロゼッタは、そう言いながら苦々しげに、エル・ミラージュで売られているレトルト製品のビーフカレーライスを口にしていた。
「まったく。本当に空中要塞の戦争に巻き込まれる形になって腹が立っているわ。やっぱり、ベドラムもいつか殺す」
そう言いながら、ロゼッタはぶつぶつ何かを呟いていた。
「漁業が盛んだったスカイオルムは壊滅状態。農業と畜産業が盛んだったカシス・ロッドは核爆弾を落とされる……。私達のジャベリンは、今、空中要塞とエル・ミラージュの二つの国の事実上の“属国”にされている……。本当に、いつか、ベドラムも、ステンノーも、アネモネも、そしてソレイユもこの手で殺してやりたい」
ロゼッタは暗い顔をしながら、呪いの言葉を吐き散らしていた。
庶民以上に、王族であるロゼッタ自身が一番怒り狂っている光景を見て、サラナなどはこの王女は本当に信用出来るなどと思ってしまう。他の国民達もそうだろう。
ロゼッタは湧き上がってくる、その凄まじい怒気と、憎悪と、呪詛に打ち震えながら、親指の爪をがりがりと噛んでいた。
その光景を見ながら、サラナは寒気を感じて、エレスは何故か顔を赤らめて恍惚感に打ちひしがれていた。
「ロゼッタ様っ! 私、実は女の子が大好きなんです! よければ、私を憎っき相手だと思って、思いっきり鈍器で殴っていただけませんでしょうか!」
エレスは涎を垂らしながら笑う。
ロゼッタは明らかに不快感を露わにする。
「この気持ち悪い変態の言う事、聞く価値無いですよロゼッタ様」
サラナは、エレスを軽蔑的な視線で見つめる。
「……はあ、この子。変態なの?」
ロゼッタは無感動かつ興味なさそうな瞳をしていた。
「マジで、ヤバいくらいで。この前、また冒険者パーティーから追放されたらしいです。実力だけならエレスはパーティー最強なんですが。追放された理由が“気持ち悪いから”とか“同性の女にセクシャルハラスメントするから”だそうです」
サラナはゴミでも見るように、エレスを見る。
「変態の何が悪いんですか! ロゼッタ様っ! この通りですっ! よければ、是非、私を人として扱わないでください! ……ああ、私はロゼッタ様の床になりたい………、ロゼッタ様の椅子になりたい………床や椅子にして私を思う存分、踏み躙ってくださいっ! ロゼッタ様のお尻の体温を感じていたい!」
エレスは立ち上がると、乙女のきらきらした瞳をしながら、深々とロゼッタに頭を下げる。
ロゼッタは最初、何を言っているのか、意味が分からなかったが。
段々、言われた事の意味を理解すると、即座に立ち上がる。
そして、全体重をかけて生ゴミでも見るかのような冷たい視線で、右ストレートをエレスの顔面にぶつける。エレスは空中に飛んで、壁に激突していた。エレスは痙攣しながら、身悶えて快楽の表情を浮かべていた。
「この私の尊厳破壊を何一つしないで欲しいんだけど」
ロゼッタは衛星害虫を見るような視線でエレスを一瞥した後、カレーライスの残りを食べ始める。
「ロゼッタ様、あのゴミ、いつもあんな感じなんですよ。この前は、パーティーの女の子に縄で縛られながら、身動き取れない状態で、腹パンして欲しいと言って追放されたんですよー」
サラナは追加のエールを飲みながら、気怠そうにしていた。
「…………この国では、王族に対する不敬罪の罪が鞭打ちだから、喜ばれるだけよね。厳罰化しようかしら……?」
「例外的に、あれは死刑一択でいいと思いますよー」
サラナは酒臭い吐息を吐いた。
「それにしても、あのゴミ。ちょっと別系統ではあるけど、フリースと同じ臭いがする。なんで、頭がおかしいのって、あんなに無礼なのだろう」
ロゼッタは首を傾げる。
「火刑にしても、私はまったく構いませんよー」
そう言って、サラナは三杯目のエールを注文していた。
†
王都の街は平和が溢れていた。
ロゼッタは冷たい風を感じながら、この国の未来を憂いていた。
世界情勢は変わり続けている。
今は、紅蓮の国家コンロンが新たなる独裁国家として世界中に侵攻して資源を求めているらしい。……コンロンという国家との対立をジャベリンは避けたい。
「今度、被爆した場所にも視察に行けないかしら……。核攻撃で放射能が残留して、病気に罹ってバタバタ人が死んでいるらしいけれど…………」
エル・ミラージュを赦すわけにはいかない。
それでも、エル・ミラージュに依存し続けなければならない現状がある。
アネモネから言われた事だが、ソレイユが裏側でやっている事の中には、発癌性物質の高い穀物や野菜を売り付ける事らしい。
正確には、品種改良した除草剤が効かない穀物や野菜を安価で色々な国に売り付ける事によって、発癌性の高い除草剤の成分が国民の体内に蓄積され、病気で寿命が縮まるとの事だ。それは、ジャベリンから遠く離れた場所では新たな一大のビジネスとして成立しており、あの吸血鬼の王はそれに深く関わっているとの事だ。
「経済的搾取をされない為に、私ももっと勉強しないとね…………」
食料生産を他国に握られれば、国家の生殺与奪を握られる事に等しい。
今は、エル・ミラージュに頼るしかないが、いずれジャベリンは自立しなければならない。
「私はもっと強くならないと…………」
ロゼッタは空を見上げながら、深い溜め息を吐いた。
戦争が終結した今もなお、国民は貧困や被爆などの“構造的暴力”によって苦しみ続けている。ジャベリンの未来は何処に行くのだろう?
アネモネは言っていた。
弱い人間が悪いわけではない。
“頭が悪い人間が悪い”のだと。
それは、考えない人間。思考しない人間と同義ではないか。
だからこそ、ロゼッタ自身が求める強さの先には、知性も問われているのだ。
資源が無いのなら、せめて、ベドラムやステンノーを相手に”対等なパートナー・シップ“を取らなければならない。ジャベリンは軍事力では決定的に空中要塞や、エル・ミラージュに圧倒的に劣る。ならば、別の戦略を考えなければならない。
ロゼッタは、固有魔法アクアリウムを丘の道で広げていく。
空中に魚やサンゴ礁、ヒトデやクラゲなどが浮かんでは消えていく。
朝日が輝いていた。
ジャベリンの朝は冷える。
ロゼッタの灰色の髪が、風で靡いていた。
ロゼッタは、自分が無知だと自覚している。
だから、今は、アネモネやディザレシーから学ぶしかない。
いつか敵対する事になろうとも、彼らに教えを乞うしかない。
ロゼッタは、ジャベリンの農地の歩道を歩きながら自分がまだ守れているものを見据えていた。ニワトリの声も聞こえてきた。




