間章 イリシュの処刑。
ある日の事だった。
アネモネの調査によって、ロゼッタの付添人であるシスターのイリシュが吸血鬼のゾートルートに騙された事によって、ジャベリンの図書館に秘蔵されている核兵器の設計図、核兵器に類する魔法図式の書かれた『太陽の魔法』に関する機密文書を、吸血鬼の王ソレイユの手に渡った事が判明した。
「ベドラムが握り潰したみたいだけど。明るみに出たわね」
ロゼッタは、平伏するイリシュを見下ろしたまま、少し冷ややかな視線を送っていた。
「ジャベリンには、外患誘致罪という罪状があって。敵国に対してスパイ活動をした者は死刑一択なんだけど。……ちなみに無自覚に加担した者も該当するわ。イリシュ、覚悟は出来ているわね?」
そう言いながら、ロゼッタは優しくイリシュの頭を撫でる。
「断頭台か火刑かくらいは選ばせてあげるけど。どっちにする?」
ロゼッタは、にこにこと笑顔を作っていた。
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ! ロゼッタ様っ! 王女様っ! 私は生きたいです、死ぬのが怖いですっ! どうか、どうか、お慈悲をっ! お慈悲をくださいっ!」
イリシュは土下座しながら、完全に泣き喚いていた。
「五日後か一週間後を目安に、公衆の面前で死刑を執り行うわね。じゃあ、ちょっと牢屋で考えていてね」
ロゼッタは指を鳴らす。
すると、屈強な兵士二人が現れて涙と鼻水で顔を濡らすイリシュを、牢屋まで引きずっていった。
「さてと……………」
ロゼッタは、顎に手を置いて考える。
「もう裁判官に手を回したから、体裁だけでも。処刑台の準備をしないと」
呟くロゼッタの背後から、アネモネが現れる。
「残酷なお姫様は演じ切れていましたわよ」
アネモネは楽しそうに笑う。そう言えば、彼女はいつも楽しそうだな、とロゼッタは思った。
「じゃあ。アネモネ、後は宜しく。……一応、信頼しているわよ」
†
イリシュは囚人服姿で、火刑台に縛り付けられていた。
牢屋内での粗末な食事と精神的ストレスで痩せ細り、イリシュは火刑台に連れて行かれながら泣き晴らしていた。
場所は、ジャベリンの庭だった。
周りには、ロゼッタ、アネモネ、ダーシャ、人間姿のディザレシーが集まって、イリシュの処刑を眺めていた。そして、大量の民衆がこの庭には集まっていた。他国の偵察に向かっている為、ベドラムはこの場にいなかった。
処刑人は、イリシュを火刑台に縛り付けた後、火を焚く準備をしていた。
裁判官がイリシュの罪状を読み上げている。
「おい。本気かよ? ロゼッタ」
ダーシャが口元をひくつかせながら、ジャベリンの王女に訊ねる。
ロゼッタは黙って、閲覧席から見ていた。
検事の代わりとして、ディザレシーがイリシュの罪状を読み上げ、空中要塞にも脅威が及んだ事を責め立てる。
弁護人を買って出たのはアネモネだった。
「この俺は、このガキを生きながら焼いて処刑するべきだと思うが? 空中要塞のみならず、人類に対しての大罪を犯した事になるが」
ディザレシーは淡々と無感動な表情で言う。
「ですが。ディザレシー様。彼女はあくまで、騙されたわけです。先の戦いで、何度も、この少女は貴方達ジャベリンや空中要塞の手助けをしたのではありませんか? 特にマフィアを取り仕切っている陰謀の魔王ヒルフェを倒す際に、様々な立場の者達を結束させたのは、このイリシュという少女でありますよ。我々、エル・ミラージュにおいても彼女程の有能な人物をこのまま殺すのは、惜しい。それにそもそも、元をただせば、吸血鬼の王ソレイユです。彼は魔王の儀まで破り、新たな魔王として戴冠してしまいました。我々が本当に結束して火刑に処すべきなのは、魔王ソレイユなのです。彼の悪行は余りにも多い。『太陽の魔法』を盗み出した事だけではありません。軍需産業に手を貸し、型落ち型のガラクタ兵器、所謂、“モンキー・モデル”というタイプの軍事兵器を世界各国に売りさばいて利権を得ています。これを巨悪と言わずして、何と言いましょうか! 更に、発癌性物質を高く含んだお米やトウモロコシ、その他、野菜類の種子を世界各国に売りつけています。我々、エル・ミラージュは今や空中要塞、ジャベリンと同じくして、吸血鬼の王が敵なのです! 騙される側は、本当に悪い事なのでしょうか? 我がエル・ミラージュにおいては、そのような者達に慈悲を与えています」
アネモネは、身振り手振りで、周りにいる者達に対してイリシュの功績と、演説的な話し方で罪の本当の所在を説明していく。
「そうか。ソレイユが敵か。全くその通りだな」
ディザレシーは、腕を組みながら頷く。
そして、裁判長が裁判の結果を読み上げる。
「被告人である、イリシュを大幅な減刑を執り行うとする。よって、今すぐ火刑台から降ろす事。そして、イリシュには、今後共にジャベリンに尽くす事を命じるっ!」
裁判長は高らかに告げた。
イリシュは火刑台から降ろされる。
ロゼッタは、ふうっと溜め息を付く。
「芝居を打ったのか? 火を放った瞬間、俺はイリシュを助けて逃亡しようと考えていたが」
ダーシャはそう告げる。
「形式上はやっておかないと、国家元首としての示しが付かないから。……まあ、皆に対して、ソレイユは敵だっていう印象付けが出来たからいいわね」
よくよく見ると、ロゼッタは奥歯を噛み締めて、怒りをこらえているみたいだった。
処刑台から降ろされたイリシュを、ロゼッタは優しく抱き締める。
「ごめんね。皆を納得させる為とはいえ……。牢屋の中も、処刑宣告も怖かったでしょう?」
「はいっ! 怖かったですっ! そして、ロゼッタ様っ! お慈悲を本当にありがとう御座いますっ!」
イリシュは泣きじゃくっていた。
ロゼッタは暗い表情をしながら、イモータリスのある方角に眼を向けていた。
†
後日、ロゼッタは馬車に乗り、イモータリスの『ケプリ・キャッスル』へと乗り込んでいた。
傍らにはアネモネが付き添っていた。
「ロゼッタ王女。ジャベリンとその周辺国は、一時的に吸血鬼達から食料や医療、住まいなどのもろもろの支援を受けておりますわ。エル・ミラージュも同じです。慎重に発言するように」
「……分かっているわ」
暗い雨が降り注いでいた。
いつ見ても、吸血鬼の都は陰惨な空気が流れている。
「しかし。これが馬車ですのね。車に乗っている私からしてみると、本当に……」
「私の国家を遠回しに馬鹿にしないっ!」
ロゼッタは裏返った声で叫んだ。
そして、吸血鬼の主がいるケプリ・キャッスルに辿り着く。
門番に事前に会う約束の書類を渡した後、二人は城の中へと案内される。
相変わらず、絢爛豪華な装飾品の数々だった。
考えてみると、贅沢の限りを尽くしている筈のエル・ミラージュの城の中よりも、煌びやかに金をかけている。
しばらくして、二人は玉座に辿り着く。
吸血鬼の王ソレイユは、へらへらと底の見えない笑みを浮かべていた。
「イリシュを処刑せざるを得ない状況の手前だった。私は貴方を赦さない」
ロゼッタはそれだけ告げて、杖をソレイユに向ける。
アネモネは露骨な態度のロゼッタに内心舌打ちしたが、すぐに思考を切り替えて、自らが隠し持っていた毒塗りの短刀をソレイユに向ける。
「私の国家。エル・ミラージュも、貴方を赦しません。私達は我が国に住まう貴方達の同胞である吸血鬼を大量に処刑しましたが、…………何の後悔も反省もしておりません。イリシュという少女のご友人であるミレーヌという善良そうな吸血鬼も殺害しましたが、それもエル・ミラージュの栄光の為に、後悔しておりません……。そして、吸血鬼の王ソレイユ様。ゆめゆめ、枕元にはお気をつけて」
アネモネも憎しみに染まった表情で、ソレイユを眺めていた。
「君達、人間は本当に面白いな。それはこの私に対しての宣戦布告だね?」
「それ以外の何があるの?」
ロゼッタは今すぐ、アクアリウムの水撃をぶつけようか悩んでいた。アネモネに利き腕を押さえられる。
「とにかく。言いたい事はそれだけですわ。私達の国を支援してくださるのは、感謝いたします。しかし、我々は、決して、貴方達、吸血鬼に隷属されない。貴方達の属国にならない為に、抗いますわ」
アネモネはそう言うと、踵を返す。
ロゼッタも踵を返した。
「それは、本当に。君達のこれからの動きは楽しみだね」
そう言うと、ソレイユは丁重に配下の者達を付けて、二人を見送ったのだった。




