間章 スカイオルムとアプスヘルムの復興。
魔王サンテによって破壊尽くされた海上都市スカイオルムは、復興作業が難航していた。
それでも、少しずつ建て直されていっている。
職人や大工、漁船員達が建造物を建て直して、造船所を作っていた。
スカイオルムは、世界中の都市国家と取り引きしていた事もあり、世界中からの支援物資が届いていた。核を落とされた場所と違い、漁業の復興は目途が立ちそうだ。
「それにしても。サンテは何処に行ったのかしら? 本当に死んだの?」
ロゼッタは、サンテに対して複雑な感情を持っている。
スカイオルムを破壊尽くした反面、陰謀の魔王ヒルフェを共に倒す時に戦った戦友でもあるからだ。
アネモネはローブを纏って素性を隠しながら、街を歩いていた。
「魔王サンテの海の統治が無くなって、世界中の海域が海の魔物によって混乱し、世界中の漁業が崩壊していますわね。それにも、吸血鬼ソレイユはつけ込もうとしているという情報が我がエル・ミラージュの工作員達から入ってきています。このままですと、ジャベリン、エル・ミラージュ及び、世界中の国家が、食の安全性、軍需面で、吸血鬼達の支配下に収められますわね。……既に、紅蓮の都市コンロンは、吸血鬼達が作り出している軍事兵器を買い取り、大量破壊兵器で脅しながら、様々な国に侵攻していると聞きます」
「後で、アプスヘルムにも一緒に来て貰うわよ。他二つよりも被害が少ない。……サラナの故郷なんだっけ」
妖精達の国アプスヘルム。
繊維産業が盛んな街であり、妖精達の住む場所だ。
獣人族と言われているサラナも、正確には妖精の一種だった。
妖精達は、背中に鳥の翼や蝶の翼を生やしていたり、獣の耳を持っている、獣の尻尾などを持っている亜人族の集まりだった。彼ら独自の魔法を使い、生き残った者達で復興を進めているらしい。妖精達の紡ぎ出す魔法は奇妙なものが多いと言われていた。
そして、当然のように、周辺国以外の遠い国の者達からは、妖精達はエルフと同じように“魔族認定”されている。故に、世界に飛び出していく者達が少ない。
「一方、同じく核を落とされたバグナクとカシス・ロッドの二つの復興は、絶望的らしいわね」
「人間と違って、妖精達は何か秘密があるのですね。データとして、興味深いですわ」
「よくもまあ言うわよね。核を落としたのは、貴方達なのに」
ロゼッタとアネモネは、お互いに言葉の牽制をし合っていた。
背後には、エレスとサラナの二人が付いていた。
エレスはずっと、憎しみの瞳でアネモネを見ていた。
彼女は全身に、包帯を巻いていた。
昨日、アネモネに復讐する為に決闘を申し込んで、容赦無く返り討ちにあったらしい。骨の何本かも折られたそうだ。
「絶対に、赦せませんよね、ロゼッタ様。この女は…………」
エレスは口を挟む。
「うるさいですわね。昨日も言った通り“貴方が悪いのは貴方が弱いからではありません”。“貴方の頭が悪いからです”。あの時も、物事の道理をよく考えなかった。ミレーヌとかいう吸血鬼も、国外追放で済まされる温情を与えたにも関わらず反抗した為に処刑した。道理が分からない事を“悪”と言わず、何と言いますの? それを被害者面するのは滑稽極まりなく、醜い所業そのものですわ。吸血鬼と、その王が、どれ程に世界中の国家に害を為しているのか、これだけ説明していますのに」
アネモネは、エル・ミラージュが他国への経済侵略を行っている事を棚上げして、吐き捨てるように告げた。
「煩い。お前達のせいで、私の故郷バグナクは焼かれたっ!」
エレスは、すぐさま剣を取り出して、剣に雷撃魔法を込める。
「……今度は、鼻を削ぎますわよ? 男女共に相手にされなくなる顔になるでしょうね」
アネモネはうんざりしながら、暗器に手を掛ける。
サラナが二人を制する為に、間に割って入る。
「取り合えず、僕はアプスヘルムが心配。スカイオルムが、こうやって復興の目途が立ち始めているのが分かったから、状況は少しずつ良くなっていると思う」
サラナは小さく溜め息を付く。
「こんな公共の場で、私を殺害しようとするなんて、本当に恥知らずですわね、公共性というものも考えなさい。此処の住民達に迷惑が掛かるでしょう」
アネモネは、なおもエレスに毒づく。
エレスが何か言い換えそうとするが、すぐさまサラナはエレスの口を物理的に掌で塞ぐ。
「後ね。僕はカーディがどうなったか心配だよ。カーディが一人で亡命する判断をしなければ、僕は意地を張って、バグナクに残っていたと思う。バグナクでエル・ミラージュの兵士を迎え撃つ準備をしていた冒険者達の殆どは核攻撃で灰になった。……カーディの行動があったから、僕も逃げる選択をした。あの時の僕はカーディは卑怯だと思っていたけど、結果として僕は命を救われた……本当に何が正しいか分からないね」
サラナは大きく溜め息を付く。
「だから、エレス。僕達は、今はカーディを探す事に専念しよう」
サラナは真摯な表情で、エレスを見つめていた。
そして、サラナはアプスヘルムではエレスが何も問題を起こさないように釘刺していた。
†
次の日、四名はアプスヘルムへと到着した。
アプスヘルムは、バグナクとカシス・ロッドよりも、元々の被害状況が少ないみたいだった。ステンノーは正確に国土を焦土と化し、国民を殲滅させるつもりだったみたいだが、どうやら、妖精達の魔法の中には地形自体を変形させるものがあり、そして妖精達の魔法の力によって他二つの都市よりも早く放射能汚染が広がっていない地区も多いらしい。
汚染地帯ではない場所に、四人は訪れた。
「バグナクとカシス・ロッドは、復興に数十年掛かると言われている。アプスヘルムは数年くらいで建て直しが可能と計測されているわね」
ロゼッタは暗澹とした表情をしていた。
放射能の除染作業はいつになれば終わるのか分からない。
魔法と科学の力、両方で行っているらしいが、残留物を完全に消し去る事は難しいと言われている。
だが、一応の希望はある。
世界の果てにある、崩壊炉の荒野のように、ドラゴンでさえ即座に被爆させ毒殺出来る永劫の汚染地帯にはなっていない。エル・ミラージュの核兵器は、崩壊炉の荒野で使われた核爆弾程、放射性物質を残留させる力は無い。
エル・ミラージュが、「永劫の放射能汚染」を引きおこす核爆弾を所有していない理由は、それが失われたテクノロジーであるという事と、もう一つは“万一、何らかの形によって自国で誤爆した場合。あるいは敵国に爆弾を略奪された場合”を踏まえて、所有していないという合理的判断に基づいている。
機織りの場所は復興しつつあった。
背中から翼を生やした鳥人の男が、背中から蝶の翅を生やした女達に指示を与えていた。彼らはどうやら、機織りの機械を作り、更に洋服を編んでいるみたいだった。
「おお。王女様。私はリゼルトと申します。もうすぐすれば、機織り工場も建設出来るかと思います」
鳥人の男は、うやうやしくロゼッタに頭を下げる。
「どう? この街の復興は進んでいる?」
ロゼッタは訊ねる。
「お蔭様で、ジャベリンからインフラを整備する為の資材を運んでいた為に、順調に進んでいます。それにしても、私は日々、想います。この街に核を落とした者に剣を突き立て、その死体を吊るし上げ、石を投げたいと!」
リゼルトとは笑っていたが、その眼は笑っていなかった。
アネモネは素性を明かさなかった。
アネモネの素性はジャベリンのみに留まっており、スカイオルムやアプスヘルムの住民達は彼女が特派大使として訪れている事を知らない。
街中には、反戦平和を掲げる看板が並んでいた。
この街に住む妖精達は、明るかった。
妖精達の肉体の性質は、人間よりも多少、頑強である為に、身体中に出来たケロイドなどは治癒が早く、傷痕も残らなかった者も多いらしい。放射能の影響による死者も、人間と比べれば少ないそうだ。
アネモネは無表情で、この街でたくましく生きている者達の姿を眺めていた。
本来なら違法とされる医薬品や薬物などが売られている闇市なども、夜の裏路地では開催されているらしい。他二つの被爆都市と比べて、食料の不足による栄養失調で亡くなる者も、この街では少ないそうだ。
「街が早く、戻るといいですわね」
アネモネは、ぽつりと、リゼルトに向かって囁いた。
「おお。貴方は何か高貴な印象を受けるな。何処かの国の貴族か何かかな? 私達の街を訪れてくれてありがとう。我々は帝国エル・ミラージュの暴虐に決して屈しない。世界中に反戦平和の活動を、繋がりを広げようと思っている。よければ、それにも署名して貰えないかな?」
リゼルトは朗らかな顔をしていた。
そして、一枚の紙をアネモネに渡す。
「ええ。喜んで」
アネモネは反戦活動の署名にサインをしていた。
……偽名だったが。
署名の紙には、反エル・ミラージュを掲げ、エル・ミラージュの大量虐殺と経済侵略を許さないという旨の事が記載されていた。リゼルトいわく、その翼で世界中を旅して、世界中で反戦平和のデモを行いたいとの事だった。
「きっと。世界が良くなるとよいですわね。この世界に恒久的な平和が訪れる事を、私も願っておりますわ」
アネモネは、リゼルトに向かってにこやかに笑う。
「そうか。ありがとう。もう俺達は友達だな」
リゼルトは屈託の無い顔をしていた。
………………………………。
アプスヘルムの吟遊詩人達、音楽家達は、街中を歩きながら反戦平和とエル・ミラージュへの怒りを物語や音楽にして伝えようとしていた。
ロゼッタは、機織り機の音を熱心に耳にしていた。
エレスとサラナの二人は、ずっと黙っていた。
この街でも、どうやら平和と復興の道標が出来上がりつつあるみたいだった。
途中、サラナはエレスを連れて、実家に向かうと言い出した。
なので、四人は分かれる事になった。
アプスヘルムにある美しい湖畔にて、ロゼッタとアネモネは座りながら、二人無言で湖の向こうを見ていた。
「何か感じる事とかあった?」
ロゼッタは訊ねる。
「さて。それは答えない事にしますわ」
アネモネは珍しく、憂いを帯びた表情をしていた。
「何を考えているの?」
ロゼッタは訊ねる。
「エル・ミラージュは、こんなに恨まれているのですのね。それが悔しくてなりません」
アネモネは、何処か強がるように言う。
「それはそうでしょう」
ロゼッタは湖に向かって、小石を投げ付ける。
「我が国としては、正しかった」
アネモネはそう言うが、彼女の真意は分からない。
ただ、両者には深い溝があり、二人はこの場で同じ景色を見ている。
†
サラナの家族は、運が悪く、みんな爆弾で死んでしまったらしい。
サラナは泣いていた。
彼女の父親も母親も、兄も妹も、みんな生きながらにして焼かれ骨になったらしい。
ロゼッタは、その事実に対してアネモネが何を想ったのか聞きたかったが止めにした。……どうせ、またエル・ミラージュを正当化する言葉を言い放つのだろうと思ったからだ。結局、彼女の真意なんてロゼッタにはまるで分からなかった。




