11-3
「ええい、う、うるさい! そう時間はない、始めるぞ!」
「はーい」
八葉が両手を前に差し出すと、その上にマカミの光球が止まる。その姿に新は思わず手を伸ばしかけ……降ろした。
(……っ、俺は何を……あの日、マカミに八葉を捧げた俺には、今の二人を止める権利すら無いだろ……)
下げた拳をギュッと握りしめる。今、新がブランクとしてすべき事、最善の選択がマカミと八葉の融合だと理解はしていた。それでも、止めろと叫びたくなる感情を、奥歯を噛み締め耐える。
その動きに、マカミが気付くと新へと声をかけた。
「むっ、どうした、新」
「いや……いいんだ。けど、これだけは言わせてくれ。お前とマカミが融合して、結果どうなったとしても、これからは一緒だ。ずっとずっと俺が八葉を守るからな」
罪悪感を紛らわせたいだけの独り善がりな言葉だ……と、新は心の中で自身を責める。それでもそれが今、八葉に新が出来る唯一の事であり、そして新の唯一の望みでもあった。
握っていた拳を解き、八葉とマカミを見ながら心に固く誓うと、八葉もまた、新の顔を見つめたまま、満面の笑みを見せた。
「うん! 私は、それだけでもう十分だよ。それじゃあ……お願いします、マカミ様!」
「ああ、そうだな。では、いくぞ!」
マカミが激しく発光しながら、八葉の胸の中へと沈むように入っていく。完全に八葉とマカミが一体化したその時、八葉の全身がマカミ以上の光を放ち、まるで激流のように新の身体を押し流した。
◆
ブランクが虹魔木へ、渾身のセパレス・インパクトを打ち込んだ瞬間、虹魔木から溢れ出した眩い白光がディライトの視界を塞ぐ。
無敵の防御力を誇るディライトの装甲は、即座に頭部センサーの感度を落とし光を和らげたが、生物としての本能がディライトの左腕を無意識に操り、光から目を庇った。
「っ! 一体何を…………ん!?」
光が収まり腕を降ろす。最初に気付いたのは、虹魔木の前に立つ二人の人影だ。それが新と八葉だとディライトが気付いた瞬間、二人の姿が消える。
「何っ!?」
「大丈夫だったか、椿」
見失ったはずの、ブランクの声を背後に感じ、ディライトが振り向く。今までディライトの右腕を掴んでいた椿の手はそこになく、貫いていた体も消え、ディライトはただ虚空に拳を突き出していた。そこから更に数メートル、離れた場所で新が椿を抱き上げていた。
「へへ、随分早かったっすね……でも、ちゃんと姐さんを連れて来たっす。あ、姐さん、アタシはここまでのようっすけど……最期に姐さんの顔見られて……良かったっす」
新の脇に立つ八葉を見て、血塗れのまま、にぃっと笑う椿。左半身は消し飛び、腹部はディライトに貫かれたまま、塞がらない大穴となって椿の臓器をのぞかせている。
その痛々しい姿に、新は哀しげに眉根を寄せるが、当の八葉はフンと鼻を小さく鳴らした。
「何を言っている、椿。鬼神の椿に、こんなあっさりとした最期など訪れるはずもない」
「いや……でも、もう……」
「まあ、待て。……うむ、これでどうだ?」
八葉が椿の体に右手をかざす。その手から、細かな光の粒子が、舞い落ちる雪のようにヒラヒラと椿の体へと降り吸収されていった。
「……あ、あれ?」
新の腕から、椿がピョンと飛び降りる。その顔は正気に満ち、失くしたはずの半身や、腹部の傷も完全に修復されていた。
「あ、姐さん……これは?」
「簡単な話だよ、椿。私からお前へ、必要最低限の力を分け与えた。それで今すぐ消える事もないだろう……とは言え、戦闘は無理だな。コイツを連れて離れていろ」
八葉が足元を指差す。いつ運んだのか、そこには装甲姿のままの士郎が倒れていた。気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「力を使い果たして倒れたらしい。なに、もともと丈夫な魔人だ。死にはしないだろう」
八葉の指示に、全てを理解した椿が頷き、転がっている士郎を抱え上げる。相当な重量のはずの士郎を、ヒョイと軽々担ぐとビルの端へと大きく跳んだ。
「わかったっす! 姐さん、新っち、後は任せたっすよ!」
椿が飛び降り視界から消える。そうして初めて新と八葉は振り返り、腕組みをし立ったまま様子を眺めていたディライトを見た。
「待たせちまったかな、ディライト」
「……いや、今の状況下で、彼女達の存在は居ても居なくても何も変わらない。君達の気の済むようにすれば良い。……それに、八葉君の新たな能力も観察出来た。空間湾曲……一瞬のテレポートだな。最初は虹魔木の前からそこへ、そして離れていた士郎君を運んだ。どうやったかは知らないが、虹魔木の中で相当なパワーアップをしたようだ」
「そうだ。ついでに虹魔木の力、その大部分を削いできた。さあ、どうする? 貴様の野望、その全てを今後一切合切諦めるならば、私も新も貴様の処遇、考えてやらん事もないぞ?」
「折角の申し出だが、遠慮しよう。私は既に、虹魔木を介さず神との繋がりを持っている。君達があくまで立ち塞がると言うならば、この力を持って打ち倒すのみ」
スッとディライトが構える。その全身には、力を持つ事による慢心が全く感じられない。目の前に立つ二人の力が、今までの比では無い事を既に知っているのだ。
「そうか……ならば仕方ない。新よ、奴と決着をつけるぞ」
八葉が新の手をギュッと強く握る。新はその手を、そして八葉の顔を眺め、独り言のようにポツリと呟いた。
「なんだか、以前とあまり変わってないな、八葉」
「ふん、そう感じるか? だが、人である八葉も、かつての真神である八葉も、共に混ざり合い確かにここに居るぞ」
小さな新の呟きに、しかし八葉がハッキリと応える。そして自分の胸に、空いた手を当てる。
「そうだな……強いて言うならば、この胸の内に、より強くお前を感じるよ、新。少しこそばゆいがな……これでは足りないか?」
ニヤリと笑いながら新を見上げる八葉の瞳、その中に二人の八葉を感じた新は、微笑み返し首を振った。
「いいや、十分だ。行くぞ、八葉!」
新もまた、八葉に握られた手を強く握り返す。
「うむっ、憑依合神っっ!!」
「エクシード・コネクトッッ!」
二人を中心に、いつもの青ではない光が膨れ上がる。その光は、どこまでも純粋な、そして暖かな白だった。




