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「…………うぅっ」
眉根を寄せゆっくりと頭を振りながら徐々に覚醒する。
そうして薄っすらと開けた目で周囲を確認すると、新は驚きの声をあげた。
「なんだ、ここ? ん……変身が解けている?」
自身が、ただただ何も無い、どこまでも広がっている不思議な白い空間に浮かんでいる事に、次いでブランクギアの装甲を纏っていない事に気付くと、新は胡座をかいてフヨフヨと空間を漂いながら、腕組みし考える。
「ん〜、なんだか妙に既視感のある光景だけど……駄目だな。哲也ならともかく、俺がこうして考えていてもサッパリだ。とりあえず、椿達がどうなったかわからないし、ゆっくりは出来ない状況なのは変わらないな……うしっ、動いてみるか」
試しに何も無い空間を脚で蹴る。ただそれだけで、不思議な事にスイッと身体が動いた。そのまま手足を随時振りながら、抵抗の無い水中を泳ぐように大きく一回転する。
「結構自由に移動出来るな……問題は何処に向かうか…………上か」
新が頭上を見上げた。ここには上も下も無く、厳密に言えばそちらが上かは不明だった。それでも新は、何かに呼ばれるかのように、直感的に選んだ方向へと進み始める。
しばらく何も変わらない白い景色が続いたが、やがて変化は現れた。新の進む先、そこから小さな球状の何かが新の方へと向かって来たのだ。
手足を振り速度を緩め、球体のそばに上手く停止する。球体はバスケットボールより一回り程大きなサイズで、表面をいくつかの色が渦巻き刻々と変化する光を放っている。
「これは何だ? ……なっっ!?」
新が不思議そうに虹色の球体を覗き込んだ瞬間、球体がブルリと震えたかと思うと、突然ぶつかるように新の顔を包みこんだ。
「っっ〜〜〜!!!」
球体の中で新が声にならない叫び声をあげる。急な出来事に驚いたからでは無い。虹色の光の中、半ば強制的に見た光景のせいだ。
何処かの病院、産まれたばかりの赤子を抱く女が居た。その脇を自宅から飛び出すように出てきた少年が居る。その顔面の上で、禁忌を破り少女を喪った少年が、燃え盛る炎に囲まれ異形の怪物と対峙していた。そして、神を名乗る少女との出会いと闇夜の中繰り返される、いくつもの戦い、戦い、戦い、戦い、戦い。
多種多様な風景を一枚の紙に何度も何度も重ねてコピーしたかのように、新の前には彼自身の人生、体験した全ての出来事が同時に現れては消え、すぐさま現れた。その暴力的なまでの情報量の多さに、新の脳はたちまち悲鳴をあげる。
「ダメッッッ!!!」
人の限界を超えた理解不能な現象に、新の意識がガラス細工のように砕け散り、狂気という逃避を選びかけた瞬間、何かが新の腕を力強くグイと引く。その勢いで新の頭から球体が抜けると、みるみる離れていった。
「……ぐっ……くふぅ……」
新はグラグラする頭を強く振り、両頬を何度も叩く。込み上げる吐き気を無理矢理抑えて、大きく何度も深呼吸をすると、どうにかこうにか落ち着いてきた。
「大丈夫?」
背後から声がかかり、小さな手がそっと背中に当てられる。新は頷きながら、振り返った。
「あ、ああ……助かったよ、ありが……」
言いかけた言葉が止まる。新の背後で、新と同じ様にフワフワと浮いていたのは、新の見知った少女だった。
「八葉!? いや……」
新は小さく首を振る。目の前の少女は、新の相棒であり、大口真神の化身である八葉では無い。確かに顔は八葉そのものだ。しかし、髪も瞳も黒く、両腕も包帯に覆われていない。何よりあの、神故の不遜な雰囲気が感じられない。
神では無い……何処にでも居そうな普通の少女は、不思議そうに新を見上げ、ニッコリと微笑んだ。それは、新が遠い昔に見た笑顔だ。
「……八葉……なのか?」
声にならない声を必死に組み立て、震える唇で新が呟いたのは先と同じ名前。だが、それが指す意味が違う事を、新と少女は知っている。
「うん、やっと逢えたね、巧兄……わきゃっ!」
八葉が小さく悲鳴をあげる。突然、新が八葉を強く強く抱き締めたのだ。一瞬、驚いた八葉もまた、新の頬を伝う涙に気付くと、優しく微笑み新の背中にそっと両腕を回した。
「本当に……本当に、八葉なんだな……」
「そうだよ、巧兄……えへへ、巧兄はずいぶんおっきくなっちゃったね」
新の背中を、大きさを確かめるように、八葉がポンポンと叩く。
「ああ……そりゃあ、あれから結構経ってるから……って、ま、待てよ……八葉、お前無事だったのか? いや、そもそも、ここって……」
「ふむ、その疑問は私が答えようか」
「なっ!?」
八葉の後ろから、フワリと白い光が浮かび出ると、新の目の前で止まった。掌サイズの光球から発せられた聞き覚えのある声に、新が目を見開く。
「お前、まさか……八葉かっ!」
「むぅ……そうではあるが、二人とも同じ名前というのも紛らわしいな。今の私を呼ぶなら……マカミでいい」
「ああ、そうか……わかった、マカミな。でも居たんなら、早く言ってくれよ」
「ふふふん、そこはな。久方ぶりの再開の様だし、私も空気を読んだ……というやつだ」
マカミがスイッと上昇する。見下ろす様なマカミの視線を感じ、新は急に気恥ずかさを覚え八葉から離れた。




