9-終
太陽のような輝きがようやく収まる。ブランクと士郎達が、目を庇うようにあげていた腕を降ろす。
「く……奴は、どうなった……」
いまだにチカチカする目を擦り、士郎が顔をあげる。その視線の先、あるはずの虹魔木と共に哲史の姿は完全に消え去っていた。
「なっ……!?」
「こっちだ、後ろを見なさい」
驚くブランク達の背後から、落ち着いた哲史の声がかかった。振り返り見れば、腕を組んだ哲史が一人立っている。
だが、その姿は先の白いブランクからは大きく変わっていた。
全身が、より堅牢な鎧状の装甲へと変化し、頭部装甲も、枝か触手が巻き付いたように見える形状になっている。そして何より、その装甲全てが眩い黄金色の輝きを放っていた。
「その姿……一体何をしやがった!」
「……まさか、虹魔木を取り込んだのか!?」
「御名答だよ、ブランク君。今の私は、虹魔木をその身に取り込んだ、言うなれば虹魔木との憑依合身状態だ」
「虹魔木との憑依合身……!」
「そうだ、こうなって初めて理解したよ。虹魔木と八葉君の結晶、そしてそこに秘められていた、かつてこの地にあった世界を歪める程の力……それら全てが集い構成する、今の私の力は絶大だ。あのアガルテが欲しがるわけだ……。わかるかい? 今、私はこの上無い歓喜に包まれているのだよ」
哲史が両手を組んだまま首を傾げ、考えるような仕草を見せる。
「そうだな、ほぼ同じギアを使用しているとは言え、君と同じブランクではわかりにくいと思っていたところだ。以後、私の事は歓喜と呼称してくれたまえ」
「ディライトだと……喜びだとっ!! チャージッ!!」
ブランクが叫び、哲史━━ディライトへと飛びかかる。チャージし白く輝く脚で蹴りを放ち……ディライトに軽々と受け止められると、カウンター気味に腹部へ拳を打ち込まれた。
「グッッ!!」
軽く放たれたディライトの拳は、しかしブランクの装甲を簡単に砕いた。まともに受けたブランクは、大きく吹き飛ぶと士郎の巨大な腕に受け止められた。
「大丈夫か、ブランクッ!」
「……ああ……クソッ……すまない」
士郎の腕から降り、立ち上がろうとして、ガクリと倒れるブランクを士郎が支える。ただ一撃で、ブランクは戦闘不能まで追い込まれてしまっていた。
フラつくブランクを再び抱き抱えると、士郎がディライトに向かって牙を見せる。
「はっ、そうして強大な力を得て、人間以上の神様って奴を気取るつもりか、おっさん!」
「ふむ、神……か。確かにあのアガルテが、この力で目指した場所はそれだ。しかし、私は違う。私は、この世に生きる人類、その全ての礎となるつもりでね……それが例え、後の世に大罪人と罵られるような行いだとしてもな」
「……あんた、一体何が狙いだ」
「それを話している時間も必要も今は無いな。私は更に計画を進めなければならないのでね。では、失礼するよ」
それだけ言うと、哲史が割れた窓へと歩を進める。哲史を止めようとした士郎の動きを、神魔体のアルとサンが前に回り込み止めた。
「に、兄様……相手に戦闘の意思が無い以上、ここは一旦引きましょう。あいつの中にある力、アガルテの比ではありません」
アルが目を伏せ、俯きながら首を振る。サンも士郎の腕の中、今にも気を失いそうなブランクを爪で指差した。
「あんたもよ、ブランク! 八葉ちゃん無しのあんたに、一体何が出来るってのよ!」
「……だな。おい、おっさん! 俺達も今日は引かせてもらうぜ」
「ははは、好きにするといい」
ディライトが窓枠を蹴り、闇夜へと飛び込んだ。その後ろ姿にブランクが必死に手を伸ばす。
「ま、待て……」
「悪いな、ブランク。今のお前を行かせるわけにはいかないんでね、堪えてくれ。アル、サン、撤収だ」
「はい、兄様」
双子が頷くと、ブランクを抱えたまま士郎が走り出した。ディライト同様に窓枠を蹴ると、遥か下方に見えるビルの屋上目掛け飛び降りた。
◆
「あ、新さんっ!」
人間の姿に戻った士郎の肩を借り、ようやく虚木超常現象研究所に辿り着いた新。ブランクギアは既に解除され、目立った外傷こそ無いが、足取りは重く、その顔には疲労が色濃く出ている。
四人の姿を見つけたのは、心配そうに玄関口に立っていた律だ。
「大丈夫ですかっ!? しっかりしてくださいっ!」
士郎の耳にサンが素早く耳打ちする。メイド姿の少女が、ブランクの身内だとわかると、士郎は律に向かって、ヒラヒラと手を振った。
「やあ、嬢ちゃん、悪いな。ブランクはこの通り、だいぶ消耗している。すぐに休ませてやってくれ」
「わ、わかりました! あの……八葉さんは?」
律の中で生じた当然の疑問に、四人の重い沈黙と新の歯を噛みしめるギリリという鈍い音が答えた。しばらくして、ようやく士郎は口を開く。
「すまないが、詳しい話は後だ。とにかく、今のブランクには休息が必要でね。頼む、嬢ちゃん」
「……は、はい、わかりました。あの、では申し訳ありませんが、新さんをこちらへお願いします」
先導する為に家へと入ろうとする律。新は顔を上げると、掠れた声を出す。
「……待ってくれ、律。グレイバー……智秋はどうした?」
ようやく聞けた新の、しかしいつもよりずっと弱々しい声に、泣きそうな顔で律が振り向く。それでもすぐに思い直し、努めて平静を装い答えた。
「あ……はい。智秋さんなら、先程連絡がありました。ターゲットの魔人を倒しましたが、動き回る程の力が残っていない為、哲也さんがマリスチェイサーをリモート操作し迎えに行っています。いずれ、こちらに合流すると思いますが、一先ず無事だそうですよ!」
「そうか、勝ったのか……いや、それよりも無事で……良かった」
そう言うと、新は全身の力が急速に抜けるのを感じた。慌てて支える士郎の腕の中で、新の意識は深い闇の中に落ちる。プツリと途切れる寸前、八葉が最期に見せた、あの笑顔を見た気がした。




