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「うっ……っ!」
抗いがたい力に、ブランクが後方へと跳ぶ。着地した瞬間、ブランクの視界がグラリと揺らいだ。
「なっ!?」
「新っ!」
倒れそうになる両脚を慌てて踏ん張るブランク。そこに八葉の声が届く。しかし、それは馴染んだ身体の中からではなく、前方からだ。
あげた顔の視界が、哲史に襟首を掴まれ吊り上げられた八葉の姿を捉えた。
「ええいっ、離せっ! 離さんか、この下郎っ!」
怒気を含んだ声で八葉が叫び、両腕を白狼の首へと変える。牙を剥き襲いかかる白狼。しかし哲史は動じる事なく、再び頭部装甲を装着すると、白狼の牙をそのまま受ける。
白狼の長く伸びた首が哲史の全身を締め上げ、頭部に噛みつく。しかし、ブランクと同じ装甲には傷一つ付かず、哲史は気にした様子もなく、ブランクへと向き直った。
「魂同士を繋ぐ憑依合身、その強制分離だ。しばらく動けないだろう、無理せず寝ていなさい」
「一体何を……八葉を離してください!」
「……離せるならば、そもそもセパレス・インパクトを君に打ち込んだりはしないよ。騙し討ちのようで悪かったとは思うが、おかげで八葉君をこうして手に入れられた」
「私を手に入れただと!? 貴様……一体何が目的だっ!!」
「それはね、八葉君……こういう事だ」
次の瞬間、吊り上げた八葉の胸部へ、哲史が手刀を放つ。鋭い指先は、柔らかな八葉の肉を易々と貫き、背面へと突き抜けた。
「や、八葉っ!!」
「かはっ……!!」
驚き目を見開いた八葉が吐血する。伸びた白狼が消え、腕の無い八葉はガクリと項垂れた。
白い腕を粘つく赤黒い血で染めた哲史。八葉の背中から突き出たその手には、白く輝く大きな結晶が握られていた。
「この輝き……間違いない、これだ!」
吊り上げていた手を離し、もはや用は無いとばかりに、八葉を貫いた腕を振り払う。
それによって八葉の身体から腕が抜け、小さな少女の身体は軽々と宙を舞った。そのまま床に落ち、勢い止まらずゴロゴロと転がり、ブランクの目の前でパタリと止まる。
「くっ……八葉っ! しっかりしろっ!」
近づこうとし、倒れ、それでもにじり寄り、ブランクが倒れた八葉の肩を抱きそっと上体を起こす。
目を閉じ眠っているように見える八葉だったが、その顔には血の気が無く、ブランクの背中をゾクリと嫌な予感が走った。
「八葉っ! 八葉っ!!」
それを打ち払うように、抱いた少女の肩を必死に揺さぶる。やがてブランクの願いが届いたのか、八葉はゆっくりと瞼を開けた。
「八葉っ!? 大丈夫か、八葉っ!」
「…………新か? はは、大丈夫……では、ないな」
力無く笑う八葉。不可視の腕が、ブランクの冷たい頭部装甲を優しく撫でた。
「……私を置いて逃げよ、新」
「はっ? 何言ってるんだ、八葉っ!」
「すまんな……私は、もうお前と共には行けない……一人でも逃げよ、そして生きるのだ」
「そんな事っ、出来るわけな……!?」
ブランクの言葉が止まる。八葉が首に腕を回し、グイとブランクを引き寄せると、その頭部装甲にそっと口付けしたのだ。
ほんの数瞬、乾きかけた血をその場に残し唇を離すと、八葉はブランクを見つめ、いつものニヤリとした笑顔を見せた。
「ではな……新と過ごした日々、楽しかったぞ……なかなかにな」
「八葉……お、おい……!」
ブランクの腕の中、笑顔のままで八葉が灰となり崩れていく。最期に頬を伝い落ちた一粒の涙が、足元に残る灰の山を僅かに湿らせた。
「別れは無事済んだかね、ブランク君」
動けないブランクへ哲史が尋ねる。その声は、八葉の消失を、心から悼んだように深く沈んでいた。
「……何故だ……何故、こんな事をした?」
思考が全て白で染まる。それがどうしようもなく果てしない怒りだと、ブランク自身が気付くよりも先に、脚は勝手に立ち上がり哲史へと駆け出していた。
「何故、こんな事をした! 答えろ、哲史っ!!」
拳を振り上げ打ち込む。しかし哲史は、片手に八葉の結晶を持ったまま、その攻撃をヒラリと躱す。
「必要な事だ。私にではなく、人類にとって、な」
「必要だと!? ふざけるなっ!」
強制解除による全身の疲労感を怒りで無視し、ブランクが次々と攻撃を放つ。それらをいなし、あるいは躱していた哲史の前に、三体の大きな影が襲いかかった。
「むっ……!」
「ブランク、加勢するぞっ!」
その中の一体、白毛の狼男が鋭く伸びた爪で哲史の装甲を斬り裂きながら叫ぶ。
「その声……士郎か!?」
「なるほど、ギアと憑依合身を解除し自由を得たか」
アルとサンなのだろう、双頭狼と三頭狼、二体の神魔の牙を躱しながら、哲史が関心したように呟いた。
「はっ、どういうつもりか知らないが、こうなった以上、俺達もお前を許しゃしないぜ、おっさん!」
ブランク、士郎、そしてアルとサン。四人に包囲された哲史は、小さく首を振る。
「確かに不味い状況だな。仕方ない、計画を先に進めよう」
「何っ!?」
哲史が装甲の隙間に手を伸ばす。突如哲史の装甲が激しい光を発し、ブランク達は思わず腕で目を庇った。
光が収まった時、哲史の姿はそこには無い。
「ちっ……どこだ、どこに居る!」
「ここだよ、ブランク君」
虹魔木の隣に立った哲史が、そう応えると手にした結晶をかざすように持ち上げた。
「見たまえ、この輝きを。これこそ虹枝の会が、アガルテが、そして私が長年探し求めてきた物だ!」
哲史の言葉に反応するように、虹魔木がザワザワと枝を揺らす。そんな事に構わず、哲史へととびかかったブランク達を、謎の力場が弾く。
「っ!」
「かつて……この地には、人智の及ばない大きな力があった。空間を、世界を歪め、ここでは無い何処かから注がれる大いなる力がね」
弾かれ倒れたブランク達に、まるで講義をするかのように哲史が語り始めた。
「当時の人々は、直感でその力を感じていたのだろう。村の守護神として祀り崇めていた。しかし、その力を狙いアガルテが現れた時、とある少女の祈りと、少女の中の虹魔石に反応し、少女自身を依代として、力は神を名乗りこの世に実体化……顕現したんだ」
かつて自分が見た大口真神誕生の記憶、哲史はそれを言っているのだと、構えながらブランクが気付く。哲史は続けて、手にし掲げた結晶を指差す。
「私が八葉君から抜き出した結晶。これこそが、そうして顕現した大いなる力そのものの結晶体であり、異界からこの世界へと、大いなる力を引き出す門でもある。残念ながら力の殆どを失っていたが、度重なる神魔との戦いや、その結果取り込んだ神魔の結晶によって、ようやくかつてのそれに近い輝きを得たのだ。この結晶と、人の魂を糧にし人を神魔や魔人へと変える神器である虹魔木……この二つが揃えば……」
「何をする気だ! やめろっ、哲史っ!」
ブランクの制止する声に、哲史は首を振ると虹魔木の中へ、結晶を持った手を突き入れた。
ブルリと虹魔木が身震いするように震える。木の輝きが急速に増し、周囲を黄金色の光が呑み込んだ。




